第十二話「神鉄の器、虚飾の略奪者」
たとえそれが彼の意志であったとしても、それは独り占めできるものではない。ユアは頭を振り余計な憶測をやめると、強い瞳でこう言った。
「私の代わりにリリスティアが捕まるかもしれないのよ!」
「知ってます。だから今、カイムさんが戦っている」
「私も行かなければ!」
「ここを出てはなりません」
そう次に返ってきた言葉は、シャジャとは違う聞き慣れた男の声によるものだった。
「グレン?」
「はい」
ユアが名を呼ぶと、グレンはシャジャを押し退けるように扉の前に立った。そしてシャジャを軽く睨むと、扉の鎖の錠前に鍵を差し入れた。
「犠牲は少なくありません。しかし交渉は成立しました。悪魔の女王を差し出すことにより、貴女様の安全は保障されました」
それを聞いたシャジャの瞳が僅かにだが、歪んだ。
カチンと音がすると、錠前により縛られていた鎖が解ける。グレンはあっさりと閂を引き抜き、ユアを閉じ込めていた部屋の扉を開け放った。
「無礼をお許しください」
「グレン……貴方はなんてことを……!」
やっと光の下に出たユアの顔は、怒りに満ちていた。頭を下げるグレンをわなわなと見つめている。
「陛下を、差し出した?」
少し低い声音で、シャジャが尋ねる。するとグレンは顔を上げ、かなり身長差のあるシャジャを上から見下げた。
「勘違いをするな竜の少女、ヴァイス女王は自ら捕まったんだ」
「えっ?」
「だが俺は感謝などするつもりはない。奴が来たことにより、罪なき仲間がたくさん死んだ。当然の報いだ」
「グレン!!」
刹那、ユアの背中の羽根が音を立て広がり、その存在を主張した。純白の羽根の欠片が辺りに舞い散る中、ユアの瞳の色が濃さを増していく。
「魅了するおつもりですか」
「いくら貴方でも今の言葉は許せない!」
「貴女はこの国と悪魔、どちらが大切なのですか!」
「悪魔じゃない! あの記録は人間の捏造だって、貴方も知ってるじゃない!」
ユアの周りの空気が揺れ、背中の羽根がさらに大きく開かれた。グレンの体はそれに威圧されながらも、崩れることはない。そして、混迷した瞳をユアに向けた。
「彼らは確かに、友好的で平和的な人物かもしれない。それでも、悪魔は悪魔。それは事実なのです」
「どういう意味?」
彼らの交わす言葉を黙って聞いていたシャジャだったが、そのグレンの台詞を聞くと、悲しそうに眉を下げた。その真の意味を理解しているのだろう、いたたまれず自身の胸に手をやった。
「行くなら、どうぞ。ただしその瞬間、貴方は貴方の為に命を投げうった全ての者を裏切ることになる」
両手を広げ道を阻む彼に何も言えず、ユアは翼から力を昇華させた。
純血種というだけで、何故自分一人の為にたくさん命が消えるのだ。そうまでして守るこの血の価値が、意味が分からない。
しかし動けば、また自分を守ろうとする者の命が消える。どうすればいいのか皆目見当がつかない。ユアはただグレンを見つめ返すしか出来ず、その足を動かせずにいた。
そしてシャジャは無言のままその場を立ち去ると、戦いを続ける主人の元に、急ぎ走っていった。
* * *
「竜玉を守りながらの戦いはやりづらそうですね煌竜王」
無傷どころか、服すら汚れていないクルヴェイグは、半透明の防御壁の中で妖しく微笑んでいた。
「ふん……このぐらいが丁度いい」
対して、カイムの白銀の体は血に塗れ、既に満身創痍だった。いくら竜玉の位置が見破られているからとはいえ、これではあまりに一方的すぎる。その理由は、彼の背後にあった。
「守るモノが多いと大変ですねえ」
そう言ってクルヴェイグが視線を遣った先の遠くには、まだ破壊を免れているユアの城が見えていた。
クルヴェイグはカイムがかばうのを分かっていて、わざとそこに向かって魔導術を放ち続けた結果、今のような状況に至っているのだ。
「守るものが無い貴様は楽そうだな」
嫌味混じりにカイムが言う。だが、クルヴェイグはそれに対しあっけらかんとした様子で答えた。
「失礼ですね。ありますよ守るモノくらい」
「ほう? なんだ?」
「可愛い、可愛い弟です。よくご存じでしょう」
それを聞いたカイムは、傷を負った体をうねらせながら宙に舞い上がらせ、その口内から無数の氷の刄を吐き出した。
クルヴェイグはすぐに相対する炎の精霊をつき従わせ、氷を蒸気に変えた。だが僅かに防ぎきれなかった氷の刄が彼の腕や足を掠め、服を裂き血が流れた。
「怒らせてしまいましたか?」
手を前にかざしたまま、余裕たっぷりにクルヴェイグは笑う。
「よく弟などと呼べたものだな。その首、シウバの前に転がしてやろう!」
「それはかえって喜ばせてしまうだけだと思いますがねえ」
クルヴェイグの魔力がその手に凝縮し、彼の周りに霞のようなもやがかかり始めた。何か精霊を召喚しようとしているのか、手で印を組みながら早口に呪文を詠唱している。
カイムもまた何か唱え始めると、その周りには光の玉がせわしなく舞い空中に魔法陣を描き始めた。
二人供、高位の魔導術を使おうとしている。それは素人が見ても分かるほどで。やけに悲鳴を上げ始めた空気中の精霊の声が絶え間なく響いていた。
「──千年も生きればさすがに飽きたでしょう? 終わらせてさしあげますよ!!」
先に詠唱を終え魔法を完成させたクルヴェイグが、それを発動せんが為手を上にかざしたその瞬間だった。
「やめろ神鉄の魔導師!」
その声は一瞬にして二人の動きを静止させ、クルヴェイグの戦意を失わさせた。
「リリスティア陛下!」
歓喜に満ちた声でクルヴェイグが名を呼ぶと、リリスティアは落ち着いた物腰で自身の手にはめられた鉄の輪を彼に見せつけた。
「これで、貴方の目的は果たされた筈よ」
「皇太子殿下! 悪魔の女を捕らえました!」
リリスティアの傍らにいる兵士が、彼女の腕を掴みながら高らかに声を上げた。
「まさか、貴方の方から私のところに来て下さるとは」
クルヴェイグの頭からは既にカイムは消え、目の前のリリスティアのみに意識を注いだ。
竜化したカイムは、彼女の腕にはめられている鉄の輪を見て、低い唸り声を出した。
「傷だらけね、カイム」
リリスティアは血の滴るカイムの体を見て、ため息を吐いた。
「どういうことだリリスティア」
「捕まった」
「健気ですね、確かに貴方さえ手に入れば目的は達成されました。さあ陛下、こちらへ」
クルヴェイグがそう言って恭しくお辞儀をすると、リリスティアはやけに冷めた目をしながらも、素直にそれに従った。その光景が気に入らないカイムは、竜化を解きながら彼女の背を追った。だが人型に戻ったことにより、その身に受けたダメージは倍以上となって彼の体に響く。
カイムはよろけながら地に片足をつくと、怪我をした腕を押さえながら彼女の名を呼んだ。
「リリスティア!」
リリスティアは振り返らなかった。
勝ち誇った笑みを浮かべるクルヴェイグは、その金の瞳に憎たらしいほどの優越を湛えていた。
「煌竜王の処置はいかがなさいますか?」
兵士の一人が問う。
「放っておきなさい。今ここで殺せば竜の報復が来ますしね。それに、彼はどうせしばらくは動けませんよ」
兵士達はわらわらとカイムの横を擦り抜け、直ぐ様撤退の準備を始めた。
言われるがままに動く彼らの中、カイムは静かな怒りを瞳に灯し、じっと、何かを考えていた。何かを念じるように、じっと。
「さあ行きましょうか、陛下。我らが皇帝陛下のもとへ」
クルヴェイグはリリスティアの肩を抱き、身を翻すと、兵士達が犇めく中へと姿を消した。
ユア・ラムダの地のあの美しい町並みは変わり果て、後には瓦礫と屍だけ。遠い昔に滅びた町のような廃墟。あの時とは違う、渇いた風がリリスティアの頬をかすめていった。
リリスティアは、やけに丁重に連行されていった。それはもう、あの無表情なリリスティアの顔色が変わるくらいに。
さすがにすぐに腰の剣は取り上げられたが、手首にはめられた鉄の輪以外に不自由はなく、移動も馬車に乗せられた。
馬車に揺られながら、リリスティアはふとジークフリードを思い出した。そういえば、この軍隊の中に彼の姿が見えない。動く外の景色を見ていると、怒ったライザーの顔や、カイムの顔が揺らいで現われた。
「私の代わりにリリスティアが捕まるかもしれないのよ!」
「知ってます。だから今、カイムさんが戦っている」
「私も行かなければ!」
「ここを出てはなりません」
そう次に返ってきた言葉は、シャジャとは違う聞き慣れた男の声によるものだった。
「グレン?」
「はい」
ユアが名を呼ぶと、グレンはシャジャを押し退けるように扉の前に立った。そしてシャジャを軽く睨むと、扉の鎖の錠前に鍵を差し入れた。
「犠牲は少なくありません。しかし交渉は成立しました。悪魔の女王を差し出すことにより、貴女様の安全は保障されました」
それを聞いたシャジャの瞳が僅かにだが、歪んだ。
カチンと音がすると、錠前により縛られていた鎖が解ける。グレンはあっさりと閂を引き抜き、ユアを閉じ込めていた部屋の扉を開け放った。
「無礼をお許しください」
「グレン……貴方はなんてことを……!」
やっと光の下に出たユアの顔は、怒りに満ちていた。頭を下げるグレンをわなわなと見つめている。
「陛下を、差し出した?」
少し低い声音で、シャジャが尋ねる。するとグレンは顔を上げ、かなり身長差のあるシャジャを上から見下げた。
「勘違いをするな竜の少女、ヴァイス女王は自ら捕まったんだ」
「えっ?」
「だが俺は感謝などするつもりはない。奴が来たことにより、罪なき仲間がたくさん死んだ。当然の報いだ」
「グレン!!」
刹那、ユアの背中の羽根が音を立て広がり、その存在を主張した。純白の羽根の欠片が辺りに舞い散る中、ユアの瞳の色が濃さを増していく。
「魅了するおつもりですか」
「いくら貴方でも今の言葉は許せない!」
「貴女はこの国と悪魔、どちらが大切なのですか!」
「悪魔じゃない! あの記録は人間の捏造だって、貴方も知ってるじゃない!」
ユアの周りの空気が揺れ、背中の羽根がさらに大きく開かれた。グレンの体はそれに威圧されながらも、崩れることはない。そして、混迷した瞳をユアに向けた。
「彼らは確かに、友好的で平和的な人物かもしれない。それでも、悪魔は悪魔。それは事実なのです」
「どういう意味?」
彼らの交わす言葉を黙って聞いていたシャジャだったが、そのグレンの台詞を聞くと、悲しそうに眉を下げた。その真の意味を理解しているのだろう、いたたまれず自身の胸に手をやった。
「行くなら、どうぞ。ただしその瞬間、貴方は貴方の為に命を投げうった全ての者を裏切ることになる」
両手を広げ道を阻む彼に何も言えず、ユアは翼から力を昇華させた。
純血種というだけで、何故自分一人の為にたくさん命が消えるのだ。そうまでして守るこの血の価値が、意味が分からない。
しかし動けば、また自分を守ろうとする者の命が消える。どうすればいいのか皆目見当がつかない。ユアはただグレンを見つめ返すしか出来ず、その足を動かせずにいた。
そしてシャジャは無言のままその場を立ち去ると、戦いを続ける主人の元に、急ぎ走っていった。
* * *
「竜玉を守りながらの戦いはやりづらそうですね煌竜王」
無傷どころか、服すら汚れていないクルヴェイグは、半透明の防御壁の中で妖しく微笑んでいた。
「ふん……このぐらいが丁度いい」
対して、カイムの白銀の体は血に塗れ、既に満身創痍だった。いくら竜玉の位置が見破られているからとはいえ、これではあまりに一方的すぎる。その理由は、彼の背後にあった。
「守るモノが多いと大変ですねえ」
そう言ってクルヴェイグが視線を遣った先の遠くには、まだ破壊を免れているユアの城が見えていた。
クルヴェイグはカイムがかばうのを分かっていて、わざとそこに向かって魔導術を放ち続けた結果、今のような状況に至っているのだ。
「守るものが無い貴様は楽そうだな」
嫌味混じりにカイムが言う。だが、クルヴェイグはそれに対しあっけらかんとした様子で答えた。
「失礼ですね。ありますよ守るモノくらい」
「ほう? なんだ?」
「可愛い、可愛い弟です。よくご存じでしょう」
それを聞いたカイムは、傷を負った体をうねらせながら宙に舞い上がらせ、その口内から無数の氷の刄を吐き出した。
クルヴェイグはすぐに相対する炎の精霊をつき従わせ、氷を蒸気に変えた。だが僅かに防ぎきれなかった氷の刄が彼の腕や足を掠め、服を裂き血が流れた。
「怒らせてしまいましたか?」
手を前にかざしたまま、余裕たっぷりにクルヴェイグは笑う。
「よく弟などと呼べたものだな。その首、シウバの前に転がしてやろう!」
「それはかえって喜ばせてしまうだけだと思いますがねえ」
クルヴェイグの魔力がその手に凝縮し、彼の周りに霞のようなもやがかかり始めた。何か精霊を召喚しようとしているのか、手で印を組みながら早口に呪文を詠唱している。
カイムもまた何か唱え始めると、その周りには光の玉がせわしなく舞い空中に魔法陣を描き始めた。
二人供、高位の魔導術を使おうとしている。それは素人が見ても分かるほどで。やけに悲鳴を上げ始めた空気中の精霊の声が絶え間なく響いていた。
「──千年も生きればさすがに飽きたでしょう? 終わらせてさしあげますよ!!」
先に詠唱を終え魔法を完成させたクルヴェイグが、それを発動せんが為手を上にかざしたその瞬間だった。
「やめろ神鉄の魔導師!」
その声は一瞬にして二人の動きを静止させ、クルヴェイグの戦意を失わさせた。
「リリスティア陛下!」
歓喜に満ちた声でクルヴェイグが名を呼ぶと、リリスティアは落ち着いた物腰で自身の手にはめられた鉄の輪を彼に見せつけた。
「これで、貴方の目的は果たされた筈よ」
「皇太子殿下! 悪魔の女を捕らえました!」
リリスティアの傍らにいる兵士が、彼女の腕を掴みながら高らかに声を上げた。
「まさか、貴方の方から私のところに来て下さるとは」
クルヴェイグの頭からは既にカイムは消え、目の前のリリスティアのみに意識を注いだ。
竜化したカイムは、彼女の腕にはめられている鉄の輪を見て、低い唸り声を出した。
「傷だらけね、カイム」
リリスティアは血の滴るカイムの体を見て、ため息を吐いた。
「どういうことだリリスティア」
「捕まった」
「健気ですね、確かに貴方さえ手に入れば目的は達成されました。さあ陛下、こちらへ」
クルヴェイグがそう言って恭しくお辞儀をすると、リリスティアはやけに冷めた目をしながらも、素直にそれに従った。その光景が気に入らないカイムは、竜化を解きながら彼女の背を追った。だが人型に戻ったことにより、その身に受けたダメージは倍以上となって彼の体に響く。
カイムはよろけながら地に片足をつくと、怪我をした腕を押さえながら彼女の名を呼んだ。
「リリスティア!」
リリスティアは振り返らなかった。
勝ち誇った笑みを浮かべるクルヴェイグは、その金の瞳に憎たらしいほどの優越を湛えていた。
「煌竜王の処置はいかがなさいますか?」
兵士の一人が問う。
「放っておきなさい。今ここで殺せば竜の報復が来ますしね。それに、彼はどうせしばらくは動けませんよ」
兵士達はわらわらとカイムの横を擦り抜け、直ぐ様撤退の準備を始めた。
言われるがままに動く彼らの中、カイムは静かな怒りを瞳に灯し、じっと、何かを考えていた。何かを念じるように、じっと。
「さあ行きましょうか、陛下。我らが皇帝陛下のもとへ」
クルヴェイグはリリスティアの肩を抱き、身を翻すと、兵士達が犇めく中へと姿を消した。
ユア・ラムダの地のあの美しい町並みは変わり果て、後には瓦礫と屍だけ。遠い昔に滅びた町のような廃墟。あの時とは違う、渇いた風がリリスティアの頬をかすめていった。
リリスティアは、やけに丁重に連行されていった。それはもう、あの無表情なリリスティアの顔色が変わるくらいに。
さすがにすぐに腰の剣は取り上げられたが、手首にはめられた鉄の輪以外に不自由はなく、移動も馬車に乗せられた。
馬車に揺られながら、リリスティアはふとジークフリードを思い出した。そういえば、この軍隊の中に彼の姿が見えない。動く外の景色を見ていると、怒ったライザーの顔や、カイムの顔が揺らいで現われた。