このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

輪廻の縁で逢いましょう

 学生の身でありながら、任務をこなせばそれ相応の報酬が支払われる。そのことを知ってから無理のない範囲で無茶苦茶に任務を詰め込んで荒稼ぎをしていた神倉は、つい先日、無事に目標金額を達成したらしくひとまずの落ち着きを見せていた。未成年であることや未だ四級であることもあり近場がメインではあるものの、移動費は経費で落ちると知ってからは遠方であってもがんがん飛び出す。縁結びだの触媒だの聖地巡礼だの、言葉は様々であったけれども彼女なりに色々と考えていたようだ。今はまだ顕現可能な刀剣男士の数が少ないけれど、本来であれば今の数十倍は従えていたのだ、という話を聞いた時には桁やら数字やらを間違えていないかと聞き返したものだ。ただ、指折りながら名を挙げられる刀剣の数々に、上層部の表情が引き攣っていたと聞けば是非ともその場で直接見たかった。
 所詮は付喪神。そう侮ることができれば良かったのに、彼女が最初にこの世界で呼び出したのは「鶴丸国永」である。平安時代に打たれ、歴史に名を刻む数多の主の元を渡り歩き、そして今はこの国の皇が所有する一振り。今はまだ契約を結んだばかりで身体が馴染んでいないのだと笑いながら、不運にも遭遇してしまった一級呪霊を軽々と斬り捨てること数度。抜き身の刃を真横に突き立てながら、「ああ、手が滑ってしまった。人の身を取るのは久しぶりだからまだ慣れていなくてな」などと嘯くような存在がまだまだ大勢居るのだという話を聞かされては、いつもの勢いが削がれたとしても仕方のないことだろう。今はまだ神倉の力が安定していないから人の身を取らないだけで、魂で繋がっている刀剣男士は常にそばにいる、だから決して主人を不当に扱わないでくれ、という「お願い」にも首を縦に振らせたことでひとまず妥協したらしい鶴丸国永は、この世界での顕現一振り目という立場を羨ましがる刀剣男士たちによって本丸(という名の生得領域)に軟禁中だと聞いている。
 さて、五条悟を触媒に鶴丸国永を呼び出した神倉は、それで感覚を掴んだらしい。せっせと「触媒」たりえるものを用意し、足を運び、そうやってこつこつと顕現可能な刀剣男士の数を増やしている。既に十分すぎるほどの戦闘力を持つ彼女が未だに四級であるのは、腐り切った上層部による精一杯の嫌がらせだろう。本人に戦闘能力がないからという理由で留め置かれている不当を刀剣男士たちが許しているのは、任務の危険度が下がるからに他ならない。逆に階級を上げ、より強い呪霊や呪詛師に引き合わせて「あわよくば」を狙ったって良いのだろうけれど、神倉美琴は非術師の家柄で、女なのだ。相応の階級を与えることが許せないようである。
 四級と言いつつ、実のところ戦闘力としては特級であるとさえ言える神倉の今回の任務に夏油がわざわざ同行したのは、自身の操る呪霊を補充するためだった。先日の任務において、攻撃に対する肉壁として何体かを消費してしまったので少々手持ちが心許ないことが理由である。此度の任務は、地元で心霊スポットとして名を馳せつつある建物に巣食う呪霊を祓うというものだ。あそこには出るらしい、という噂話でしかなかった場所が、人影を見ただの、無いはずの階段が現れただの、閉じ込められただの、まあ廃墟オカルトでよくあるネタがいい具合にミックスされている様子だというのが観測を行った窓の言葉である。正直なところどれがアタリでどれがハズレなのか判別に困るくらいに、出てくる「怪異」は異なるらしい。弱い複数の呪霊が集まっているとの見立てであれば、ストックを補充したい夏油にとって理想の狩場であると言えた。
「……ということは、今回は私、いらなかったのでは?」
「何を言っているんだ。君に与えられた任務じゃないか」
「でも、だって、夏油くん自力で呪霊何とかできるし、何とかした上で食べるんでしょ? 全部、夏油くん一人で完結するじゃん!」
「ははは。まあ、ほらアレだ。他人の料理の方が美味しいとかいうアレ」
「私は楽をしたい」
「私だって楽をしたいんだよ」
 パワハラだー、と口を尖らせる神倉ではあるが、ここに至るまでのやり取りも含めて軽口の一環である。従える刀剣男士の数が増えることで、一振りあたりの戦闘にあたる回数がどんどん下がっていく。楽しく過ごしたいというのは主従に共通する感覚であるとはいえ、そもそもが戦うために生み出されたものたちなのだ。フラストレーションが溜まってしまう前にある程度は発散させてやりたいとなれば、軽い任務が多く入れられる今の状況はとてもありがたい。再利用、と表現することが正しいのかはさておき、斬り捨ててしまってはい終わり、ではない辺りが今回の出陣メンバーにどのような影響を与えるのか。まあ、大丈夫だろう。縛りプレイ、どんと来い、である。
 着いて行くよ、という夏油の言葉が言葉通りのものであると理解していることは、神倉の顕現した刀剣男士の数からも察することができた。相手が四級呪霊であるならば一振りだけで事足りるというのに、神倉のそばに一振り、少し離れて前に一振り。そして、やや後方に三振りという過剰戦力である。
「それでは戦う気もなく暇であろう夏油くんに問題です」
「喧嘩なら喜んで買うよ」
「これは施しなので貰うだけで大丈夫でーす。さて、今この場に顕現している中で一番年上……年上? なのは誰でしょうー」
 どんどんぱふぱふー、と気の抜ける擬音を口にする神倉を呆れた様子で振り返ってきたのは前を歩く一振りである。癖のある金髪に、随分と着崩したカラーシャツは黒地に華やかな金の柄物だ。どうしたってそちらに目がいってしまうのだけれど、下に続く赤の腰布と白のスラックスにまでどこか「輩感」が拭えないのは上半身のせいだろうか。
「それ、出題者である主は当然、答えられるんだろうな」
「兄者に聞くから大丈夫」
「一番駄目なやつじゃねえか。せめて弟に確認しろ、にゃ」
 にゃ。思わず繰り返しつつ、その兄弟間では「兄者」の方が年上だろうから候補が一振り消えるはずだと考える夏油に、語尾が不本意であったらしい彼はどこ決まり悪そうにしつつもヒントをくれた。後ろをついてきているのは太刀の三振り。全体的に白い男が「兄者」であり、すぐそばに控えている薄緑色の髪の男がその弟である、と。
「ただ、あの兄弟は兄弟っていう概念だからな」
「概念」
 かつて、持ち主が兄弟関係にあったのだという二振りは、伝承でこそ同じ刀工に打たれたという逸話を持つものの実際のところは不明瞭。真実を知るはずの二振りは、それでもただひたすらに「兄者」、「弟」と呼び合っているのだという。刀工を同じくする兄弟刀以上に概念の兄弟と言われる所以である。つまりは、彼らの呼び名は参考にならない、と。
「このメンバーだと国広が最年少ってことだけは分かるよ」
 くにひろ、が誰なのかがこちらは分からないのだが。
 助けを求める視線への温情だろう。神倉のそばに控える一振りが「山姥切国広」であるとの解が示された。白い大きな布を被って全身を隠している彼は、興味が無いのかこちらを見向きもしない。続いて、哀れに思ったらしい前を歩く彼から自己申告がある。曰く、彼は「南泉一文字」。この顔触れでは二番目に若く、更に言うならば後ろの太刀連中が平安刀組でこの中では最年長組である、と。
「なるほど、概念兄弟と金髪の……あの中の誰かが最年長……?」
「兄者が髭切、弟が膝丸、金髪が獅子王ね」
 さあ三択、と笑う神倉に付き合ってやるか、と気合を入れた夏油の耳元に、ふっと息が吹きかけられる。
「随分と硬くなっているねぇ……身体のことだよ?」
「っ!」
 勢いよく振り向けば、愉しそうに笑う姿がある。あおえ、と呼ばれた彼はその笑みを崩さぬままに、異常はなかったよ、との報告を。どうやら、先に目的地へ向かい偵察を行っていたらしい。
「一振りだけで偵察へ?」
「ふふ、偵察なら脇差たる僕の役目だってことさ」
 余計な一般人はおらず、建物内を徘徊する呪霊の強さも報告通りであることを確認。当初の作戦をそのまま活用して問題はないだろう、という見立てである。
 近接武器である日本刀も、その刀身の長さによっては室内戦に向かないものもいる。太刀以上になると途端に室内では能力を十分には発揮できなくなってしまうため、戦場があらかじめ分かっているのであれば編成に組み込まないことが常であるという。それならばなぜ、建物の中を探索するはずの今回の任務に太刀が三振りもいるのか。理由は簡単。そらそろ暴れたい、という彼らからの強い要望があったからである。
「まあ、太刀が室内戦に向いているいない以前に、狭い建物の中に六振りも要らないとは思ってて」
「うん」
「太刀連中はお外で待機の予定です」
「うん?」
「名付けて、室内で見つけた呪霊を外に追い立ててしまおう作戦!」
「……なるほど、そのまんまだね」
 不利な戦場で無理矢理に戦わずとも、こちらに利のある場所まで誘導してしまえばいい、という単純明快さ。これならば外で待つ太刀組も伸び伸びと戦うことができるし、追い立て役の室内組もそこそこ動くことができるだろう、という素晴らしい作戦である。
「今回のメンバーは、まあ心霊スポットとして色々な怪奇現象が起こっている、とのことだったからそっち系の逸話を持つ面々で固めてみたんだけど、どうかな?」
「いいんじゃない? 聞かれてもよくわからないけど」
 妖怪の類を斬った逸話、動物を斬った逸話、そして、幽霊を斬った逸話。呪霊に対してどれほどの特攻性を持つかは分からないが、この手のものは気持ちが大切なのだということを神倉は常日頃から口にしている。従えるのは人々の想いが形を得たもの。であるならば、純粋な信仰は力へと変わるはずである、と。
 なるほど、と頷く夏油の全身を、あおえがじぃと眺めていることに気付く。何かあるのか、と見つめ返す夏油と目が合った彼は小さく笑う。
「そんなに溜め込んでいては身体に悪いよ。ちゃんと吐き出しているかい?」
 独特のその言い回しに、はたして何の話をしているのだったかと夏油の思考は一瞬止まる。
「……呪霊のことだよ?」
「チェンジで」
 それは不可かなぁと緩く笑う姿に、これはまた癖の強い刀剣男士だなぁと考えることしかできなかった。
3/6ページ
スキ