第十話「銀月の契り、深淵の剣舞」
そうして、兵士達が尻込みをしていた時だった。
「あんたを相手に、兵士達だけを配備するわけがないよ」
刹那、その声とともに小さな人影が上空からカイムに向けて飛び掛かってきた。人影は手に持った双剣を真上からカイムに向けて斬り降ろした。カイムが大剣の腹でそれらを受けとめると、辺りに衝撃の強さを物語る鈍い金属音がこだまする。
攻撃を防がれたことにより、人影は軽い身のこなしで後方に宙返りし、ふわりと着地した。
その人影の正体は、リリスティアにとって懐かしい人物。かつて、仲間だった者。
「ジークフリード!!」
「り、リリー!?」
名を呼ばれた事でリリスティアの存在を確認したジークフリードは目を見開く。
「竜が現われたって聞いて……でもまさか、リリーまでいるなんて」
ジークフリードの瞳が悲しそうに歪む。だが感傷に浸るわけにもいかず、彼は手に持った漆黒の双剣を構える。
「お願い、構えないで。僕は君を斬りたくないんだ」
「私はその門をくぐらなければならない」
「駄目だよ! おとなしく捕まって! 僕が悪いようにはさせないから!」
じり、と距離を詰めるジークフリード。確かに殺気は感じられないが、だからといってリリスティアも捕まるわけにはいかなかった。
「くっ、悪いようにはさせないからだと?」
カイムが嘲笑する。
「お前は確かにシウバの子だが、今は父親に進言出来るほどの権力は無い筈だ」
「お前……カイム!?」
ジークフリードがぎょっとして目を見開く。
「ノーブルの皇太子はクルヴェイグだろう。そして今のお前はただの聖騎士。家名も"クレイメル"だ。俺の言うことに何か間違いがあるか?」
カイムの言葉が、ジークフリードの心に錆びた釘となって突き刺さる。
「……っ! お前の所為だろ! こうなったのも、全部お前のせいだ!」
子供のように、ジークフリードは声を荒げる。
「リリー! なんで裏切ったりしたんだよ! あの人に似てる君を僕は斬りたくないのに! 人のふりをしている悪魔になんか味方して!」
そう言って、ジークフリードはライザーを睨み付ける。
「違う」
リリスティアはその視線の間に立ちはだかり、落ち着いた様子で口を開いた。
「私たちは悪魔じゃない」
「何を言いだすんだよ……」
「見て。彼を、私を。貴方の目に映る私たちは、どう見えているの?」
ジークフリードは意味が分からなかったが、戸惑いながらもリリスティアとライザーをじっとその目に映した。
「悪魔という名前は、人がつけた名前よ。私たちの本当の名前は、ヴァイスの民」
「ヴァイス? それは地名じゃ……」
「惑わされてはいけませんぞジークフリード様!」
兵士の一人がいきり立つ。
「皆! ジークフリード様をお守りしろ!」
声と共に、兵士たちが一気にリリスティア達に襲いかかる。ジークフリードの横を擦り抜け、剣を片手に駆け出した。
「ヴァイスの民?」
呪文のように、ジークフリードは繰り返す。
「リリーはヴァイスの民? じゃあ僕が今まで斬ってきたアレは……」
葛藤するジークフリードを尻目に、ついに兵士の剣がリリスティアを捉えた。
「誘惑するな魔女が!!」
だが、その剣は振り下ろされることはなかった。肉の裂ける嫌な音と共に、兵士は口から血を吐き、その場に崩れ落ちた。赤い血溜りが、みるみるうちに広がる。
「なんて斬れ味……」
軽く振っただけだった。相手は鎧を着ていたので、なんとか狙いを澄ませたつもりだった。
だが、銀に光る切っ先は、艶やかに赤を彩っていた。
「うおおお!!」
間髪入れず他の兵士がリリスティアに斬り掛かる。隙だらけで立っているリリスティアの体めがけ、複数の剣が一気に襲い掛かった。
だが、それらは疾風の如く剣技により瞬時に打ち砕かれた。リリスティアの太刀は白い軌跡を描きながら、踊るように兵士を斬り裂いていく。それはまるで舞を舞うが如く。無駄な動きが一切なく、確実に急所のみを狙った動きは、あの昴を思わせる物だった。
「少しは使えるようになったか」
出番の無いカイムは、感心しながら手持ちぶたさに剣を遊ばせる。
「斬ることにためらいはねえか。まあそうだろうな」
そのおかげで、ライザーは安全に術式変換の準備を着々と進めていた。
誰もがその剣技に見惚れている中、ユアだけが彼女の中にある危うい"それ"に気付き怯えていた。
兵士を斬り、剣を持ち佇むリリスティア。返り血が頬を伝い、赤く染まった剣を持ち、彼女は美しい。
だが、とても危うく愚かな美しさだった。口元に僅かな笑みを浮かべ、手についた血の温い感触を楽しみながら、リリスティアはその瞳を次の標的に向けた。
「終わり?」
「リリー……」
ジークフリードの顔が強ばる。彼が今目にしているリリスティアは、別人のように恐ろしい瞳をしていた。
「な、なんだこの女……」
目の前で起きた惨劇に、兵士たちは皆後ずさる。リリスティアはその剣に殺意を宿らせたまま視線を辺りに巡らせた。
「なめるなぁ!!」
その見下しているかのような視線に不快感を感じた一人の兵士が、剣を振り上げリリスティアに襲い掛かった。
だが、リリスティアは待ってましたといわんばかりに、手に持っていた剣をくるり回転させ、その力のままに、貫いた。糸が切れたように倒れた兵士はもう動かない。地面に血溜りが次々と出来、おぞましい程の鉄の匂いが広がった。
リリスティアはその屍を、無感情に見つめる。つまらないというように、小さく息を吐いた。
――強いのね。貴方は強い。
特別だから。みんながそうなりたかった、特別だから。
深淵から聞こえてくる声は誰の物か。
「開くぞ!」
ライザーのその声で、リリスティアはハッと我に返った。そして雲が晴れたような瞳で辺りを見回すと、むせ返るような血の匂いに思わず口を押さえた。
「これは……」
一面の赤、脱け殻のような屍。その光景を生み出したのは自分なのに、リリスティアは恐怖した。戦う意志を失ったのか、ゆっくりと剣を下げた。
「ジークフリード様! 門の術が!!」
「しまった!」
そう言われジークフリードが急いで視線を門に遣ると、いつのまにか北門を覆っていた魔法の雰囲気が一変していることに気が付いた。門にかけられていた魔法式がライザー独自の物に変換されていたのだ。
「お前、魔導師だったんだな!」
ジークフリードは二つの剣を振りかぶり、ライザーに向かって走りだした。その細身の体から繰り出される剣撃はまさに疾風のごとく。僅かな魔力を込め、十字に斬り付けた。
「竜炮撃!!」
だがライザーもそのままやらせるわけはなく、腰に携えていた剣を抜くと素早くその刀身で剣撃を受け止めた。
「お前も魔導剣士!?」
「お前の剣撃なんか、あの昴に比べたら屁でもねえ!」
ライザーはぎちぎちと音を立て交わっていた刄を力任せに勢い良く弾いた。衝撃に押されたジークフリードは後退し、間合いを取る。
「昴? なんで昴が!? ってちょっと!」
「おいリリスティア!! 門はいつでも開く! さっさと行け!」
茫然と血溜りの中に立っていたリリスティアの肩が震えた。
「……う、うん」
だがすぐに冷静になり、ユアの手を引くと門に向かって走りだした。
「待て! 逃がさんぞ!!」
「おっと、女は追い掛けるとますます逃げるぞ」
兵士達がリリスティアに追っ手をかけたが、すぐさまカイムが間に立ちはだかった。それ以上来れぬよう、剣を水平に掲げながら。
カイムの後方には門に向かうリリスティア達。術式を変えられた魔力を失った門など、石で出来たただの建造物に過ぎない。
「よくやったライザー。さあお前もいけ」
「えっらそうに!」
吐き捨てながらも、ライザーは剣を鞘に納めリリスティアに続く。兵士達は追い掛けたくとも、間にカイムが立っている為うかつに近付けない。
「退けろカイム!」
ジークフリードが前に立ち叫ぶ。
「それは聞けんな。子供は早く家に帰って寝ろ」
彼らが門を開くのを気にしながら、カイムは剣で威圧し続ける。
「こんなことしたって父さんの軍隊がユア・ラムダを襲うだけだよ!」
「だからなんだ。俺はシウバなど怖くはない」
カイムの背後で、低い轟音とともに扉がゆっくり開き始める。ライザーが魔法の力でそれを動かしているのだろう。おおよそ人ひとりの力では動かせぬだろう扉が、彼の片手だけで動いている。
「何やってんだよ! かかれ!」
「し、しかし相手はあの煌竜王……」
「関係ないだろ! 魔導部隊が来るまで耐えろ!」
ジークフリードに強く一喝され、兵士達は恐怖しながらもカイムににじり寄る。
「ぐ……か、かかれえ!!」
覚悟を決めた兵士達がカイムに斬り掛かる。
カイムはその必死な彼らを見て、さも滑稽だといわんばかりに薄笑いを浮かべると、体を低く構えた。
「俺はリリスティアほど柔らしくはないぞ」
「僕だって負けない!」
兵士達と足を同じくしてジークフリードもカイムに向かって走りだす。
「カイム!!」
カイムの剣に急速に冷気が集まり始めた。白い冷気は結晶になり陽に光り、弧を描きながら宙を舞う。
剣自体が氷のように冷たくなったのを確認すると、カイムはそれを、静かに頭上に振り上げた。
刹那、カイムの剣が一気に振り下ろされた。吹雪のような剣圧が一気に放出され、その射程内にある全てを凍り付かせながら暴れ狂っている。
兵士の体はみるみる凍り付き、あっという間に氷の彫像と化したが、最後にはひびが入り、木っ端微塵に砕け散った。
唯一その技の本質を知るジークフリードだけが、うまく剣圧を避けていた。だが避けきれなかった体の部分は見事に凍り付き、砕け散るまではいかなくとも、致命傷を負った。
「おいどうした、これはお前に教えた技だぞ」
無慈悲に、カイムが言う。
「折角技を教えてやっても、そのざまではな」
その場にいた兵士は全滅、息があるのはジークフリードだけとなった。
そうしてる間に北門は完全に開ききり、後はカイムの脱出のみを待っていた。
「あちらもケリがついたようだ。もう此処には用はない」
カイムが空を見上げると、超上空から巨大な竜がこちら目がけて飛んできた。勢いのままカイムの横に土埃をたてて着陸したが、その漆黒の体は満身創痍で。
立っているのがやっとという感じだった。
「よくやったなシャジャ」
「遅れて申し訳ありませんカイム様」
竜は彼の三倍はありそうな頭を彼にすり寄せる。カイムはそれを慈しむように手で撫でた。
「行くぞ。人型になれ」
「はい」
シャジャは言われるがままに瞳を閉じた。するとその体はみるみる小さくなり、あの幼い少女に戻った。
カイムは倒れこむように人型になったシャジャを抱くと、笑みを浮かべ、門へと走っていった。
「待てよカイム! 待てー!!!」
ジークフリードの叫び空しく、無情な音を立てて門はその口を閉じた。
第十話・終
「あんたを相手に、兵士達だけを配備するわけがないよ」
刹那、その声とともに小さな人影が上空からカイムに向けて飛び掛かってきた。人影は手に持った双剣を真上からカイムに向けて斬り降ろした。カイムが大剣の腹でそれらを受けとめると、辺りに衝撃の強さを物語る鈍い金属音がこだまする。
攻撃を防がれたことにより、人影は軽い身のこなしで後方に宙返りし、ふわりと着地した。
その人影の正体は、リリスティアにとって懐かしい人物。かつて、仲間だった者。
「ジークフリード!!」
「り、リリー!?」
名を呼ばれた事でリリスティアの存在を確認したジークフリードは目を見開く。
「竜が現われたって聞いて……でもまさか、リリーまでいるなんて」
ジークフリードの瞳が悲しそうに歪む。だが感傷に浸るわけにもいかず、彼は手に持った漆黒の双剣を構える。
「お願い、構えないで。僕は君を斬りたくないんだ」
「私はその門をくぐらなければならない」
「駄目だよ! おとなしく捕まって! 僕が悪いようにはさせないから!」
じり、と距離を詰めるジークフリード。確かに殺気は感じられないが、だからといってリリスティアも捕まるわけにはいかなかった。
「くっ、悪いようにはさせないからだと?」
カイムが嘲笑する。
「お前は確かにシウバの子だが、今は父親に進言出来るほどの権力は無い筈だ」
「お前……カイム!?」
ジークフリードがぎょっとして目を見開く。
「ノーブルの皇太子はクルヴェイグだろう。そして今のお前はただの聖騎士。家名も"クレイメル"だ。俺の言うことに何か間違いがあるか?」
カイムの言葉が、ジークフリードの心に錆びた釘となって突き刺さる。
「……っ! お前の所為だろ! こうなったのも、全部お前のせいだ!」
子供のように、ジークフリードは声を荒げる。
「リリー! なんで裏切ったりしたんだよ! あの人に似てる君を僕は斬りたくないのに! 人のふりをしている悪魔になんか味方して!」
そう言って、ジークフリードはライザーを睨み付ける。
「違う」
リリスティアはその視線の間に立ちはだかり、落ち着いた様子で口を開いた。
「私たちは悪魔じゃない」
「何を言いだすんだよ……」
「見て。彼を、私を。貴方の目に映る私たちは、どう見えているの?」
ジークフリードは意味が分からなかったが、戸惑いながらもリリスティアとライザーをじっとその目に映した。
「悪魔という名前は、人がつけた名前よ。私たちの本当の名前は、ヴァイスの民」
「ヴァイス? それは地名じゃ……」
「惑わされてはいけませんぞジークフリード様!」
兵士の一人がいきり立つ。
「皆! ジークフリード様をお守りしろ!」
声と共に、兵士たちが一気にリリスティア達に襲いかかる。ジークフリードの横を擦り抜け、剣を片手に駆け出した。
「ヴァイスの民?」
呪文のように、ジークフリードは繰り返す。
「リリーはヴァイスの民? じゃあ僕が今まで斬ってきたアレは……」
葛藤するジークフリードを尻目に、ついに兵士の剣がリリスティアを捉えた。
「誘惑するな魔女が!!」
だが、その剣は振り下ろされることはなかった。肉の裂ける嫌な音と共に、兵士は口から血を吐き、その場に崩れ落ちた。赤い血溜りが、みるみるうちに広がる。
「なんて斬れ味……」
軽く振っただけだった。相手は鎧を着ていたので、なんとか狙いを澄ませたつもりだった。
だが、銀に光る切っ先は、艶やかに赤を彩っていた。
「うおおお!!」
間髪入れず他の兵士がリリスティアに斬り掛かる。隙だらけで立っているリリスティアの体めがけ、複数の剣が一気に襲い掛かった。
だが、それらは疾風の如く剣技により瞬時に打ち砕かれた。リリスティアの太刀は白い軌跡を描きながら、踊るように兵士を斬り裂いていく。それはまるで舞を舞うが如く。無駄な動きが一切なく、確実に急所のみを狙った動きは、あの昴を思わせる物だった。
「少しは使えるようになったか」
出番の無いカイムは、感心しながら手持ちぶたさに剣を遊ばせる。
「斬ることにためらいはねえか。まあそうだろうな」
そのおかげで、ライザーは安全に術式変換の準備を着々と進めていた。
誰もがその剣技に見惚れている中、ユアだけが彼女の中にある危うい"それ"に気付き怯えていた。
兵士を斬り、剣を持ち佇むリリスティア。返り血が頬を伝い、赤く染まった剣を持ち、彼女は美しい。
だが、とても危うく愚かな美しさだった。口元に僅かな笑みを浮かべ、手についた血の温い感触を楽しみながら、リリスティアはその瞳を次の標的に向けた。
「終わり?」
「リリー……」
ジークフリードの顔が強ばる。彼が今目にしているリリスティアは、別人のように恐ろしい瞳をしていた。
「な、なんだこの女……」
目の前で起きた惨劇に、兵士たちは皆後ずさる。リリスティアはその剣に殺意を宿らせたまま視線を辺りに巡らせた。
「なめるなぁ!!」
その見下しているかのような視線に不快感を感じた一人の兵士が、剣を振り上げリリスティアに襲い掛かった。
だが、リリスティアは待ってましたといわんばかりに、手に持っていた剣をくるり回転させ、その力のままに、貫いた。糸が切れたように倒れた兵士はもう動かない。地面に血溜りが次々と出来、おぞましい程の鉄の匂いが広がった。
リリスティアはその屍を、無感情に見つめる。つまらないというように、小さく息を吐いた。
――強いのね。貴方は強い。
特別だから。みんながそうなりたかった、特別だから。
深淵から聞こえてくる声は誰の物か。
「開くぞ!」
ライザーのその声で、リリスティアはハッと我に返った。そして雲が晴れたような瞳で辺りを見回すと、むせ返るような血の匂いに思わず口を押さえた。
「これは……」
一面の赤、脱け殻のような屍。その光景を生み出したのは自分なのに、リリスティアは恐怖した。戦う意志を失ったのか、ゆっくりと剣を下げた。
「ジークフリード様! 門の術が!!」
「しまった!」
そう言われジークフリードが急いで視線を門に遣ると、いつのまにか北門を覆っていた魔法の雰囲気が一変していることに気が付いた。門にかけられていた魔法式がライザー独自の物に変換されていたのだ。
「お前、魔導師だったんだな!」
ジークフリードは二つの剣を振りかぶり、ライザーに向かって走りだした。その細身の体から繰り出される剣撃はまさに疾風のごとく。僅かな魔力を込め、十字に斬り付けた。
「竜炮撃!!」
だがライザーもそのままやらせるわけはなく、腰に携えていた剣を抜くと素早くその刀身で剣撃を受け止めた。
「お前も魔導剣士!?」
「お前の剣撃なんか、あの昴に比べたら屁でもねえ!」
ライザーはぎちぎちと音を立て交わっていた刄を力任せに勢い良く弾いた。衝撃に押されたジークフリードは後退し、間合いを取る。
「昴? なんで昴が!? ってちょっと!」
「おいリリスティア!! 門はいつでも開く! さっさと行け!」
茫然と血溜りの中に立っていたリリスティアの肩が震えた。
「……う、うん」
だがすぐに冷静になり、ユアの手を引くと門に向かって走りだした。
「待て! 逃がさんぞ!!」
「おっと、女は追い掛けるとますます逃げるぞ」
兵士達がリリスティアに追っ手をかけたが、すぐさまカイムが間に立ちはだかった。それ以上来れぬよう、剣を水平に掲げながら。
カイムの後方には門に向かうリリスティア達。術式を変えられた魔力を失った門など、石で出来たただの建造物に過ぎない。
「よくやったライザー。さあお前もいけ」
「えっらそうに!」
吐き捨てながらも、ライザーは剣を鞘に納めリリスティアに続く。兵士達は追い掛けたくとも、間にカイムが立っている為うかつに近付けない。
「退けろカイム!」
ジークフリードが前に立ち叫ぶ。
「それは聞けんな。子供は早く家に帰って寝ろ」
彼らが門を開くのを気にしながら、カイムは剣で威圧し続ける。
「こんなことしたって父さんの軍隊がユア・ラムダを襲うだけだよ!」
「だからなんだ。俺はシウバなど怖くはない」
カイムの背後で、低い轟音とともに扉がゆっくり開き始める。ライザーが魔法の力でそれを動かしているのだろう。おおよそ人ひとりの力では動かせぬだろう扉が、彼の片手だけで動いている。
「何やってんだよ! かかれ!」
「し、しかし相手はあの煌竜王……」
「関係ないだろ! 魔導部隊が来るまで耐えろ!」
ジークフリードに強く一喝され、兵士達は恐怖しながらもカイムににじり寄る。
「ぐ……か、かかれえ!!」
覚悟を決めた兵士達がカイムに斬り掛かる。
カイムはその必死な彼らを見て、さも滑稽だといわんばかりに薄笑いを浮かべると、体を低く構えた。
「俺はリリスティアほど柔らしくはないぞ」
「僕だって負けない!」
兵士達と足を同じくしてジークフリードもカイムに向かって走りだす。
「カイム!!」
カイムの剣に急速に冷気が集まり始めた。白い冷気は結晶になり陽に光り、弧を描きながら宙を舞う。
剣自体が氷のように冷たくなったのを確認すると、カイムはそれを、静かに頭上に振り上げた。
刹那、カイムの剣が一気に振り下ろされた。吹雪のような剣圧が一気に放出され、その射程内にある全てを凍り付かせながら暴れ狂っている。
兵士の体はみるみる凍り付き、あっという間に氷の彫像と化したが、最後にはひびが入り、木っ端微塵に砕け散った。
唯一その技の本質を知るジークフリードだけが、うまく剣圧を避けていた。だが避けきれなかった体の部分は見事に凍り付き、砕け散るまではいかなくとも、致命傷を負った。
「おいどうした、これはお前に教えた技だぞ」
無慈悲に、カイムが言う。
「折角技を教えてやっても、そのざまではな」
その場にいた兵士は全滅、息があるのはジークフリードだけとなった。
そうしてる間に北門は完全に開ききり、後はカイムの脱出のみを待っていた。
「あちらもケリがついたようだ。もう此処には用はない」
カイムが空を見上げると、超上空から巨大な竜がこちら目がけて飛んできた。勢いのままカイムの横に土埃をたてて着陸したが、その漆黒の体は満身創痍で。
立っているのがやっとという感じだった。
「よくやったなシャジャ」
「遅れて申し訳ありませんカイム様」
竜は彼の三倍はありそうな頭を彼にすり寄せる。カイムはそれを慈しむように手で撫でた。
「行くぞ。人型になれ」
「はい」
シャジャは言われるがままに瞳を閉じた。するとその体はみるみる小さくなり、あの幼い少女に戻った。
カイムは倒れこむように人型になったシャジャを抱くと、笑みを浮かべ、門へと走っていった。
「待てよカイム! 待てー!!!」
ジークフリードの叫び空しく、無情な音を立てて門はその口を閉じた。
第十話・終