第十話「銀月の契り、深淵の剣舞」
悲痛な表情でローブを取り返すも、時は既に遅い。目の前に現れたのは、透き通るような純白の羽根。まばゆさを感じながら、リリスティアは彼女の正体を悟った。
「ユア・ラムダ……」
「おい見ろ! 有翼人だ!」
「純血の有翼人だ!」
彼女の姿を見た人々が好奇の視線を向けながらこぞって声を上げる。ざわつきは辺りに一気に広がった。
「やめて……」
女性は急いでローブを纏うと、必死にその耳を塞いだ。だが、塞いでも聞こえる周りの声。彼女にとって余程苦痛なのか、その瞳からみるみるうちに涙が溢れだした。
無表情にそれを見ていたリリスティアだったが、ふいに唇を強く結ぶと、彼女の前に立ちはだかり、周りに向かって凄んだ。
「うるさい!」
リリスティアの声にざわつきがぴたりと止む。
女性はリリスティアの声に驚きながらも、その横顔をじっと見つめる。
「カイムさん……あの人は」
シャジャがいつになく心配そうにカイムに声をかけたが、彼は押し黙ったまま何も答えなかった。
「――おやあ? 珍しい猫が二匹いますね」
女性の声を遮り、人混みの中からあの忌々しい声が聞こえた。リリスティアはその声をよく覚えている。背中に走る悪寒を振り払い、その声の方に視線をやった。
そこに現れたのは、銀髪の青年。堂々とした様子で、こちらを見つめている。
「神鉄の魔導師!」
クルヴェイグは優雅な足取りでこちらに向かって歩いてくる。が、彼を見るなりライザーもシャジャも身構え、緊張する。リリスティアも静かに、腰の剣に手を添えた。
「物騒ですね。こんな町中でやり合うおつもりですか? リリスティア陛下」
「私たちと会えばそうなるのが当たり前だ」
「陛下……?」
リリスティアの背で、女性がぽつりとクルヴェイグの言葉を繰り返す。
「別に、私は貴女に何かしようとして現れたんじゃありませんよ。私に殺気が無いのが貴方なら分かるでしょう?」
「貴様……」
「今日の私はそちらのお嬢さん、貴方に用があります」
そう言いながら、クルヴェイグが見たのは。あの、純白の羽根を持った女性。
「お会いできて光栄ですよ、有翼人純血種最後の一人……ユア・ディモルフォセカ女王陛下」
「女王!?」
周囲が、どよめいて好奇の視線を注ぐ。
「なんで女王がこんなとこにいるんだよ!?」
一際驚いた声を上げたのはライザー。そう言ってユアを見るが、彼女が震えていることに気付き口をつぐむ。
「ユアとは古代語で純血の意。だから、彼女は……」
シャジャが、少し戸惑いがちにそう言った。
「神鉄の魔導師……彼女をどうする気なの?」
「クルヴェイグと呼んで頂きたいですねリリスティア陛下。この方をどうするかなど、貴方には関係のないことですよ」
クルヴェイグが両手を広げながらユアに近づく。だがユアは後退り、身をすくめることで精一杯の抵抗を表す。
「さあこちらへ、ユア陛下」
「や……」
リリスティアは反射的にユアの前に立ちはだかる。自分を睨み上げるリリスティアを見て、クルヴェイグは目を細め、その奥に魔力を込め始めた。だが。
「待て」
チキリ、と鉄の鈍い音が小さく鳴った。銀に光る幅の広い剣がいつのまにか左方向に姿を現し、クルヴェイグの首元に鋭いその切っ先を向けている。
「邪魔をしないで頂きたいんですが、煌竜王」
クルヴェイグの瞳が剣の刄の先を辿る。剣を片手で水平に持ち、やけに冷めた瞳を向けているのは、カイムだった。
「俺は貴様のその面が気に入らないだけだ」
間合いはあるものの、少し動けば剣はクルヴェイグの体を斬り裂くことが出来る。カイムはそう言いたげに笑みを浮かべた。
「ふ。やるのですか?」
「その余裕、踏み潰してやろう」
「ならばやってみなさい。"破空より出でて殉ずること無し、我が声に応えよ……"」
刹那、クルヴェイグの足元から螺旋状に紫の光が巻き上がった。それは柱のごとく天に昇ったかと思うと、すぐさまその方向を変えカイムに向けて降下する。
「私に勝てると思っているのですか?」
無数の光は互いに巻き付き合いながらカイムに迫る。するとカイムは全く怖気づくことはなく、剣を降ろすと瞳を閉じた。
「……避けないのですか」
「何やってんだバカ殿が!」
ライザーが誓導術を使う為その手を空中にかざす。防御壁を創りだそうと紋章を空に描きだす。
「下がって」
「リリスティアさん!」
リリスティアもまたその衝撃からユアを守るため、剣を自身の前に構える。
だが、ライザーの術が発動しようとした瞬間、光がついに轟音を立てながらカイムに着弾し、地面が抉れ白煙が舞い上がった。
「カイム!」
リリスティアの呼び声をかき消すかのように、目を開けていられないほどの白煙と爆風が広がった。
だが、彼の名を呼んだのはリリスティアだけでは無かった。
「カイム!!」
呼び慣れているかのように、リリスティアの背からユアが声を上げる。だが、すぐに我に返ったかのように、その口を塞いでしまった。
「ユア、貴方――」
「さあディモルフォセカ女王陛下、どうぞこちらへ」
再度、クルヴェイグの手がユアに差し伸べられた。だが、ユアは強く拒否を示す。
「私はノーブルへは行きません。何度言われようと同じです。ユア・ラムダは、ノーブルには屈しません!」
「往生際が悪いですね。さあ早く……ん?」
だが彼は急に視線を白煙の中に移し、躊躇することなく先程カイムがいたであろう位置に向けて、口の中で何か唱えながら手の平から光の玉を繰り出した。光はまた白煙を巻き上げ、木や周りの建物に火をつけた。一瞬にして美しい風景が炎に包まれ、彼の力の凄まじさを物語る。
逃げ惑う人々、叫び声。母国の町に火が点いても、クルヴェイグは妖しいほど美しい笑みを浮かべていた。
「やめて!! もうやめて!」
ユアがリリスティアの背から飛び出し、クルヴェイグの腕を掴む。
「何をそんなに必死になっているのですか」
これ好機とクルヴェイグがユアの髪を掴む。抱き寄せ、その腕で拘束した。
「あっ!」
「その手を離せ!」
リリスティアが剣をクルヴェイグの胴に向けて斬りつけた。だがそれは見えぬ何か硬質ガラスのようなものによって弾かれてしまう。
「"ハイエント・ノヴァ"!!」
すかさず、後方で力を溜めていたライザーが辺りに黒い小さな空間を幾つも作りだし、クルヴェイグに狙いを定める。その隙にユアは彼の手から逃れ、リリスティアの横に身を置いた。
「詠唱無しの魔導術……なるほど確かに便利ですが」
ひらり、軽やかにクルヴェイグは右手を宙に舞わせた。するとライザーの放った魔法は居場所を失ったかのように、雫となって消えていく。
「この地の魔法元素の濃度も種類も見定めないとは……実力が伴っていない証拠ですね」
「あんだと!?」
「私の相手は貴方には務まりませんよお!」
容赦の無いその言葉に、ライザーの顔が悔しさと焦燥に染まる。握りしめた拳が、小刻みに震えている。それもそうだろう、ライザーは今、実力の優劣をはっきりと見せ付けられたのだ。
巨大な力のうねりを、ライザーは感じ取っていた。目には見えないが、クルヴェイグの背後に「何か」がいることが、魔導師であるが故に感じ取ることが出来た。
それは、魔導術の成せるものではない。彼ら自身が用いる、血統の技。精霊の、力だった。
「――なら、私が」
その空気を澄ますような声が、白煙の中から響いた。
途端、町や木をごうごうと燃やしていた炎が水をかけられたかのように急激にその勢いを弱める。
「炎が……!」
リリスティアのすぐ近くにまで迫っていた炎も、彼女を円形に避けるようにして、弱くなった。
赤く染められていた風景が本来の色を取り戻す。白煙を吹き流す風が流れると、そこには、余裕の笑みを浮かべたカイムが現われた。
そして、彼の前には、片手を前に突き出して構える、シャジャの姿があった。
「子供?」
クルヴェイグが目を見張る。
彼女はどこから見てもただの子供にしか見えない。背中に生えた小さな蝙羽根も、折れそうな華奢な体も。彼女はただの子供にしか見えないのだが。
「私は、煌竜王の守護竜、シャティアージャ・クリスタニア、です」
「そういうことだ」
「ユア・ラムダ……」
「おい見ろ! 有翼人だ!」
「純血の有翼人だ!」
彼女の姿を見た人々が好奇の視線を向けながらこぞって声を上げる。ざわつきは辺りに一気に広がった。
「やめて……」
女性は急いでローブを纏うと、必死にその耳を塞いだ。だが、塞いでも聞こえる周りの声。彼女にとって余程苦痛なのか、その瞳からみるみるうちに涙が溢れだした。
無表情にそれを見ていたリリスティアだったが、ふいに唇を強く結ぶと、彼女の前に立ちはだかり、周りに向かって凄んだ。
「うるさい!」
リリスティアの声にざわつきがぴたりと止む。
女性はリリスティアの声に驚きながらも、その横顔をじっと見つめる。
「カイムさん……あの人は」
シャジャがいつになく心配そうにカイムに声をかけたが、彼は押し黙ったまま何も答えなかった。
「――おやあ? 珍しい猫が二匹いますね」
女性の声を遮り、人混みの中からあの忌々しい声が聞こえた。リリスティアはその声をよく覚えている。背中に走る悪寒を振り払い、その声の方に視線をやった。
そこに現れたのは、銀髪の青年。堂々とした様子で、こちらを見つめている。
「神鉄の魔導師!」
クルヴェイグは優雅な足取りでこちらに向かって歩いてくる。が、彼を見るなりライザーもシャジャも身構え、緊張する。リリスティアも静かに、腰の剣に手を添えた。
「物騒ですね。こんな町中でやり合うおつもりですか? リリスティア陛下」
「私たちと会えばそうなるのが当たり前だ」
「陛下……?」
リリスティアの背で、女性がぽつりとクルヴェイグの言葉を繰り返す。
「別に、私は貴女に何かしようとして現れたんじゃありませんよ。私に殺気が無いのが貴方なら分かるでしょう?」
「貴様……」
「今日の私はそちらのお嬢さん、貴方に用があります」
そう言いながら、クルヴェイグが見たのは。あの、純白の羽根を持った女性。
「お会いできて光栄ですよ、有翼人純血種最後の一人……ユア・ディモルフォセカ女王陛下」
「女王!?」
周囲が、どよめいて好奇の視線を注ぐ。
「なんで女王がこんなとこにいるんだよ!?」
一際驚いた声を上げたのはライザー。そう言ってユアを見るが、彼女が震えていることに気付き口をつぐむ。
「ユアとは古代語で純血の意。だから、彼女は……」
シャジャが、少し戸惑いがちにそう言った。
「神鉄の魔導師……彼女をどうする気なの?」
「クルヴェイグと呼んで頂きたいですねリリスティア陛下。この方をどうするかなど、貴方には関係のないことですよ」
クルヴェイグが両手を広げながらユアに近づく。だがユアは後退り、身をすくめることで精一杯の抵抗を表す。
「さあこちらへ、ユア陛下」
「や……」
リリスティアは反射的にユアの前に立ちはだかる。自分を睨み上げるリリスティアを見て、クルヴェイグは目を細め、その奥に魔力を込め始めた。だが。
「待て」
チキリ、と鉄の鈍い音が小さく鳴った。銀に光る幅の広い剣がいつのまにか左方向に姿を現し、クルヴェイグの首元に鋭いその切っ先を向けている。
「邪魔をしないで頂きたいんですが、煌竜王」
クルヴェイグの瞳が剣の刄の先を辿る。剣を片手で水平に持ち、やけに冷めた瞳を向けているのは、カイムだった。
「俺は貴様のその面が気に入らないだけだ」
間合いはあるものの、少し動けば剣はクルヴェイグの体を斬り裂くことが出来る。カイムはそう言いたげに笑みを浮かべた。
「ふ。やるのですか?」
「その余裕、踏み潰してやろう」
「ならばやってみなさい。"破空より出でて殉ずること無し、我が声に応えよ……"」
刹那、クルヴェイグの足元から螺旋状に紫の光が巻き上がった。それは柱のごとく天に昇ったかと思うと、すぐさまその方向を変えカイムに向けて降下する。
「私に勝てると思っているのですか?」
無数の光は互いに巻き付き合いながらカイムに迫る。するとカイムは全く怖気づくことはなく、剣を降ろすと瞳を閉じた。
「……避けないのですか」
「何やってんだバカ殿が!」
ライザーが誓導術を使う為その手を空中にかざす。防御壁を創りだそうと紋章を空に描きだす。
「下がって」
「リリスティアさん!」
リリスティアもまたその衝撃からユアを守るため、剣を自身の前に構える。
だが、ライザーの術が発動しようとした瞬間、光がついに轟音を立てながらカイムに着弾し、地面が抉れ白煙が舞い上がった。
「カイム!」
リリスティアの呼び声をかき消すかのように、目を開けていられないほどの白煙と爆風が広がった。
だが、彼の名を呼んだのはリリスティアだけでは無かった。
「カイム!!」
呼び慣れているかのように、リリスティアの背からユアが声を上げる。だが、すぐに我に返ったかのように、その口を塞いでしまった。
「ユア、貴方――」
「さあディモルフォセカ女王陛下、どうぞこちらへ」
再度、クルヴェイグの手がユアに差し伸べられた。だが、ユアは強く拒否を示す。
「私はノーブルへは行きません。何度言われようと同じです。ユア・ラムダは、ノーブルには屈しません!」
「往生際が悪いですね。さあ早く……ん?」
だが彼は急に視線を白煙の中に移し、躊躇することなく先程カイムがいたであろう位置に向けて、口の中で何か唱えながら手の平から光の玉を繰り出した。光はまた白煙を巻き上げ、木や周りの建物に火をつけた。一瞬にして美しい風景が炎に包まれ、彼の力の凄まじさを物語る。
逃げ惑う人々、叫び声。母国の町に火が点いても、クルヴェイグは妖しいほど美しい笑みを浮かべていた。
「やめて!! もうやめて!」
ユアがリリスティアの背から飛び出し、クルヴェイグの腕を掴む。
「何をそんなに必死になっているのですか」
これ好機とクルヴェイグがユアの髪を掴む。抱き寄せ、その腕で拘束した。
「あっ!」
「その手を離せ!」
リリスティアが剣をクルヴェイグの胴に向けて斬りつけた。だがそれは見えぬ何か硬質ガラスのようなものによって弾かれてしまう。
「"ハイエント・ノヴァ"!!」
すかさず、後方で力を溜めていたライザーが辺りに黒い小さな空間を幾つも作りだし、クルヴェイグに狙いを定める。その隙にユアは彼の手から逃れ、リリスティアの横に身を置いた。
「詠唱無しの魔導術……なるほど確かに便利ですが」
ひらり、軽やかにクルヴェイグは右手を宙に舞わせた。するとライザーの放った魔法は居場所を失ったかのように、雫となって消えていく。
「この地の魔法元素の濃度も種類も見定めないとは……実力が伴っていない証拠ですね」
「あんだと!?」
「私の相手は貴方には務まりませんよお!」
容赦の無いその言葉に、ライザーの顔が悔しさと焦燥に染まる。握りしめた拳が、小刻みに震えている。それもそうだろう、ライザーは今、実力の優劣をはっきりと見せ付けられたのだ。
巨大な力のうねりを、ライザーは感じ取っていた。目には見えないが、クルヴェイグの背後に「何か」がいることが、魔導師であるが故に感じ取ることが出来た。
それは、魔導術の成せるものではない。彼ら自身が用いる、血統の技。精霊の、力だった。
「――なら、私が」
その空気を澄ますような声が、白煙の中から響いた。
途端、町や木をごうごうと燃やしていた炎が水をかけられたかのように急激にその勢いを弱める。
「炎が……!」
リリスティアのすぐ近くにまで迫っていた炎も、彼女を円形に避けるようにして、弱くなった。
赤く染められていた風景が本来の色を取り戻す。白煙を吹き流す風が流れると、そこには、余裕の笑みを浮かべたカイムが現われた。
そして、彼の前には、片手を前に突き出して構える、シャジャの姿があった。
「子供?」
クルヴェイグが目を見張る。
彼女はどこから見てもただの子供にしか見えない。背中に生えた小さな蝙羽根も、折れそうな華奢な体も。彼女はただの子供にしか見えないのだが。
「私は、煌竜王の守護竜、シャティアージャ・クリスタニア、です」
「そういうことだ」