第十一話「純白の翼、氷晶の祈り」

 クルヴェイグは腕組みをし、辺りに細やかに視線を巡らせている。恐らく、リリスティア達の気配を探っているのだろう。

「クー、何もこんな探し方をしなくても」

 傍らで、ジークフリードが不安に満ちた表情で彼を見上げ呟いた。

「ユア・ラムダの女王が悪魔を匿っているかもしれませんからね。これぐらいして炙り出さないと無駄に時間がかかってしまいます」

 何の感情も無く、事務的に喋るクルヴェイグの横顔は、陶器の作り物か何かのように見えた。

「昔はそんなこと言わなかったのに」

「昔とはいつの事です?」

「……ごめん、なんでもない」

 そう言うとジークフリードは、自らもリリスティア達を探すため彼の横から離れ、町中に足を進めた。クルヴェイグはそれを気にすることもなく、すぐに彼を視界から外すと、誰に言うでもなく呟いた。

「過去など、振り返る意味もありません」


  *  *  *


「いたぞ! 悪魔だ!!」

「愚か者が! 人に化け切れていないぞ!」

 兵士達がいきり立って声を上げ仲間を集める。彼らは、町中の丁度袋小路になったところに、悪魔とやらを追い詰め歓喜に震えていた。剣を構え、嬉々としている。
 追い詰められた悪魔とやらは、困った表情で眉を下げながら、背中に生えた小さな蝙羽根をパタパタと動かしていた。

「私……悪魔じゃないのに」

 追い詰められていたのは、シャジャだった。
 カイムに言われたままユアを探していたのだが、慣れない土地と混乱の中道に迷い、ついには兵士達に悪魔と勘違いされ追い詰められるハメになってしまったのだ。

「おい、ほんとにこの子悪魔か?」

「見ろあの背中の蝙羽根! 本で見た悪魔と同じだ!」

「だが俺が見た悪魔は肉の塊のような怪物だったような……」

「いや、俺が聞いた話では人の姿をしてはいるが実際は腐った体のだな」

「しかしクルヴェイグ様は、美しい人の形をしていると」

 兵士はシャジャを前にし、ああでもないこうでもないと論議をわかせる。シャジャは壁を背にそれを見ながら、呆れたようにため息をついた。
 人の言う、悪魔。彼らは人から言われたものを悪魔と信じ、動いているのか。己の目で何も確かめようとはせず、ただ言われるがままに任務をこなしている。
 それは、聖騎士も同じこと。言われるがままに、悪魔を討伐する。そう、組合が指定した者を悪魔と認識し。時には異形の者を悪魔と認識し、自分達に牙を剥けば、それを悪魔と認識する。

「有翼人でなければこいつは悪魔だ!」

 やけに必死になっている兵士が声を荒げた。他の兵士も、ためらいはしたが、任務を遂行する為にシャジャににじり寄った。

「おとなしくしろよ悪魔のお嬢ちゃん。俺たちも仕事なんだ」

 シャジャは無言で彼らを睨み上げる。竜化すればなんてことはないのだが、ここであのサイズの竜化をすれば町が壊れる。そして無駄にまた命を奪ってしまうことを恐れ、シャジャはどうするべきか迷いに迷っていた。
 思案しているうちに、兵士の手がシャジャの腕を掴もうとしたその瞬間だった。町中に雷でも落ちたのかと思うぐらいの轟音が響き渡り、そのとてつもない空気の振動に耐えかねた兵士達は皆反射的に耳を押さえた。
 だがシャジャは焦ることもなく、空を仰ぐとその眼を見開いた。

「なっ、なんだ!? 爆発か!」

「街の入り口から煙が上がっています!!」

 シャジャを捕らえようとしていた兵士達はこぞって方向を変える。見ると、確かに白煙が空に向かって厚く伸び上がっていた。
 これ好機とシャジャは後ろの壁に軽い身のこなしでよじ登り、兵士達を気にしながら壁の向こうへと身を投じた。
 降り立った先は鬱蒼とした茂みで、身を隠すには最適だったが、やはりあちらこちらから兵士達の騒がしい声が聞こえる。シャジャは身を小さくしながら、目を伏せ息を整えた。

「ユアさんを探さなきゃ」


  *  *  *


 何かが爆発した。誰もがそう思った。だがそれは、何者かが放った巨大な氷の塊が天空より地に墜ちた音で、白煙はそれを防ごうと相対する炎の魔法を使った者の仕業だった。
 ユア・ラムダの街の入り口に、巨大な氷柱が幾つも地に突き刺さっている。それらは街の外観を一瞬にして廃墟のように変えたが、氷柱を作り出した張本人である赤い髪の男は、えらく満足気に仁王立ちしていた。

「容赦ありませんねえ煌竜王は。何人か犠牲になりましたよ」

 氷柱に手をかけながら、クルヴェイグが言った。彼が手をかけた氷柱には、犠牲になった兵士達の血や肉片がねっとりとついていたが、彼はそれを気にもしていない。
 それどころか、それを宝石か何か見るような恍惚とした表情をしている。

「悪趣味は相変わらずか。自分だけに防御陣を張るとはな」

 カイムが氷柱の上から吐き捨てる。

「貴方に悪趣味などと言われたくありませんね。私はリリスティア陛下をお迎えにきたのです。部下を守れなどという任務は受けていません」

「ふん。迎えにきたのはリリスティアだけではないはずだ」

「察しがよろしいようで。貴方の大事な翼の陛下は今どこに?」

 するとカイムは背中の大剣を素早く抜き、思い切りその場で振り下ろした。剣から尖った氷の粒が無数に飛び出し、クルヴェイグを襲う。
 だがクルヴェイグは狼狽えもせず、小さく何か唱えると半球体の防御壁を作り出し、いとも簡単にそれを防いでみせた。

「礼儀がなっていませんね煌竜王」

「今ならお前を殺す大義名分は完璧だ」

 カイムはそう言うと、氷柱から飛び上がり、クルヴェイグの前に降り立った。間合いは空いているものの、二人の放つ殺気はぶつかりあい空気を凍らせる。

「何故ヴァイスに味方などしているのですか?」

 クルヴェイグが問うと、カイムは鼻でそれを笑った。

「俺はやりたいと思ったように動く。それだけだ」

「成る程、竜ならではの"浮き世離れした性質"というモノですか」

「何にも縛られぬ意志と言ってほしいな」

「ふ……ははははは!」

 すると、クルヴェイグは急に大きな声で嘲笑した。頭に手をやり、心底相手を馬鹿にしたような仕草で。カイムは眉一つ動かさずそれを見ていたが、ついに耳障りに感じたのか瞳をきつく歪めた。そうしてクルヴェイグはひとしきり笑うと、カイムに向かってこう言った。

「トカゲごときが、えらく高尚な精神をお持ちで」

 "トカゲ"。最強の種族と謡われる竜族にとって最も侮辱的な言葉だ。そんなことを彼らに言おうものなら、十中八九息の根を止められる。
 クルヴェイグはそれを知っていながらわざと焚き付けるかのように言ったのだ。案の定、カイムの中の糸が音を立てて切れた。

「今日こそ、貴様を永久に葬ってやろう」

「無駄ですよ。貴方に竜玉という弱点があるかぎりね!!」

 刹那、カイムの周囲に冷気が渦巻き、クルヴェイグの周りには銀の突風が吹き荒れた。それは彼らの感情と意志に比例して激しさを増し、これから始まる戦いの熾烈さを物語っていた。

「リリスティア陛下は貴方を倒した後、ゆっくりお迎えすることに致しましょう」

「やってみるがいい!」

 そして、カイムの体が急速に変化を始めた。赤い髪は白に変わり、肉体もびきびきと裂けるような音を立て、外側の皮膚を堅い鱗に変化させながら巨大化していった。
 どこからか水晶のようなものが飛び出し彼の体の周りを舞い、細かな光の粒がそれを飾る。四肢は鋭い三本指の手足に変化し、蒼い爪を光らせる。
 全てが終わり、クルヴェイグの目の前に現われたのは、全身銀色の鱗に覆われ、氷のクリスタルを周りに浮かべた、長い長い体の蛇状のドラゴンだった。
 美しい。竜でありながら、息を飲む美しさ。まるで氷の女神の使者のようなその容姿。人は彼らを、氷竜(クリスタルドラゴン)と呼んだ。

「希少種の……氷竜!」

 煌々と、竜の口で氷が光る。冷気が漏れ出して、周囲が見る間に凍っていく。
 だが、クルヴェイグは妖しく微笑む。そう、彼には竜の弱点である竜玉の位置が見えている。それさえ叩けば何の問題もない。
 クルヴェイグは既にその位置を見極めたのか、静かに魔力を凝縮させつつ手を前にかざした。

「勝敗が分かっていると、おもしろくありませんねぇ」

 そして、激しい力と力のぶつかり合いが始まった。


 * * *


「……なんだこれは!」
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