第十話「銀月の契り、深淵の剣舞」

 カイムの腰あたりまでしか無い小さな体のシャジャだが、その気迫はリリスティアまでをも圧巻させる。そこにいるのは普段の弱々しい彼女ではなく、まさに守護竜に相応しい威厳を持っていた。
 クルヴェイグは息を飲む。だがけして慌てた様子は無く、むしろ楽しむかのようにその口端を上げた。

「そうですか……! ではあの時、王国軍前線部隊を一掃したのは、貴方だったんですねえ!」

「カイムさん、ライザー卿。ここは私が食い止めます。陛下方をお連れして北門へ」

 クルヴェイグの問いに答えず、シャジャはその手に力を込め始めた。彼女の小さな手から、チリチリと黒いもやのような何かが宙へ浮き上がろうと必死に渦を巻く。

「ふふ、いくら貴方がマグナドラゴンであろうとも、弱点である竜玉の位置さえ分かればなんてことはありません」

「そう。やってみる?」

 余裕を見せるシャジャに対して、ライザーとリリスティアは戸惑うばかりだった。
 確かに、今の彼女からは言い知れぬ未知の力が感じられる。だからと言って、彼女一人を残し逃げるなどとは、考えられなかった。

「駄目だ!」

「いけない!」

 ユアとリリスティアが、二人同時にそう叫ぶ。
 二人は驚いて互いに顔を見合わせたが、すぐまたシャジャに目を向ける。

「私たちが逃げるためにお前を犠牲になんて出来るか!」

「戦うべきは私! 逃げるわけには……!」

 やけに息が合った二人の台詞に、後ろで大きなため息を吐いたのはカイムだった。そしてその手を前に伸ばすと、無礼ともとれる行動に出た。

「喧しい」

 ぐるんと、ユアの視界が半回転した。一瞬何が起こったのか理解しがたかったが、目の前に彼の顔が現れたことにより、彼女は覚醒した。

「走るぞ、捕まっていろ」

 横抱きに抱かれたユアは、そのまま固まってしまった。カイムは彼女に目は合わせず、ライザーに視線を遣る。

「おい、お前はリリスティアを抱えろ」

「ああ!? 何命令してんだよ!」

「早くしろ、そうでもせんと言うことを聞かんぞこいつらは」

 よく彼女らの性格を理解しているのか、カイムはライザーを急かす。ライザーはかなり抵抗したが、シャジャの厚意を無駄にするわけにはいかず、舌打ちをしながらリリスティアに詰め寄った。

「おら! さっさと行くぞ!」

「私も残る!」

「んなこと言ってる場合か!」

 ライザーはリリスティアをひょいと軽く抱え上げる。無作法に、荷物か何か持つような形でリリスティアを肩に抱えた。

「シャジャ! すぐ来いよ!」

 そう言うや否や、ライザーとカイムは駆け出していった。

「見せてやれ、先々代の神鉄の魔導師の半身を焼き焦がしたお前の"炎"を」

 去りぎわにカイムが妖しく微笑むと、シャジャは瞳を合わせ、頷いた。

「ふっふふ……いいでしょう、ならば始めましょうか!」

 クルヴェイグの体の周りに、魔法による風の渦が巻き起こる。異様なほどのその圧力に、木々は揺れ足元の水が吹き飛ばされた。
 だが、シャジャは全く動じた様子は無く。その場で先程と変わらぬ姿勢を保っている。

「お嬢さん、余裕ぶっていられるのも今の内ですよ。私にはあなた方の竜玉の位置が分かるのですから」

 左手に力を溜めながら、クルヴェイグはシャジャの体に向けてその視線を細やかに巡らせた。
 竜玉の位置を探しているのだろう、時折瞳を歪めながら、まるでレーダーのように意識を集中させている。そこにさえ魔力をたたき込まれれば、如何に竜といえどひとたまりもない。だが、

「……馬鹿な……」

 クルヴェイグが目を見開く。

「そんな。ありえません」

 そう言って首を振る彼を、シャジャは冷めた目で見つめる。

「何故、貴方には竜玉が無いのです!?」

 すると、一瞬シャジャがいつものように弱々しい表情を見せ、眉を下げた。だが、手のひらに渦巻く黒い炎は反して膨れ上がり、シャジャの体全体を覆い始める。

「まさか、まさか守護竜とは主人に竜玉を……!」

 そして、少女の体が闇に染まり禍々しく変化していく。その白い肌は黒く塗り潰され、固い鱗に変わる。小さな体は殻を破るかの如く質量を増し、みしみしと骨の軋む音と共に原型を無くしていく。
 あの背中に在った愛らしい蝙羽根は、地上に降臨せし魔神のような黒き翼に変わった。
 現われたのは、黒燿石のような鋼の鱗を持つ、巨大な竜だった。
 口から黒い息を吐き、眼光鋭くクルヴェイグを睨む。

「竜の中でも一際自尊心の高いマグナが、王相手とはいえ何故守護竜なんかを?」

「貴様には関係ない」

 その低く唸るような声だけを聞くと、誰もシャジャだとは分からないだろう。
 クルヴェイグは、小さくなる四人の背中をちらりと見るも何故か対処はせず。目の前の巨大な竜との対決を前にして、その喜びを抑えきれない様子だった。

「くくっ。主人の為に体を張って足止めですか。素晴らしい信頼関係ですね。ですが」

 途端、竜化したシャジャに向かってクルヴェイグがかまいたちのような攻撃魔法を放つ。風の刄はシャジャの体を掠め、僅かに傷を付けた。

「私にとって、貴方を倒すことは造作もないのですよ!!」

 巨大な二つの力の衝突により、空に向けて、黒い炎の柱と光の柱が螺旋状に巻き上がった。それはノーブル国土のどこにいても見えるほど巨大で、城で高見の見物をしていたシウバの目にもきつく映し出された。
 周囲の風景は、ここへ来たときとまるで違い騒然としていた。慌ただしく駆けていく武装した兵士達、それに続くように杖を持った魔導師らしき者が音もなく走っていく。
 おそらく、騒ぎの原因が竜だと知っての事だろう。

「シャジャ!」

 ライザーの肩に抱えられたリリスティアは、その異様な光の柱に驚愕する。それでも走る速度を緩めぬライザーだったが、胸の内に悶々と迷いが渦巻いていた。
 前を走るカイムは何の迷いもなく、人一人抱えているというのにそれを感じさせない速度で走っている。

「心配するな、死にはしない」

 冷めたカイムの口振りに、リリスティアが声を荒げる。

「お前シャジャをなんだと思ってる!」

「俺の守護竜だ。俺の為だけに在り、俺を守る者。あいつ自らが望んだ事だ」

 カイムの表情に色は無く、はた目にはその心中が全く伺えない。リリスティアは何も言えず、ただ走る彼の横顔を睨むしかなかった。
 その胸に抱かれたユアはというと、人形のように押し黙ったままだった。

「チッ! おい、北門はこっちでいいのか?」

 ライザーが、少し息を切らしながら問う。

「見えているだろう。あれが北門だ」

 顔を上げると、そこには白くそびえ立つ門があった。門というよりはまるで巨大なオブジェのようだ。二つの白く高い円柱の塔が並んで立ち、その周りは淡く光っている。
 リリスティアは、それをどこかで見たような気がして顔をしかめた。

「あれは……魔法の門?」

 それは聖王国の城の門にも用いられていた魔導術で開閉する門だった。
 入国の際にくぐった門は至って普通の物だったにも関わらず、何故かこの北門だけは厳重な造りになっている。

「止まれ賊どもが!!」

 北門の前には武装した兵士が一列にずらり並び、四人に向けて一斉に剣を向けた。

「追いついてきたか」

 カイムは足を止め、抱えていたユアを地に降ろす。危険を感じたリリスティアも、自らライザーの肩から降りると腰の剣に手をやった。

「戦うしかないか……」

「突破出来たとしてもどうすんだよ。あの門は魔法でしか開かねえ」

 手を前にかざしながら、ライザーが門を睨み上げる。すると、カイムの傍らにいるユアが、弱々しそうな外見に反して凛とした口調で答える。

「貴方、ヴァイスの魔導師ね。なら出来るわ。門にかけられた術式さえ書き換えれば」

「そうか……術式変換か……」

 英知を得たライザーは一旦安堵したが、瞬時に打開策を打ち出したこの女性に対し感心せずにはいられなかった。

「俺を止めるために二十匹程度しか用意していないのか。随分なめられたものだな」

 カイムは背中の大剣をずらりと抜くと、切っ先を兵士達に向けた。片手でそれを操る剛健に恐れをなし、兵士達は後ずさる。

「リリスティア、剣が使えるならお前は左から回れ」

「わかった」

 二人の王が、剣を構える。ヴァイスと竜と、二つの種族の王の気迫というのは尋常ではなく、間合いに踏み込めばその牙を突き立てられるのは容易に予測出来た。
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