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夜、寝ようと布団の中に潜ってからもう30分は経っただろうか。そんなことを考えている私の目はギンギンと冴えていた。
「…お腹空いた……」
もしや布団に入る間際まで日記を書くという頭を使う作業をしていたせいだろうか。ふとそんな心当たりが頭に浮かぶ。でも、だからといって眠れないのは非常に困ると思った私は目を固く瞑って羊を数えてみることにした。
羊が一匹…
羊が二匹……
羊が三匹………
………
……結果、100匹数えてみたけど眠れなかった。それどころかどういうわけだか余計に空腹が増してしまい、ついに観念してむくりと起き上がった。
正直言うと今から何かお腹に溜まるものを食べたいという気持ちはある。だけども時間が時間だ。今からそんなものを食べてしまうと太るに決まっている。ならば、とりあえず水でこの空腹を抑えようと思い立った私は厨房へ向かうことにした。
もはや歩き慣れた廊下を歩いて階段を降りていき、現れたエントランスの中にある食堂の扉を両手で開けて中へと入ろうとした。だけどその瞬間、背後からひた…ひた…と足音のような音が聞こえてくる。こんな夜更けに一体誰──? 小心者のくせにそんなことを考えてしまって背筋をぞくりと震わせたその時、突如として肩をがっちりと掴まれた。
「いやああああああ!!!」
「おい、」
飛び上がりながら思わず叫んでしまったものの、聞き覚えのある声が耳に入ってきたことにより私の叫び声は徐々に小さくなる。そしてその声の主を確認しようとゆっくり振り返ったところ、やっぱりそこにいたのは知った顔だった。
「ガンジさん…?」
「何をしている【名前】?」
「なんだ~…、ガンジさんか~……。よかった~……」
情けないことに内心幽霊かその類なのではなんて思っていただけにホッとした。だけどホッとしてしまったせいで足腰の力がずるずると抜けてその場にへたり込んでしまった。ガンジさんはそんな私の様子に疑問符を浮かべながらも私に視線を合わせるようにしゃがみ込むと、「大丈夫か?」と心配そうに聞いてきた。いや、あなたのせいなんですけど──なんてことは言えるはずがない。だからあはは~と笑ってごまかしておくことにした。
「ガンジさんこそこんな時間にどうしたんですか?」
「……少し、外の空気でも吸おうと思ってな。」
「あ、もしかして眠れない、とか……?」
「………ああ。」
ガンジさんは私の質問に目をそらしながら端的にこう答えてきた。その様子から察するに私のように空腹で目が冴えてしまったとかではなさそうだ。ガンジさんとは仲がいいとはいえ、その眠れなくなった事情を詮索するなんて不躾だろう。だからといって、何かしらの事情で眠れなくなった彼を放っておくことなんてできやしない。私にできることがあるだろうかと考えていたその時、ふとナワーブさんとの会話を思い出した。
以前、ナワーブさんになんでそんなによく食べるのかと聞いた時、「食べていると落ち着くからだ」と答えられたことがある。どういうことだかいまいちわからなくて頭に疑問符を浮かべていると、その場に居合わせたエミリー先生が、食べることは心の揺らぎを解消する効果があるとかなんとかという話をしていた。つまり今の状況で置き換えると、ガンジさんが今何かを食べると安心を得られて眠れるようになるんじゃなかろうか。
そんなことを考えていると突然お腹がキュル…と音を鳴らしてきた。幸いにも私にしか分からない程小さな音だったけど、そのせいで「私はお腹が空いている」という忘れかけていた事実を思い出してしまった。
……
……
………あ、いや……、違うんです。私が食べたいわけではなくて、ガンジさんのために作るんです。だけど人からの施しを苦手とするガンジさんのことだ。あなたのために作りましたと言って差し出しても遠慮してしまうだろう。なら、お腹が空いている私に付き合ってほしいという感じで差し出せば食べてくれるだろうと思う。だから一緒に食べようと思っているだけです。
湧き上がる罪悪感にこんな言い訳をすると現金なことに罪悪感はすんなりと引いてくれた。これにより「夜中でも物を食べられる」という大義名分を得てしまった私はニコリと微笑みながらガンジさんの手を掴んだ。
「ねぇガンジさん、ちょっとついてきてもらえますか?」
私の脳内会議のことなんて知るはずもないガンジさんは私のこんな発言に首を軽く傾げている。そんな彼の手を引っ張って立ち上がると、つられるように立ち上がったガンジさんを食堂の中へと誘った。そして厨房の入り口近くの席へと座らせると、誰に聞かれるわけでもないのに彼の耳にこそっと耳打ちをした。
「実は私も眠れなかったんです。だから……、ね?
ちょっとだけ…」
食い意地が張っていると思われるのが恥ずかしくって歯切れ悪くそう囁くと、準備をすべく厨房のドアノブに手を伸ばす。そして念を押すようにドアを閉める直前に振り返ると、口元に人差し指を添えて「内緒だよ?」というジェスチャーを送った。
ドアが閉まる直前、ガンジさんの口があんぐりと開いていた気がするというのは置いといて、ザッと厨房の中を見渡してみる。時間が時間なのであまり凝ったものを作りたくない。でもおいしいものは食べたい。できたら甘いものがいい。そんなことを考えながら目に入ったものは、少し水分が抜けているパンに周りが溶け始めているバター、砂糖に牛乳に紅茶の茶葉だった。
これを見てパッと閃いた私は、まず小ぶりの片手鍋に少量の水を溜めて火にかけて、沸騰した頃に紅茶の茶葉を一さじ…、二さじ…、三さじ程を投入した。そうして煮出している間にパンを一口サイズに切り、フライパンに牛乳とバターと砂糖を入れて熱する。それがふつふつし始めた頃に一口サイズのパンを投入、全体が絡まるようにヘラで混ぜた。するとなんとも簡単なラスクの出来上がりである。あとは、しっかり煮出された紅茶に牛乳を入れて弱火でじんわりと温めて……、ミルクティの出来上がりである。
ああ、こんな時間にこんな量のバターと砂糖と炭水化物を摂取するなんて……。出来上がったラスクをお皿に盛りながら再びの背徳感に苛まれていたその時、バァーンと勢いよくドアが開く音がした。体全体を大きく飛び上がらせながら振り返ると、目をかっぴらきつつもなぜか顔を真っ赤にしながら大量の汗をかいているガンジさんの姿が目に入る。
一体何事──!? そんなことを考えながらガンジさんの顔を見ていると、赤くなっていた顔が次第にいつものガンジさんの顔色へと戻っていく。
「……お前、一体何して……」
「へ? あ……、………お…、お夜食……?」
そう答えた瞬間、なぜかガンジさんは膝から崩れ落ち、がっくりと床に膝をついた。
「も、もしや…! 甘い物苦手でした!?」
「……いや、食べる。」
食堂の椅子に横並びで座った私たちは「いただきます」と一言言うと二人揃ってラスクに手を伸ばした。カリッと音を鳴らすと求めていた甘さが口の中に広がって思わず鼻歌がこぼれそうな程上機嫌になる。
ああ、だけどあまり甘いものを食べているイメージのないガンジさんは大丈夫だろうか? そんなことを考えながらガンジさんの方をチラリと見てみると、ガンジさんは黙々と次々にラスクを口に運んでいる。
「おいしいですか?」
「うまい」
若干食い気味にそう答えた彼の無表情が心なしか上機嫌に見えて思わずほっこりした私はマグカップを口に付けてミルクティーを啜る。それを喉奥へと流し込んだその瞬間、ほわっと紅茶の香りが鼻腔から突き抜けてきた。こちらもなかなかにいい感じ。そんなことを考えながら再びほっこりした私はほぅ…と溜め息を吐いた。
「そういえばガンジさん」
「ん?」
「さっき厨房に勢いよく入ってきた時、顔が赤かったように見受けられましたが大丈夫でしたか?」
「ブフッ!!」
他愛もない雑談のつもりでミルクティーを飲んでいるガンジさんにこう聞いただけだった。だけどなぜだかガンジさんは口に含んでいたミルクティーを勢いよく吹き出してしまった。
「どうしたんですか!? 美味しくなかったですか!?」
「……っ…、っち、違う……」
ということは、器官に入ってしまったんだろうか。そう考えて背中を擦っていると、ふと見えたガンジさんの耳がうっすらと赤く染まっている。背中を擦りつつそのことについて首をかしげていると、ガンジさんは口を手の甲で拭いながらバッと勢いよく振り向いてきた。心なしか憎々しげに見えるその顔はどういうわけだか再び真っ赤だ。
「……お前っ、あの言い方は誤解されるぞ?」
「『あの言い方』……」
「俺はてっきり……!」
「『てっきり』……」
ガンジさんの言葉の意味が理解できずただただオウム返しにしていると、ガンジさんは言葉にならない声をひとしきり出してから正面へと向き直った。そして真っ赤な顔のまま何かを忘れるように次々とラスクを口の中に放り込んでいく。……はて、「あの言い方」とはどのことだろうか? 心当たりがあるとすればガンジさんに耳打ちした「ちょっとだけ…」というものだ。だけどあれはただ単に食い意地が張っていると思われたくなくてそういう言い回しをしただけ。「誤解」とはどういうことだろうか?
ひとしきり考えてみたけれどいまいちわからなかった私はラスクに手を伸ばす。その瞬間、同じくラスクに手を伸ばしたガンジさんの手に触れてしまい、どちらからともなく顔を合わせた。するとどういうことだか、ただでさえ赤かったガンジさんの顔が見る見るうちにこれでもかという程に赤くなっていく。
──変なガンジさん。そう思った私は思わずくすっと笑いを零した。
「おいしいですねガンジさん」
「~~~~~………ああ」
【「ちょっとだけ」 fin.】
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後々、罪悪感にげんなりする夢主(どちらの罪悪感かはご想像にお任せします)。
(大変お待たせして申し訳ございません!)
(あとがき ⇒ 「【リクエストあとがき】「ちょっとだけ」(バッツマン)」)