第九話「白き百合、追憶の街角」
そう言われてみると、今日の花はとても丁寧に包まれている。いつもはリュシアナの新聞でくるくると丸められていたのが、淡いオーガンジーとリボンで飾られていた。花を引き立てるような小さなリボンに趣味の良さが感じられる。
「誰にあげるの? もしかして……好きな人とか!」
テーブルに身を乗り出して、ベリーはリリーを見つめる。
間近に迫った銀の瞳から逃げつつ、リリーは答えた。
「……好きな人とか、そういうのじゃないけど。でも、喜びそうだと思ったから」
「なーんだ。でもそういうのいいと思うよ!」
「いいかな……」
「うんうん。そっかそっか~安心したよ」
「どういう意味?」
「気を悪くしないでね。ちょっと色々大丈夫かなって心配だったんだよね。セイレの事もあるし……色々話も耳に入るから。そういう人って、自分から一人になりがちだから」
穏やかな笑顔を浮かべたベリーは、紅茶のポットを手に取る。いつの間にか、砂時計の砂は落ち切っていた。
「いや~最初はなんかやな感じだったけど、リリーってば可愛いよね」
「は?」
「へへ、任務の後、いっつも花買ってたでしょ。自分用に」
「…………見てたの」
「お仕事の内だよ~。あ、ほらほら。カップ貸して~。紅茶いれたげる!」
貸してというと同時にカップを奪い取り、ベリーは紅茶を注ぐ。琥珀色の紅茶が、ハーブの香りを纏ってカップに揺らぐ。
光る水面に映る自分の顔が、ぼんやりと滲む。
「家に、帰ると」
ふと、リリーが口を開く。
「家に帰ると、部屋の中が朝陽で明るくて。姉さんがくれた食器や、クッションの色が鮮やかで綺麗なんだけど。……でも、何もなくて。歩くと、床の軋む音がうるさくて」
指先を揃え、カップの傍に揃える。視線は、紅茶に向けたまま、リリーは続けた。
「あの花を飾っていると、なんだか姉さんみたいなんだ。真っ白で、大きくて綺麗で、そこにあるだけで……安心するから」
少し気恥ずかしそうに言うリリーを、ベリーは目を細めて見つめていた。
彼女が紡ぐ言葉のひとつひとつを、ゆっくりと飲み込んでいく。
アストレイアの妹、変わり者聖騎士。そう呼ばれて、周りから固められてしまったこの人は、きっと今まで、一人であることを当たり前のものとして受け入れてきたのだろう。
一人でいることを望んだ自分とは違い、そうならざるをえなかったのだ。
けど、諦めることはなく、彼女は進んでいる。姉を探し、訪れる孤独に、決して心を汚してしまわないように、必死で生きている。
自分とは、違って。
「そっか……。そうなんだね」
ベリーは、救われたような、戒められたような、妙な気分になった。胸の中を、何かに軽く引っかかれたような、鈍い痛みが広がる。
同時に、親近感も持っていた。自分よりも遥かに年下である彼女に、興味が沸いたのだ。
無愛想かと思いきや、ひどく純粋で。冷たいのかと思ったら、胸の内に情熱を秘めている。だけど、不安定に迷う翡翠の瞳。それでも、与えられた運命に立ち向かう強さを持っている。
もっと話を出来ないだろうか。もっと、色んな事を話せないだろうか。
悪魔と呼ばれ続けていた、ヴァイスの民。その遺児が、こんなにも自分と違って、こんなにも、同じだから。
「――あの」
外していた視線を戻して、リリーが口を開いた。
紅茶を口に含んでいたベリーは、瞬きで返事をする。
「……なんでもない」
「なになに。遠慮しなくていいんだよ~!」
「いや、いい。今日はもう帰らないと」
「そうなの? じゃああたしも家に帰ろうかな~」
身支度を始めるベリーに、リリーは何か言いたげだったが、結局最後まで言葉を発することはなかった。
去り際に、軽く会釈をしながら、「じゃあまた」と言い残していった。
“じゃあ、また”
再会を約束するようなその言葉に、ベリーは笑顔で応えた。
春の花咲くこの街角で、またゆっくりと、語り合おうと。
それから、リリーとベリーは、よく二人で行動をするようになった。もちろん、聖騎士と監査官という立場の線は、お互いにわきまえたままで。
街に新しい雑貨屋が出来たといえば、朝から出かけてみたり。女性に人気の店員がいるというカフェに、無理やり付き合わせて見たり。
――悲しいと思うことがあれば、お互い部屋の中で寄り添ってみたり。
夏が来て、秋が来て。冬の静かさを喜び、互いを労わり。何気なく、気を遣うこともなく。他愛のない話を重ねて、時にはぶつかって。
リリーが、「ベリー」と気兼ねなく呼び捨てるようになった時には、二人は、約束をすることなく、同じ時間を共有するようになっていった。
* * *
「――そんで、何回も会うようになって、あたしとリリーは友達になったの~!」
「それお前が付きまとってただけじゃねえか」
ぴしゃりと言い放つライザーに、ベリーは全力で抗議の態度を示した。
「違います~。あの後リリーだって、よくカフェに立ち寄ってくれたもん!」
「通り道にあったから寄っただけだろうが。あいつがそんなマメな女かよ」
鬱陶しそうに頬杖を付き、ライザーは欠伸をする。
そう言われるとそうかもしれないと、ベリーは不安を感じた。しかし、首を大きく横に振り、ライザーに向かって顔を近づける。
「リリーは意外と几帳面だもん!」
「どっこがだよ! あいつなんでもメイドにやらせっぱなしじゃねえか」
「仕方ないでしょ~。リリーの事よく知らないくせに、勝手な憶測やめてくれません~?」
「そうデスよお。よく知らないくせに勝手なこと言っちゃいけマセンよ~」
一瞬、ライザーとベリーの間に沈黙が走る。
いつの間にか二人の間に座っていたレオンが、しれっとした様子で紅茶を飲んでいた。
「うわっ!?」
二人は同時に驚いて、逃げるようにチェアに座りこむ。ほのぼのとした笑顔を浮かべたレオンは、長く、気持ちの良さそうな息を吐いた。
「いやー、ミリアさんの紅茶は美味しいデスねえ。俺はコーヒー派なんデスけど、これだけは飲めマスね」
「急に出てくんなよ……リリーと勉強してたんじゃねえのか」
ライザーが問いかけると、レオンは軽く頷いた。
「彼女どうやら、昨日も遅くまで勉強していたみたいデシてね。それに気付いたミリアさんが、さっきお風呂に連れていきマシた」
「風呂?」
「勉強してそのまま寝てたらしいデス」
ほらやっぱり、と言いたげにライザーがベリーを見る。ベリーは眉根をきつく寄せて、舌を出した。
「で、二人して何の話をしてたんデス? 思い出話?」
「リリーとあたしのなれそめ~!」
「おやおやそれはそれはいいデスね。君と陛下は、気が合うデショ」
レオンの意外な見解に、ライザーが目を丸くする。
「どう見たって合わなさそうだろ……」
「ライザー君、見たまんまで判断しちゃいけマセンよ」
「そうだそうだ~!」
言葉に乗るように、ベリーが拳を上げる。苛ついたライザーが、紅茶のカップを乱暴に置き、言葉を荒げた。
「うっせえよ! ぎゃんぎゃん五月蝿いお前と、口下手なリリーのどこが気が合うってんだ!」
「ライザー君には友達がいないデスからね……」
「な、ば、俺の話に変えんなよ!」
「キンパツ、友達いないの? あたし友達になろうか?」
「お前ら俺のこと馬鹿にしてんだろ!!」
くすくすと笑う二人に、ライザーはついにそっぽを向いてしまった。ソファの背を抱えるようにもたれかかり、ぶつぶつと文句を言う。
拗ねた彼をかまうことなく、レオンは紅茶を美味しそうに飲み干している。そして、カップを置くと同時に、ベリーに視線を向けた。
鋭さのある瞳が、今日はどこか優しさを帯びている。つられて目尻を下げたベリーは、彼の言葉を待った。
「――色々と、嫌味を言って悪かったデスね」
それは、意外な言葉だった。構えていた心をゆるく解き、ベリーは手を膝に置く。
「なになに、どうしたの急に~」
「君や昴サンが来てからのリリスティア陛下は、随分楽しそうデス。心強いんデショーね」
「え、あはは。そうかな~?」
おどけて言うベリーに、レオンは真剣な眼差しで続ける。
「誰にあげるの? もしかして……好きな人とか!」
テーブルに身を乗り出して、ベリーはリリーを見つめる。
間近に迫った銀の瞳から逃げつつ、リリーは答えた。
「……好きな人とか、そういうのじゃないけど。でも、喜びそうだと思ったから」
「なーんだ。でもそういうのいいと思うよ!」
「いいかな……」
「うんうん。そっかそっか~安心したよ」
「どういう意味?」
「気を悪くしないでね。ちょっと色々大丈夫かなって心配だったんだよね。セイレの事もあるし……色々話も耳に入るから。そういう人って、自分から一人になりがちだから」
穏やかな笑顔を浮かべたベリーは、紅茶のポットを手に取る。いつの間にか、砂時計の砂は落ち切っていた。
「いや~最初はなんかやな感じだったけど、リリーってば可愛いよね」
「は?」
「へへ、任務の後、いっつも花買ってたでしょ。自分用に」
「…………見てたの」
「お仕事の内だよ~。あ、ほらほら。カップ貸して~。紅茶いれたげる!」
貸してというと同時にカップを奪い取り、ベリーは紅茶を注ぐ。琥珀色の紅茶が、ハーブの香りを纏ってカップに揺らぐ。
光る水面に映る自分の顔が、ぼんやりと滲む。
「家に、帰ると」
ふと、リリーが口を開く。
「家に帰ると、部屋の中が朝陽で明るくて。姉さんがくれた食器や、クッションの色が鮮やかで綺麗なんだけど。……でも、何もなくて。歩くと、床の軋む音がうるさくて」
指先を揃え、カップの傍に揃える。視線は、紅茶に向けたまま、リリーは続けた。
「あの花を飾っていると、なんだか姉さんみたいなんだ。真っ白で、大きくて綺麗で、そこにあるだけで……安心するから」
少し気恥ずかしそうに言うリリーを、ベリーは目を細めて見つめていた。
彼女が紡ぐ言葉のひとつひとつを、ゆっくりと飲み込んでいく。
アストレイアの妹、変わり者聖騎士。そう呼ばれて、周りから固められてしまったこの人は、きっと今まで、一人であることを当たり前のものとして受け入れてきたのだろう。
一人でいることを望んだ自分とは違い、そうならざるをえなかったのだ。
けど、諦めることはなく、彼女は進んでいる。姉を探し、訪れる孤独に、決して心を汚してしまわないように、必死で生きている。
自分とは、違って。
「そっか……。そうなんだね」
ベリーは、救われたような、戒められたような、妙な気分になった。胸の中を、何かに軽く引っかかれたような、鈍い痛みが広がる。
同時に、親近感も持っていた。自分よりも遥かに年下である彼女に、興味が沸いたのだ。
無愛想かと思いきや、ひどく純粋で。冷たいのかと思ったら、胸の内に情熱を秘めている。だけど、不安定に迷う翡翠の瞳。それでも、与えられた運命に立ち向かう強さを持っている。
もっと話を出来ないだろうか。もっと、色んな事を話せないだろうか。
悪魔と呼ばれ続けていた、ヴァイスの民。その遺児が、こんなにも自分と違って、こんなにも、同じだから。
「――あの」
外していた視線を戻して、リリーが口を開いた。
紅茶を口に含んでいたベリーは、瞬きで返事をする。
「……なんでもない」
「なになに。遠慮しなくていいんだよ~!」
「いや、いい。今日はもう帰らないと」
「そうなの? じゃああたしも家に帰ろうかな~」
身支度を始めるベリーに、リリーは何か言いたげだったが、結局最後まで言葉を発することはなかった。
去り際に、軽く会釈をしながら、「じゃあまた」と言い残していった。
“じゃあ、また”
再会を約束するようなその言葉に、ベリーは笑顔で応えた。
春の花咲くこの街角で、またゆっくりと、語り合おうと。
それから、リリーとベリーは、よく二人で行動をするようになった。もちろん、聖騎士と監査官という立場の線は、お互いにわきまえたままで。
街に新しい雑貨屋が出来たといえば、朝から出かけてみたり。女性に人気の店員がいるというカフェに、無理やり付き合わせて見たり。
――悲しいと思うことがあれば、お互い部屋の中で寄り添ってみたり。
夏が来て、秋が来て。冬の静かさを喜び、互いを労わり。何気なく、気を遣うこともなく。他愛のない話を重ねて、時にはぶつかって。
リリーが、「ベリー」と気兼ねなく呼び捨てるようになった時には、二人は、約束をすることなく、同じ時間を共有するようになっていった。
* * *
「――そんで、何回も会うようになって、あたしとリリーは友達になったの~!」
「それお前が付きまとってただけじゃねえか」
ぴしゃりと言い放つライザーに、ベリーは全力で抗議の態度を示した。
「違います~。あの後リリーだって、よくカフェに立ち寄ってくれたもん!」
「通り道にあったから寄っただけだろうが。あいつがそんなマメな女かよ」
鬱陶しそうに頬杖を付き、ライザーは欠伸をする。
そう言われるとそうかもしれないと、ベリーは不安を感じた。しかし、首を大きく横に振り、ライザーに向かって顔を近づける。
「リリーは意外と几帳面だもん!」
「どっこがだよ! あいつなんでもメイドにやらせっぱなしじゃねえか」
「仕方ないでしょ~。リリーの事よく知らないくせに、勝手な憶測やめてくれません~?」
「そうデスよお。よく知らないくせに勝手なこと言っちゃいけマセンよ~」
一瞬、ライザーとベリーの間に沈黙が走る。
いつの間にか二人の間に座っていたレオンが、しれっとした様子で紅茶を飲んでいた。
「うわっ!?」
二人は同時に驚いて、逃げるようにチェアに座りこむ。ほのぼのとした笑顔を浮かべたレオンは、長く、気持ちの良さそうな息を吐いた。
「いやー、ミリアさんの紅茶は美味しいデスねえ。俺はコーヒー派なんデスけど、これだけは飲めマスね」
「急に出てくんなよ……リリーと勉強してたんじゃねえのか」
ライザーが問いかけると、レオンは軽く頷いた。
「彼女どうやら、昨日も遅くまで勉強していたみたいデシてね。それに気付いたミリアさんが、さっきお風呂に連れていきマシた」
「風呂?」
「勉強してそのまま寝てたらしいデス」
ほらやっぱり、と言いたげにライザーがベリーを見る。ベリーは眉根をきつく寄せて、舌を出した。
「で、二人して何の話をしてたんデス? 思い出話?」
「リリーとあたしのなれそめ~!」
「おやおやそれはそれはいいデスね。君と陛下は、気が合うデショ」
レオンの意外な見解に、ライザーが目を丸くする。
「どう見たって合わなさそうだろ……」
「ライザー君、見たまんまで判断しちゃいけマセンよ」
「そうだそうだ~!」
言葉に乗るように、ベリーが拳を上げる。苛ついたライザーが、紅茶のカップを乱暴に置き、言葉を荒げた。
「うっせえよ! ぎゃんぎゃん五月蝿いお前と、口下手なリリーのどこが気が合うってんだ!」
「ライザー君には友達がいないデスからね……」
「な、ば、俺の話に変えんなよ!」
「キンパツ、友達いないの? あたし友達になろうか?」
「お前ら俺のこと馬鹿にしてんだろ!!」
くすくすと笑う二人に、ライザーはついにそっぽを向いてしまった。ソファの背を抱えるようにもたれかかり、ぶつぶつと文句を言う。
拗ねた彼をかまうことなく、レオンは紅茶を美味しそうに飲み干している。そして、カップを置くと同時に、ベリーに視線を向けた。
鋭さのある瞳が、今日はどこか優しさを帯びている。つられて目尻を下げたベリーは、彼の言葉を待った。
「――色々と、嫌味を言って悪かったデスね」
それは、意外な言葉だった。構えていた心をゆるく解き、ベリーは手を膝に置く。
「なになに、どうしたの急に~」
「君や昴サンが来てからのリリスティア陛下は、随分楽しそうデス。心強いんデショーね」
「え、あはは。そうかな~?」
おどけて言うベリーに、レオンは真剣な眼差しで続ける。