第十一話「純白の翼、氷晶の祈り」

 勢いに押され身を引くリリスティアをおかまいなしにユアは追求する。背中の白い羽根はパタパタと動き、精一杯に喜びを表現する。

「嬉しい。それでわざわざここまで来てくれたんだ」

 心底汚れのないユアの笑顔を見ていると、リリスティアは逆に申し訳ない気持ちになっていた。友好を求めてきたわけではなく、実際は助力を求めてきたのだから。
 だが、喜ぶユアを見てそんなことは言えそうになかった。

「ユア……その」

「私と同じ女王が治める国と仲良くできるなんて素敵。ね、どんな風にすればいいのかな」

「えっと、同盟というのは」

 なんとか説明をしようと口を開いたリリスティアの言葉を遮るように、ふいに頭上から声が聞こえた。

「ユア様を丸め込もうとするな」

 声のした方向に視線を向けると、そこには体の大きな男性がいた。細い木の枝に、重心を崩すことなく立っている。
 その顔は半分以上が四角形の布により隠されており、さらに頭部にも布を巻いている為、何か得体が知れない。彼が何者か理解する手がかりは、その体の線と紫に光る瞳だけだった。
 だが、男の背には、羽根らしきものは無かった。 しかし、人間のような気配もない。
 男が飛び降りると、石畳に重厚な音が響く。そのままユアの前に立ちはだかった男は、きつい視線をリリスティアに向けた。

「立ち去れ、そして二度と来るな」

「なんだテメーは」

 彼の物言いにムッとしたライザーがそう問うと、男は瞳をそちらに動かしすぐさま答えを返した。

「悪魔は礼儀を知らないのか。聞く前に名乗れ」

「ああ!?」

 つい喧嘩腰になるライザーを止めたのは、リリスティアだった。

「ライザー。ちゃんと名乗ろう。私たちは招かれざる客だ」

「……わぁったよ」

「勝手に入国して悪かった。許されるべき行為でないことは承知している」

 男はリリスティアの低姿勢な言い方に少し尖りをなくしたのか、その警戒を和らげた。

「貴女は?」

 リリスティアは凛として、名乗りをあげた。

「私はリリスティア。ヴァイス王国の王だ。悪魔ではない」

「……俺の名前はグレン。国王の護衛剣士だ。だがおかしな話だ、ヴァイスは滅んだ筈だが」

「再興する。だから私がいるの」

 信用ならないのか、グレンはリリスティアの顔をなめるようにまじまじと見ていたが、やがて溜息をつきその目を逸らした。

「ねえお願い、やめて。私が招いたの」

 ユアはグレンに向かってそう懇願すると、彼はひどく落胆した様子でユアに向き直り目を細めた。

「陛下。あれほど外にはお出にならぬよう申し上げましたのに」

「ごめんなさい。だけど私、どうしても」

「どんな理由があろうと、陛下は国を出てはいけません。何かあってからでは遅いのです。さあ、早く城にお戻りください」

 グレンの言葉は一見冷たくも感じるが、その節々にはユアを気遣うような優しさが見え隠れしていた。だがそれがユアに伝わるかといえばそうではなく、彼女は納得のいかない様子で眉を下げていた。

「お前達も早く出ていけ。ここは不可侵だ」

「そんな……」

「貴女がヴァイスの王だろうがなんだろうが、ユア・ラムダはどこにも属さない。それが答えだ」

 とりつくしまもない彼の物言いに、言葉の引き出しが少ないリリスティアは反論すら出来ない。
 さすがにライザーも、迂闊な事は言わなかった。だが、カイムは違った。

「クッ……そういつまでも、鎖国を続けられると思うな」

「何?」

 シャジャを抱えたまま後方で押し黙っていたカイムが、嘲笑混じりにそう言った。

「何か言ったか煌竜王」

「ふん、お前らのその自信はどこから来るのかと思ってな。いずれ此処にも他国の軍が攻めてくるだろう。その時はどうする気だ?」

「我々はそれを何度も防ぎ、国を守ってきた。これからもそうだ」

 グレンは布に遮られくぐもる声をさらに低くし、嫌悪感いっぱいに答える。だがカイムは少しも動じることはなく、えらく落ち着いた様子だった。

「一体いつの話だそれは。軍を防げていたのは、まだそれ以外にも"純血種"がいたからだろう」

 ぐっ、とグレンが息を飲む。

「純血でない有翼人の能力は他と大差ない。ただ飛べるか飛べぬか。それも魔導術が使えれば埋められる溝だ。お前なら、痛いほど分かるだろう」

 カイムがグレンの背に人差し指を向ける。
 そう、彼の背には翼が無い。この地にいるならば有翼人である筈なのに、彼は一見すると、人間と相違ない容姿だ。

「黙れ! 翼の有無など関係がない!!」

「蛇に睨まれた小さな蛙が、どうやって自身を守るか。最後まで言わなければ分からないか?」

「立ち去れ! この国はお前を必要としていない!」

 グレンは頭に血が昇っているのか、怒りを顕にしいきり立つ。

「ほう、ユア・ラムダの国王護衛剣士は、恩人に対してそういう態度を示すか」

「仮にヴァイスと同盟を結んでも、ますます他からの標的になるだけだ! 我々に何の利益がある! 戦が始まれば多くが死ぬ……人間と悪魔の小競り合いなど、知ったことではない!」

 言い切られた。これをどう打開するというのか。
 リリスティアは表情にこそあまり現れてはいなかったが、内心そのやりとりを崖淵に立たされたような気持ちで見ていた。グレンの体越しに見えるユアは、口を挟みたくても挟めぬような暗い面持ちをしている。
 カイムは一呼吸置くと、真剣な眼差しで言った。

「いつまでも何も変わらんままだと思うな」

 グレンは、ハッと目を見開く。

「常に世界は変わり、動く。現に、お前たちやこの地を聖域扱いしていたノーブルでさえ、此処に向け軍を動かしているのだからな」

 初耳であったのは、グレンだけではなかった。リリスティアとライザーも、顔を見合わせて驚く。

「なんだと!? ノーブルは隣国だ! 不可侵条約を結んだ筈……」

「ヴァイスをはねつける事、それ即ち竜族と世闇を敵に回すこと。お前のその剣で、大事な『国王陛下』を守れるのか?」

 リリスティアには今、理由はどうあれ、実質二つの種族の王がついていることになる。
 一つは世闇の長、昴。単独で行動しているとはいえ、世闇一族の長に対する忠誠心は並じゃない。彼が動けば、何も言わずとも家臣も動くのは目に見えている。
 もう一つは、世界最強と謳われる種族、竜族。今は世界各地に散らばっているであろう仲間も、カイムが一声吠えれば、すぐに集まる。現に、報復戦争時、一日であれだけの竜を集めたのだから。
 そして、奇跡の力を操るヴァイスの民。リリスティアがその力を自在に操れるようになれば、どうなるかは、子供にも分かることだった。
 悩みに悩んだ末に、グレンが出した結論はこうだった。

「……三日だ」

「え?」

 リリスティアが訝しげに聞き返す。

「三日、ユア様に対する感謝の意味を込めて貴女の滞在を許可する。我々にも、王と考える時間をくれないか」

 途端に、ユアが顔を明るくし、嬉しそうにグレンを見上げる。彼は渋々首を縦に振ると、リリスティアにこう言った。

「正式な結論を出す。それまでは、客人としてもてなそう。だが……期待はされるな」

 グレンはライザーにそう言うと、ユアの背中を押しながら、その場から離れていった。ユアは途中リリスティアに振り返り、屈託の無い柔らかな笑みを見せる。透き通る、翡翠の瞳。先ほどより濃くなっている気がした。
 そして、ユアたちがいなくなったことを合図にするかのように、しんとしていた町並みが急に賑やかになった。グレンがリリスティア達を受け入れたことで、それまで建物の中に隠れていた人々が一斉に飛び出し、普段どおりの生活を始めたのだ。
 “天使”。そう呼ばれるに相応しく、翼を持つ彼らは美しい。建物の間を縫うように飛ぶ姿も、淵に腰かけ竪琴を奏でる姿も。まさに楽園の天使そのもので。
 ただ、純白の羽根を持つのはやはりユアだけなようだ。皆一様に、薄い青か、桜色をしていた。
 二人がいなくなった方を呆然と見ていたリリスティアの肩を、ライザーは嬉しさのあまり跳ねとばすように叩いた。

「おい、やったなリリスティア!」

 容赦の無い力がかかり、リリスティアは前につんのめる。

「まだ決まったわけじゃないし……」

「バカ! あの排他的な有翼人が滞在を許したんだぞ!」

 ライザーは本当に嬉しそうだった。普段ツンとしている彼の、はじめて見る素の部分。笑った顔は、リリスティアと似ていた。
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