第十一話「純白の翼、氷晶の祈り」
さすがに驚いたのか、リリスティアは思わず声を大きくした。シャジャが慌てて両手をわたわたと振る。
「こ、声が大きいです陛下!」
「すまない。でも……」
「私は元々は、炎竜マグナドラゴンという種の長、だったんです」
「炎竜……」
一般には、竜についての知識は至極簡略化されて伝わっているものの、一部は御伽噺のようにも語られていた。
そんな竜族には、様々な種類がある。それは、各々の属性や特質によって分類され、一概に竜族と言えないほど多分化しているのだ。
その中でも、体内で炎を発生させ、自在に操る、「マグナドラゴン」という最も高潔にして強い竜たちがいる。
「カイムさんや私は竜の中でも煌竜という、人でいう字名のようなものがあります。それは、強い竜の事を指しているものです。ほら、人間でも、功績のある人を英雄って呼ぶでしょう?」
「ええ」
「それと一緒です。カイムさんは……誰よりも強いから、煌竜王」
それを聞いてリリスティアはすぐに疑問を打ち出した。
「でもさっき、貴方のほうが強いって」
「戦う力だけ持っていても、意味が無いんです。全く意味がないとは言いませんが、それに伴った経験と知識、強い精神が無ければ誰もついてこない」
炎竜の性質は、竜の中でも非常に誇り高い。自らを"炎獄の使者"と呼ぶほど気位が高い竜だ。
故に、それを治める者にはそれ相応の実力が要求された。
「私は、精神が未熟だった。力だけ強い、それだけなんです」
リリスティアは、シャジャが今何故カイムの側にいるのか大体の予想がついたが、過去を探るような真似はしたくなかった為、それ以上深く質問はしなかった。
「でも、逆も言える」
「逆ですか?」
「精神が強い人は素晴らしい。けど、実力の無い人の主張に誰が耳を傾けるだろうか。……私のように」
「陛下! そんなことはありません!」
シャジャが身を前に乗り出し必死に首を振る。小さく握られた拳に、力が入っている。
「だけど事実だ。ヒルやレオンがいなければ、まだ何も出来ないお飾り人形。あるのは自分の主張だけだから」
「ヴァイスの民の力は使いこなすのが難しいんです。魔導術とは違う。でも、だから、時が立てば……」
「でも敵は待ってはくれない」
昴の大切な人を救うためにも。一日でも早くこの力を使いこなさなければ。
鋭く目を細め思い悩むリリスティアを見て、シャジャはおそるおそる話を切り出した。
「……陛下、カイムさんならヴァイスの王の力について、何か知ってるかも、しれません」
「カイムが?」
リリスティアはカイムと聞くだけで嫌悪感を顕にする。シャジャは苦笑いしながらも、言葉を続けた。
「カイムさん、昔はヒルさんとよく話していたから」
「あいつをあまり頼りたくはないんだけど」
「すみません……いつも失礼をして」
「いや、明日あたり聞いてみる。出来ることは全部やらないと、ね」
そう言って口端を上げるリリスティアの表情は優しく、つられてシャジャも笑顔を見せた。
「はい! 私も、頑張ります!」
「ええ」
シャジャの笑顔を見ながら、リリスティアは胸を痛めた。きっと、何か辛いことがあったのだろう。
炎竜の長だった者が、今はカイムの守護竜をしている理由はなんだろうか。竜の間にも、人と同じような諍いがあるのだろうか。
結局、どんな種族にも争いの種はあるんだと考えると、リリスティアは少し、悲しくなった。
「話、出来ましたね」
部屋の扉を開けながら、シャジャが笑う。
「そうね」
「もっともっと、陛下とはお話したいです。なんだか…その」
「ん?」
「お姉さん、みたいで」
途端、リリスティアの肩の力が抜ける。自分の何百倍も生きてるだろうに、何を言いだすのかと顔が歪んだ。
「ごめん、なさい……」
シャジャは慌てて口を塞ぎ、頭を下げる。焦っているからか、背中の蝙羽根がけたたましくはばたく。
「退屈させなくて良かった」
「はい、陛下の思ってることが聞けて良かったです。ああ、でもひとつ聞き忘れました」
するとシャジャは、少し頬を赤らめながらまごつく。なかなか言いだそうとしないので、リリスティアは先を促した。するとシャジャは、そっと耳打ちをするように背伸びをした。
「何?」
「あの……ひ、ヒルさんとは、その、やっぱり……恋人、なんですか」
一瞬にしてリリスティアが固まってしまう。無表情な石人形のような動きで顔をそらすと、無言のまま扉を閉めようとした。
「き、聞いてはいけなかったですか?」
シャジャが扉の淵に手をかけ止める。だがリリスティアは目を合わさず、明らかに挙動不審に答えた。
「私とヒルは王と剏竜だ! おやすみ!」
パタン、と軽い音を立て、扉は閉められた。しんとした廊下で、シャジャは地雷を踏んだ自分に後悔しながら、一筋汗を流した。
「……ああ」
シャジャは一人扉に向かってお辞儀すると、その向こう側にいるであろうリリスティアに呟いた。
「私、応援してます。リリスティア陛下ならきっと、きっとヴァイスを正しい姿に、戻せます。……あの時のようにはならない……」
シャジャは静かに、そこから立ち去って行った。
* * *
もう夜も遅い。草木も眠るこの時間に起きているのは誰もいないだろう。
誰もが静寂を信用して眠るこの時に、カイムは一人、外にいた。
彼は、絶え間なく流れ続ける滝を呆然と眺めながら、何をするでもなく地に腰を降ろしている。
どうやらよくこうして一人ぼうっとするのが好きらしく、このユア・ラムダの地に於いてもそうだった。
カイムは片足を立て、そこに顎を乗せて流れる滝を見つめていた。市街から離れている人気のない場所、そして夜中ということもあり、辺りに聞こえるのは滝壺に落ちる水音だけ。彼は気分よく瞑想をしていた。
彼が何を考え、何を思うのか。その真意は誰にも分からず。それはヒルにも見られる傾向で、竜とは本当に浮き世離れした存在なのだろう。
頭上に輝く月は銀色。届かない場所で燦然と輝くそれに、腕を伸ばしてみる。重なるが、掴めない。カイムは、自嘲気味に笑った。
その光が一層強くなった時だった。どこからともなく。妙なる薫りを振りまいて、彼女が現れた。
甘い、金木犀の薫り。カイムはすぐにそれに気付いた。振り返らずに、名前だけを呼ぶ。
「フォルセか」
「うん」
フォルセと呼ばれ小さく返事をしたのは、ユア・ラムダの女王、ユア・ディモルフォセカだった。
絹糸のような金の髪に、陶器のような肌。背にある純白の羽根。子供とも大人ともいえぬ魅力的な唇。全てが美しく、見る者を惑わせる。
「何の用だ? 夜中に出ると、またあの番犬が吠えるぞ」
「グレンは私の護衛剣士だから。あれが仕事なの」
二人の間に、静寂が流れる。カイムはただひたすらに滝を眺めているだけで、後ろにいるユアに振り返ろうともしない。
ユアは、彼の背中を悲痛な面持ちで見つめながら、ぎゅっと拳を胸の前で握りしめた。
「もう、何年経ったかな」
カイムは返事をしない。それでもユアは一人言葉を紡ぐ。
「あの時いたみんながいなくなって。私だけになって」
ユアの脳裏に忘れられない過去が浮かび上がる。それはなんとも悲しく、切ないものなのか、彼女は笑みを湛えながらも、瞳を濡らした。
「そして……貴方も、いなくなった」
その言葉はあまりに小さく、滝の音に消された。
ユアは濡れた瞳を袖で拭う。それでも自分に向き直ろうとすらしないカイムを見て、落胆せずにはいられなかった。だが涙を拭ったユアは、柔らかく微笑みこう言った。
「昼間は助けてくれてありがとう。お礼を言いたかっただけなの。邪魔して……ごめんなさい」
ユアは反応が返ってこないことを予測して、身を翻した。口を結び、胸に広がる痛みに必死に耐えながら。
だが、その場を離れようと足を進めた時だった。急に強い力で片腕を掴まれ、彼女は後ろへと引っ張られた。ふいのことに足が追い付く筈はなく、されるがままに、後ろから抱き締められる形で彼女は大きな胸の中に拘束された。
カイムは片方の手でユアの右手を掴み、そのまま空いた方の手で頬を撫でる。
竜の瞳に、天使が映った。
「カイム……っ」
カイムは後ろからその白い首筋に唇を落とし、きつく赤い痕跡を残す。ユアは必死にカイムの手を退かそうともがいたが、彼の手はびくともしない。
「こ、声が大きいです陛下!」
「すまない。でも……」
「私は元々は、炎竜マグナドラゴンという種の長、だったんです」
「炎竜……」
一般には、竜についての知識は至極簡略化されて伝わっているものの、一部は御伽噺のようにも語られていた。
そんな竜族には、様々な種類がある。それは、各々の属性や特質によって分類され、一概に竜族と言えないほど多分化しているのだ。
その中でも、体内で炎を発生させ、自在に操る、「マグナドラゴン」という最も高潔にして強い竜たちがいる。
「カイムさんや私は竜の中でも煌竜という、人でいう字名のようなものがあります。それは、強い竜の事を指しているものです。ほら、人間でも、功績のある人を英雄って呼ぶでしょう?」
「ええ」
「それと一緒です。カイムさんは……誰よりも強いから、煌竜王」
それを聞いてリリスティアはすぐに疑問を打ち出した。
「でもさっき、貴方のほうが強いって」
「戦う力だけ持っていても、意味が無いんです。全く意味がないとは言いませんが、それに伴った経験と知識、強い精神が無ければ誰もついてこない」
炎竜の性質は、竜の中でも非常に誇り高い。自らを"炎獄の使者"と呼ぶほど気位が高い竜だ。
故に、それを治める者にはそれ相応の実力が要求された。
「私は、精神が未熟だった。力だけ強い、それだけなんです」
リリスティアは、シャジャが今何故カイムの側にいるのか大体の予想がついたが、過去を探るような真似はしたくなかった為、それ以上深く質問はしなかった。
「でも、逆も言える」
「逆ですか?」
「精神が強い人は素晴らしい。けど、実力の無い人の主張に誰が耳を傾けるだろうか。……私のように」
「陛下! そんなことはありません!」
シャジャが身を前に乗り出し必死に首を振る。小さく握られた拳に、力が入っている。
「だけど事実だ。ヒルやレオンがいなければ、まだ何も出来ないお飾り人形。あるのは自分の主張だけだから」
「ヴァイスの民の力は使いこなすのが難しいんです。魔導術とは違う。でも、だから、時が立てば……」
「でも敵は待ってはくれない」
昴の大切な人を救うためにも。一日でも早くこの力を使いこなさなければ。
鋭く目を細め思い悩むリリスティアを見て、シャジャはおそるおそる話を切り出した。
「……陛下、カイムさんならヴァイスの王の力について、何か知ってるかも、しれません」
「カイムが?」
リリスティアはカイムと聞くだけで嫌悪感を顕にする。シャジャは苦笑いしながらも、言葉を続けた。
「カイムさん、昔はヒルさんとよく話していたから」
「あいつをあまり頼りたくはないんだけど」
「すみません……いつも失礼をして」
「いや、明日あたり聞いてみる。出来ることは全部やらないと、ね」
そう言って口端を上げるリリスティアの表情は優しく、つられてシャジャも笑顔を見せた。
「はい! 私も、頑張ります!」
「ええ」
シャジャの笑顔を見ながら、リリスティアは胸を痛めた。きっと、何か辛いことがあったのだろう。
炎竜の長だった者が、今はカイムの守護竜をしている理由はなんだろうか。竜の間にも、人と同じような諍いがあるのだろうか。
結局、どんな種族にも争いの種はあるんだと考えると、リリスティアは少し、悲しくなった。
「話、出来ましたね」
部屋の扉を開けながら、シャジャが笑う。
「そうね」
「もっともっと、陛下とはお話したいです。なんだか…その」
「ん?」
「お姉さん、みたいで」
途端、リリスティアの肩の力が抜ける。自分の何百倍も生きてるだろうに、何を言いだすのかと顔が歪んだ。
「ごめん、なさい……」
シャジャは慌てて口を塞ぎ、頭を下げる。焦っているからか、背中の蝙羽根がけたたましくはばたく。
「退屈させなくて良かった」
「はい、陛下の思ってることが聞けて良かったです。ああ、でもひとつ聞き忘れました」
するとシャジャは、少し頬を赤らめながらまごつく。なかなか言いだそうとしないので、リリスティアは先を促した。するとシャジャは、そっと耳打ちをするように背伸びをした。
「何?」
「あの……ひ、ヒルさんとは、その、やっぱり……恋人、なんですか」
一瞬にしてリリスティアが固まってしまう。無表情な石人形のような動きで顔をそらすと、無言のまま扉を閉めようとした。
「き、聞いてはいけなかったですか?」
シャジャが扉の淵に手をかけ止める。だがリリスティアは目を合わさず、明らかに挙動不審に答えた。
「私とヒルは王と剏竜だ! おやすみ!」
パタン、と軽い音を立て、扉は閉められた。しんとした廊下で、シャジャは地雷を踏んだ自分に後悔しながら、一筋汗を流した。
「……ああ」
シャジャは一人扉に向かってお辞儀すると、その向こう側にいるであろうリリスティアに呟いた。
「私、応援してます。リリスティア陛下ならきっと、きっとヴァイスを正しい姿に、戻せます。……あの時のようにはならない……」
シャジャは静かに、そこから立ち去って行った。
* * *
もう夜も遅い。草木も眠るこの時間に起きているのは誰もいないだろう。
誰もが静寂を信用して眠るこの時に、カイムは一人、外にいた。
彼は、絶え間なく流れ続ける滝を呆然と眺めながら、何をするでもなく地に腰を降ろしている。
どうやらよくこうして一人ぼうっとするのが好きらしく、このユア・ラムダの地に於いてもそうだった。
カイムは片足を立て、そこに顎を乗せて流れる滝を見つめていた。市街から離れている人気のない場所、そして夜中ということもあり、辺りに聞こえるのは滝壺に落ちる水音だけ。彼は気分よく瞑想をしていた。
彼が何を考え、何を思うのか。その真意は誰にも分からず。それはヒルにも見られる傾向で、竜とは本当に浮き世離れした存在なのだろう。
頭上に輝く月は銀色。届かない場所で燦然と輝くそれに、腕を伸ばしてみる。重なるが、掴めない。カイムは、自嘲気味に笑った。
その光が一層強くなった時だった。どこからともなく。妙なる薫りを振りまいて、彼女が現れた。
甘い、金木犀の薫り。カイムはすぐにそれに気付いた。振り返らずに、名前だけを呼ぶ。
「フォルセか」
「うん」
フォルセと呼ばれ小さく返事をしたのは、ユア・ラムダの女王、ユア・ディモルフォセカだった。
絹糸のような金の髪に、陶器のような肌。背にある純白の羽根。子供とも大人ともいえぬ魅力的な唇。全てが美しく、見る者を惑わせる。
「何の用だ? 夜中に出ると、またあの番犬が吠えるぞ」
「グレンは私の護衛剣士だから。あれが仕事なの」
二人の間に、静寂が流れる。カイムはただひたすらに滝を眺めているだけで、後ろにいるユアに振り返ろうともしない。
ユアは、彼の背中を悲痛な面持ちで見つめながら、ぎゅっと拳を胸の前で握りしめた。
「もう、何年経ったかな」
カイムは返事をしない。それでもユアは一人言葉を紡ぐ。
「あの時いたみんながいなくなって。私だけになって」
ユアの脳裏に忘れられない過去が浮かび上がる。それはなんとも悲しく、切ないものなのか、彼女は笑みを湛えながらも、瞳を濡らした。
「そして……貴方も、いなくなった」
その言葉はあまりに小さく、滝の音に消された。
ユアは濡れた瞳を袖で拭う。それでも自分に向き直ろうとすらしないカイムを見て、落胆せずにはいられなかった。だが涙を拭ったユアは、柔らかく微笑みこう言った。
「昼間は助けてくれてありがとう。お礼を言いたかっただけなの。邪魔して……ごめんなさい」
ユアは反応が返ってこないことを予測して、身を翻した。口を結び、胸に広がる痛みに必死に耐えながら。
だが、その場を離れようと足を進めた時だった。急に強い力で片腕を掴まれ、彼女は後ろへと引っ張られた。ふいのことに足が追い付く筈はなく、されるがままに、後ろから抱き締められる形で彼女は大きな胸の中に拘束された。
カイムは片方の手でユアの右手を掴み、そのまま空いた方の手で頬を撫でる。
竜の瞳に、天使が映った。
「カイム……っ」
カイムは後ろからその白い首筋に唇を落とし、きつく赤い痕跡を残す。ユアは必死にカイムの手を退かそうともがいたが、彼の手はびくともしない。