このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第十一話「純白の翼、氷晶の祈り」

「シャジャの治療もしてもらえるだろうか」

 シャジャを見ると、カイムに抱かれたまますやすやとよく眠っている。

「こいつは放っておいても治る」

 素っ気なく言うカイムだったが、シャジャを見る瞳はいつもより深く優しかった。

「じゃあ、あとはユアの城にいけばいいのか」

「俺は少し町中を見てえから、先に行けよ」

 ライザーが目を向けている先には、“魔導具屋”と看板のかかった建物があった。目を輝かせる彼を見て、リリスティアは口元を緩める。

「リリスティア」

 ふいにカイムが声をかける。

「何?」

「少し用がある。先に行け」

「別にいいけど」

 リリスティアはなんとなしに承諾をした。
 するとカイムは何を思ったのか、抱いていたシャジャをライザーに向け差し出した。

「あ? 何の真似だバカ殿」

「用があると言っただろう」

 傍若無人なその態度に、ライザーの眉間に皺が寄る。

「ざけんな!! 今俺の話聞いてたか!?」

「じゃあな」

 カイムはライザーにそれ以上の反論を許さず、無理矢理にシャジャを彼に託すと、またさっさとどこかへと立ち去っていった。  
 素直というかなんというか、落とすわけにもいかず、ライザーはシャジャをしっかり抱いていた。折角これから思うがままに行動しようとしていた彼だったが、怪我人を放っておけるような男ではない。

「どんっだけ自分勝手なんだあのバカ殿は!!」

 立ち去るカイムに、リリスティアは違和感を感じていた。
 どこか、思い詰めているような表情は、寂しささえ湛えているようにも見えた。

「どうしたんだろう……」


  *  *  *


 陽が沈むと、ユア・ラムダの風景は変わった。滝の周りには蛍のような光が飛びかい始め、夜の道を安全に照らす。空には銀の月が浮かび、ヴァイスで見る月とは、また違った顔をしていた。
 リリスティアは、ユアの城の一室に身を置いていた。この国の城の外観は他国とは違い、どちらかというと神殿や聖堂に近いものがあった。幾つもの棟に分かれていたり、高さがあるのではなく、巨大な幾つもの柱がその屋根を支えひとつながりの巨大な建物として建設されていた。
 部屋から外を見ると、中庭があり、池がある。池は町中にあった滝と地下水路でつながっているのだと、来たばかりのリリスティアに使用人が説明をしていた。
 リリスティアは部屋のベッドに横たわり、何を考えるでもなく、ただ天井を見つめていた。だがふいに起き上がり、窓枠にもたれかかってみる。足が浮ついて、所在ない。
 実はリリスティアは、さっきからこんなけとばかりしているのだ。理由は言わずもがな、落ち着かないから。それだけだ。
 部屋には何も無く、本でもあれば気を紛らわせれるのにとぼやく。
 隣の部屋を与えられたライザーは、昼間に町中で購入しただろう魔導書を熱心に読み漁っている。

「散歩はさすがに出来ないし、どうしようかな」

 あれから、カイムは結局此処には来ないままだった。「どうせナンパでもしてんだろ」と無責任にライザーは吐き捨てていたが、リリスティアは此処にきてからの彼の微妙な変化に気付いていた為、内心心配だった。
 どこか違う。余裕がないような、不思議な雰囲気だ。
 不意に浮かんだのは、ユアとカイムが顔を合わせた時のあの二人の反応だった。
 ユアは青ざめてはいたが、あれは――。

「………ん?」

 ゆらり、遠くに見える回廊に赤い影がよぎった。リリスティアは目を凝らしてみる。が、影はどこかに消えた。だが、また姿を現し、回廊を進んでいく。

「カイム?」

 そう確信出来たのは、少し雲に隠れていた月が完全に姿を現したから。月明かりに照らされた彼の髪は、きつく赤に光る。
 もう夜も遅い。それなのに、どこへ行こうというのか。

「陛下」

 扉の向こうから意外な人物の声が聞こえた。小さなノック音とともに聞こえたその声の主は、申し訳無さそうに言葉を続ける。

「陛下、いらっしゃいますか? 申し訳ありません。こんな、夜更けに」

「シャジャ?」

 リリスティアはベッドから起き上がると、その扉を開けた。扉の向こうには、いつもと変わらぬ様子のシャジャが立っていた。

「どうしたの?」

「お話、したくて。その、色々と」

 片言の喋り方はいつものことだが、いつもよりさらにたどたどしい。暗闇の所為か、少し顔色が悪い気がする。リリスティアは扉を完全に開くと、中へ入るように促した。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 シャジャは遠慮がちに頷くと、小走りに部屋の中へ入ってきた。千年は生きているであろう竜だろうに、彼女の見た目はただの幼い子供でしかない。ぜんまい仕掛けの玩具のようなその動きに、リリスティアは口元を緩めた。

「な、なんですか?」

 視線を感じ、シャジャが恥ずかしそうにリリスティアに振り返る。リリスティアは部屋の灯りをつけながら、ついまじまじと彼女の動きを観察してしまっていた自分に苦笑いした。

「いや、ケガは大丈夫?」

「はい。少し痛みますがほとんど治りました」

「そんなことあるの?」

「実はそんなに大けがではなくて……人型の体がこのように小さいので、大きく見えていただけというか」

 シャジャはそう言って小さな笑みを見せた。反して、しょんぼりと萎む背中の蝙羽根。
 リリスティアは彼女をソファに座るよう促すと、自分も対面した椅子に腰をかけた。

「それで話とは?」

「大したことじゃ、ないんです。ただ、陛下と話したくて」

 それを聞いたリリスティアは目を丸くした。自慢じゃないが、リリスティアは自分の口下手と不愛想には自信がある。そんな自分と好んで会話をしに来る者はあまりいないこともよく理解している。

「私と話しても、楽しくはないと思うのだけれど」

「そう、ですか? 何故?」

 何故と聞かれても答えにくいのだが、リリスティアは至って無感情に答えた。

「普通は、相手が何か言えば反応を返すでしょう。私の場合はそれが……返事しか出来なくて」

 たどたどしく答えるリリスティアを見て、シャジャは不思議そうに首を傾げた。

「へえ……? でも私、陛下と話してみたかったんです」

「何を話すの?」

 そっけなく返事をするリリスティアだったが、実際はそうではない。
 何と返していいのか分からずついそう返しているのだということは、その表情を見ればすぐに分かった。

「じゃあ、昼間の言い訳、させてもらいます」

「昼間?」

「私の、竜の姿です」

 その言葉でリリスティアはやっと理解出来た。
 昼間見た、シャジャのあの姿。普段の容姿からは全く想像がつかない本当の姿。漆黒の鱗に包まれた巨大な竜。全てを破壊しつくしてしまうのではないかと思うほどの禍々しい姿は、強く皆の頭に焼き付けられた。
 改めて、彼女はあの竜族なのだと実感させられたのだ。

「でも、言い訳をするようなことあった?」

「……あの姿、ほんとは皆には知られたくなかったんです」

 リリスティアが訝しげに眉を寄せると、シャジャは申し訳なさそうに視線を落とした。

「あまり気持ちのいい見た目ではないから」

 シャジャの表情が曇る。余程あの竜形態になるのが嫌だったのだろう。
 確かに、シャジャの竜化時の姿は今まで見たどんなものよりも恐怖に彩られた外見をしていた。
 それこそ魔界の使者の如くおぞましい。
 だが竜というものは一様にしてそうだとリリスティアは思っていた。平原の戦いで現れた地竜も、威圧感のある風貌であったのだから。

「別に私はなんとも思わなかった。意外だったのはあるけど」

「……良かった。あれを見て、みんなの態度が変わったらどうしようかと」

 安心したのか、シャジャの顔に笑顔が戻った。一喜一憂する彼女は、見た目通りの幼子のようだ。

「逆に羨ましいと思ったけど」

「羨ましい?」

「私も貴方みたいに強ければ、もっと色々役に立てる」

 リリスティアはベッド脇にある剣に視線を遣る。ヒルと離れている今、自分に使えるのはあの剣ひとつだ。

「大きな力は、持っているだけじゃ意味はないですよ」

 シャジャは視線をまっすぐリリスティアに向けていた。真剣に見つめられ、リリスティアも視線を戻しそれに合わせる。

「例えば、ですが。私は、力はあるんです。ここだけの話、カイムさんより」

「カイムより!?」
3/8ページ
スキ