第九話「白き百合、追憶の街角」

 広い城の中、比較的人が集まりやすい此処は、兵士たちが腰を落ち着かせる場所でもある。
 特に扉で仕切られているわけでもなく、一段下がった場所に円形にくりぬかれており、様々な大きさのチェアが置かれている。
 大きく開かれた窓は、朝陽を呼び込む作りになっていて、真白い光が一番早く差し込む場所だ。
 呼べば、メイドたちが自慢の紅茶を用意してくれるので、城に務める者たちが、朝食後のちょっとしたお茶を楽しむ事も出来る。

「うーん良い香り。キンパツも何か飲まない? あたし頼んでくるよ!」

「何でお前と朝から茶を飲まなきゃいけねえんだよ」

「紅茶美味しいじゃん! あ、キンパツもしかして紅茶飲めない? レジレモの方がいい?」

「……なんだその、レジレモって」

「リュシアナで人気のお子様用のジュース」

「ふざけんなよ馬鹿女が!!」

 座ったまま、振り返り様に噛み付くように怒鳴るライザーから軽く身をかわしたベリーは、隣のチェアにいそいそと座った。
 ゆるく波打つ桃色の髪を器用に操り、スカートをきちんと整えてから座るその仕草を見ながら、ライザーは舌を打った。

「こんなやつをよくもまあ仲間にしたなあの眼鏡はよ……」

「本人目の前にしてそういうこと言う~?」

 むくれるベリーに、ライザーは苦い顔をする。

「お前ほんとにリュシアナの回しもんじゃねえだろな」

「勝手に想像すれば~? どうせ言ったって信じないんだし。あたしの行動見て決めればいいと思うよ~」

 あっさりとした口調でそう言われ、ライザーは居心地の悪さを感じた。
 もっと噛み付いてくるのかと、期待していたのだが。

「図太いやつ……。お前とあいつがなんで友達なんだよ」

「リリーは繊細だって言いたいの~?」

「繊細っつうか……考え込むように見えるけどな」

「昔はあんなんじゃなかったよ。だんだん難しく考えるようになっちゃっただけで」

 足先を少し伸ばし、陽の差し込む場所に当てながら、ベリーは言う。

「あたしも一人だったけど、リリーは違う。一人だけど、一人なんだけど、みんなからの目が合ったから」

 迷いながらも、前を見ようとする翡翠の瞳。だけど、周りの視線が常に彼女を追う。手を差し伸べるわけでもなく、寄り添うわけでもないのに、まるで籠の中の珍しい鳥を見るような遠い位置から、リリスティアを見ていた。

「あたしが最初に出会った時、もう既にリリーは一人だった」

 それは、数年前の出来事。桜が舞う、春の王国での出会い。
 鮮やかな花々が沿道を埋め尽くし、青い空を見上げては揺れる美しい光景の中での、彼女との出会い。
 白い花弁が踊るように景色の中を滑るそこには、人々の笑顔があった。
 何も心配はなく、何も恐れることはない、幸せの光景を切り取った、昼下がりの街角。
 王都アルフォンスは、優しさに守られていた。

 そんな中、ある花屋の店先には、今が盛りの季節の花々が所狭しと並べられていた。
 店主から受けた愛情たっぷりに輝く花の表面には、雫がきらきらと光っている。鉢植えの宿根草が、ようやく自分たちの季節だとも言いたげに、見事に咲き誇っていた。
 手入れが大変そうだと、客の一人が言う。店主は穏やかに「子供と同じです。楽しいですよ」と笑う。
 穏やかなやり取りが繰り返されるそこに、誘われたように足を運んだのは、まだ監査官に成り立てのベリーだった。

「可愛い~! これ、家の中に置いても大丈夫かな?」

 小さな花の群集を見つけたベリーは、手に持っていた杖を胸に抱きながらしゃがみこんだ。
 濃く、気高い紫に咲き誇るそれは、店先の花壇一面に植えられており、小さいながらも上品な佇まいを見せる。

「これって何ていう花ですか?」

「ブローディア……、クイーン・ファビオラという種類です。手入れをすれば、毎年増えていきますよ」

 店主は、手に持った如雨露を下げつつ答える。

「増えるの~!? じゃあじゃあ、家の中はあんまり良くないですか?」

「いいえ。日当たりと水はけに気をつければ大丈夫です。短く切って、テーブルに飾っても可愛いですよ」

 驚いたベリーをなだめるように、店主は答えた。優しい言葉に、ベリーはほっとする。

「そっか~。家の中でも大丈夫なんだ……」

「見たところ、お客様は魔導師さんですか?」

「えへへ、うん。でも、花は詳しくなくって。家にいる時間が短いから、育てられないかな~って諦めてたり……」

「なら、切花を買って飾るだけでも、花は楽しいですよ。朝起きた時に、水を代えてあげれば長く咲きます」

 そう言うと、店主は店の奥から満開の白い花を、バケツごと持ち出してきた。
 大きな白い花弁が、バケツからはみ出して揺れている。ベリーは、花の真似をするように頭を傾げた。

「これって百合ですか~?」

「これはクリスタル・ブランカです。百合の仲間ですが、植物専門の魔導師さんの研究により、こんなに豪華になりました」

 大きな花をもたげることなく、空を見上げて咲く様に、ベリーは頬を染めた。豪華で美しく、まるで御伽噺のお姫様に似合いそうな、清らかな白。これを持って、幸せの鐘を聞けば、きっと将来は明るいものになるに違いない。
 そんな華やかな想像を打ち砕くかのように、店主の前に黒い影が現われた。しゃがんでいるベリーを邪魔者とでも言いたげに、砂利を踏みしめるような足音がする。
 振り向くと、そこには、疲れ切った顔で佇む女性がいた。泥と灰に汚れた蒼い髪は、もつれて固まっている。
 その女性は、汚れたローブを引きずり、重そうに剣の鞘を握り締め、じっとこちらを見ていた。
 驚くベリーを内にもせず、女性は店主に語りかけた。

「いつもの、花を」

 見た目とは裏腹に、少し高い声だった。ベリーは立ち上がり、少し場所を譲る。
 ベリーの動きに気付いた女性は、怪訝な顔で一瞬だけ視線を合わせたが、すぐにそっぽを向いてしまった。
 よく見ると、女性の腕や脚には、何箇所も包帯が巻かれていた。血が滲んで、乾いてしまっているものがほとんどだった。
 率直に、ベリーは「嫌だな」と感じてしまった。職業柄、色んな人間を見てきたつもりだったが、目の前にいる彼女は、妙に鼻につく。
 こんな街を通るなら、もう少し身奇麗にすればいいのに、とか、花なんて似合わないのに、とか。どちらかというと、気分のいい休日を邪魔されたことに対するやっかみではあったのだが。
 しかし、そんな彼女に対して、店主はなんら態度を変えることなく、笑顔を見せた。

「ちょうど、今見せていたところです。クリスタル・ブランカ。少し待っていてくださいね」

 そう言って店主は、花を幾つか持ち、店の奥へと入っていった。
 ベリーの目の前に残されたのは、二本だけ。黙り込んでいると、女性が何か言いにくそうに口を開いた。

「もしかして、あの」

「え?」

「……これ」

 何を言っているのか分からず、ベリーは眉を寄せる。
 俯く女性に苛々としたベリーは、少々強い言葉で答えた。

「なんですか? なにが?」

 すると女性は、やっとベリーの顔を真正面から見つめた。頬を擦り、泥を気にするような仕草をしながら。
 髪に隠れて分からなかったが、女性の瞳は透き通る翡翠の色をしていた。そこに陽が入ると、まるでクリスタルのように輝く。

「花、……いつも、大体この時間に買ってるから」

「……だから?」

「買おうとする人が、私以外にいたとは思わなかった。……だから」

 女性は、酷く理解しがたい口調で言う。首を傾げていたベリーだったが、ようやくその意図に気付いた。
 彼女の視線の先には、残されたクリスタル・ブランカ。そして、申し訳なさそうな顔。
 ベリーは、「ああ」と手を叩くと、困ったように笑った。

「まだ見てただけだから大丈夫だよ~! 大きい花が綺麗だよね!」

 寂しげに、頭をもたげるクリスタル・ブランカ。ベリーは、その二本を取り出すと、鼻先に花弁を当て、瞳を閉じた。

「いい香りだね~この花が好きなの?」

「……うん」

「真っ白で、大きくて、そこにいるだけで憧れるよね。こんな種類の百合、あったんだね」

「…………うん」

「じゃあせっかくだし、あたしもこれ買って行こうかな~!」

「あ、お買い上げですか?」

 丁度、間もよく、店主が現われた。手には、紙にくるまれたクリスタル・ブランカ。大きなその花束を受け取った女性は、予め用意していた代金を渡す。

「いつもありがとうございます」
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