第十話「銀月の契り、深淵の剣舞」

 そう聞き返すも、理由は分かっているのだが。

「ユア・ラムダは、もうずっと『人』の出入りを禁止しているから」

 予想通りの答えだったが、リリスティアはなんら表情を変えず、女性に向かって淡々とした口調で返す。

「ありがとう。でも、どうしても行かなければならないの」

「……どうして?」

「大事な、とても大事な用事があるから」

 帰りを待つ仲間を思うと、自然と神妙な面もちになる。
 必ず彼らの協力を得て、ヴァイスの復興の足がかりにしなければならない。
 そう思うと、話す言葉にも熱がこもる。

「そっか……」

 女性の顔が少し曇る。その微妙な変化を見てとったリリスティアだったが、特に対処もしなかった。

「じゃあ悪いんだけど、北門に案内してもらえる?」

「あ……そ、そうだね。分かった」

 女性はぎこちない笑みを浮かべると、体の向きを変えた。手招きをし、リリスティアについてくるよう促している。そうしながらも、身に纏うローブをやけにきっちり抑えている。

「こっちよ。……えっと」

「リリスティア」

「リリスティア。ここらへんじゃあまり無い響き。私は……」

 女性が名前を述べようとした時だった。
 人混みの中から急に現れたいかつい鎧の武骨な男達が、彼女たち二人を囲むように前に立ちはだかった。道を阻まれ女性は怯えた顔で足を止める。

「女、貴様の入国証を見せてもらおうか」

 鎧の男がリリスティアを指さし、警戒した声でそう言う。
 少し目立ちすぎたのか。リリスティアはそう思いながら無言で自身の通行証を差しだした。

「正規の通行証……共和国か」

「もういいか」

「旅行者殿、失礼をした。しかし今は時勢柄、あまり長く滞在することは奨めない」

 鎧の男達はどうやらこの国の聖騎士のようで、彼らの首や腕に、懐かしい紋章がちらりと見える。
 途端、僅かに痛む両の二の腕。薄くなったとはいえ、傷跡として残るかつて紋章が彫ってあった場所だ。
 男たちは通行証をリリスティアに返すと、次に傍らの女性に目をやる。

「女、お前の入国証、またはそれに相当する身分証明を見せろ」

「え……」

 女性は少し後ろに下がりながら、リリスティアの背に隠れるように体を小さくする。

「どうした。早く見せろ」

「どうしたの?」

 なかなか言葉に応じようとしない女性に、リリスティアが声をかける。女性は手を口元にあて何か試行錯誤していたが、ついにその履いているスカートのポケットから、四角い白いものを出した。
 しかし、それは唯の真白いハンカチ。何を考えているのか、女性はそれを男達に差し出す。

「ん? なんだそれは」

 ハンカチを見た兵士が苛立ったのが目に見えた。
 だが、途端に女性の瞳が淡く光り始めた。 その瞳の色は深く深く濃さを増し、渦巻くように静かに光る。
 先程まで大人しく控えめだった女性の雰囲気は一変し、ハンカチを差し出す仕草ひとつにしても、妖艶で色めいたものになった。

「これは通行証です」

 そう呟く言葉も、魅惑的で。みるみるうちに男達の目は虚ろになり、何かに操られているかのように、差し出されたハンカチを手に取りこう言った。

「ああ……そうだな。正規の物だ。よし、いいぞ」

 ハンカチを受け取った女性は、素早くそれをポケットにしまう。すると男達は急に夢から覚めたような顔つきになった。呼応して、女性の雰囲気も元通りになる。

「じゃあ行こうか、リリスティアさん」

「あ……うん」

 釈然としなかったが、リリスティアは言われるがままに彼女の後を追った。
 今のは、何だったんだ?

「北門はもうすぐだよ。ほら見えてきた」

 先程の場所からかなり歩いたところ、比較的広い道を行きながら、女性はリリスティアに笑みを向ける。

「うん……」

 さっきよりも警戒した声で返事をすると、女性は困ったといわんばかりに苦笑いをする。

「えっと、さっきのは手品みたいなものだから。気にしないで」

「手品にしたってそれは犯罪だ」

 そう言うも、自分達も偽造通行証を利用している立派な犯罪者なのだが、と一人その矛盾に笑った。

「ふふ、可愛い人ね、リリスティアさんって」

「は?」

 そのあまりに素っ頓狂な返事に、思わず気の抜けた声を出してしまう。女性は笑いながら、リリスティアの顔をまじまじと見つめる。

「だって、あなた共和国の人間じゃないもの。私たち、同じことしてる」

「何故分かるの?」

「共和国の人間からは竜の匂いなんてしないから」

 まるで何もかも分かっているかのように、女性は微笑む。意地悪くではなく、華のように柔らかに。

「貴女……」

「いやがった! 勝手に動きまわんな馬鹿が!!」

 雷が落ちたかのような大声と共に、遠くからこちらを睨みながらライザーが現れた。さんざんリリスティアを探し回ったのか、その顔には疲労の色が伺える。

「ら、ライザー卿……ちょっと待って……」

 その後ろを必死に走るのはシャジャ。二つに結った髪は走る度忙しなく上下に揺れる。
 やっとリリスティアの前に立つと、ライザーは思い切り上から怒鳴りつけた。

「やっっと馬鹿殿を見つけたかと思ったら、てめぇは全く見つからねえし!!」

「ごめんなさい、悪かった。そう怒らないで」

 リリスティアは手を胸の前まで上げ、必死に彼をなだめる。ライザーは舌打ちをすると、眉間に皺を寄せたままリリスティアを睨んだ。

「それで、その馬鹿殿は見つかったの?」

「ああ、あいつよりによって郊外にいやがった。もう来るんじゃねえか」

 そう言いながら、ライザーは自分の走ってきた方を見やる。ふと、視界に飛び込んできたリリスティアの傍らにいる女性に気づくと、怪訝そうに顔をしかめた。

「誰だ?」

「こんにちは」

 女性は臆することなく微笑む。

「私をここまで連れてきてくれたの、恩人よ」

「ふうん、そりゃ悪かったな」

「いいえ、なんてことないわ。リリスティアさん、とても可愛らしい人だったし」

 気の良さそうなその雰囲気は、突っ張ったライザーの心を解きほぐすようだった。調子を崩したライザーは照れ隠しに髪をかきあげる。

「やっと追いつきました……」

「おせぇよシャジャ」

 やっとリリスティア達の元に訪れたシャジャは、呼吸をなかなか整えられずに額を拭う。ローブを脱ぎたいだろうが、背中の羽根が見えてしまってはいけない。

「ごめんなさい、いらない時間を費やしてしまいました」

「気にしないで、貴女が悪いんじゃないから」

 リリスティアは身を屈め、謝るシャジャの頭を撫でる。

「そうだぞ。シャジャが気にすることじゃねえ。あいつが悪い」

 ライザーも腰に手を当てながら、彼方に目を向ける。そこには、えらく堂々とした様子で、肩で風を切りながら歩いてくる背の高い男が一人。
 ローブを纏っていてもその燃えるような赤い髪は激しく自己主張をする。その端正な顔立ちに若い娘たちはざわつくが、彼は袖にもしない。

「どこに行っていたんだお前」

 横柄にそう言うと、カイムは不敵な笑みを浮かべる。リリスティア達の輪に加わると、偉そうに腕を組んだ。

「そっちがどこかに行っていたんだよ」

 シャジャが頬を膨らませる。

「何を拗ねる。良い情報を仕入れてきたというのに。なあリリスティア――」

 カイムが視線をシャジャからリリスティアに巡らせた。
 だが、何故か急に彼は言葉に詰まり、硬直したかのように動きを止めた。
 彼の瞳に映っているのは、リリスティアではなく。傍らにいる、女性のみが映されている。

「なんだよカイム?」

 ライザーが声をかけるも、彼は答える様子はない。
 そして、動きを止めたのは、彼だけではなかった。女性もまた青ざめた顔で、震えながらカイムを見つめている。その白い両手を口元に当て、今にも泣き出しそうなほど瞳が濡れている。

「あ……」

 何か言葉を口にしようとしたが、女性の唇は意志通りには動かない。そんな彼女を見て、カイムが先に言葉を発した。

「お前……何故ここに」

 刹那、女性は耐えきれず後ろを向き走り出そうとした。だが咄嗟にカイムが手を伸ばし、彼女のローブの端を掴む。自然とローブはカイムの手に引かれ、女性がそれを引き戻そうとするも叶わず。その姿が、さらけ出された。
 ほのかな金木犀の香りとともに、彼女の背中から、純白の羽根が現れた。

「や……っ」
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