平子真子逆トリ(仮)
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平逆トリ50(仮)
今日は珍しく雪が降っていた。
平子さんは迎えに来なかった。
家に帰ると平子さんはいなくて、暖房はつけっぱなしで。
温まった部屋と、追い付かない頭が、解離しておかしくなりそうだった。
すぐに分かってしまったから。
平子さんが帰ってしまったと。
「昏水さん?」
その声に思わず頭を振った。意識がどこかへいっていた。
「すみません、天崎さん」
そうだ、今日は天崎さんと二人で残業の日だったんだ。どうやら私は昨日のことを引きずってしまっている。無理もないと自分ですら思う出来事だから仕方ないが。
「昨日、平子さん来なかったけど大丈夫だった?」
心配そうに眉を下げた天崎さんが、こちらを見て首を傾げる。
昨日は結局、天崎さんに送ってもらった。
「あ、えと……」
「もしかして平子さんに何かあった?」
なんで天崎さんはこんなに察するのが早いのだろう。
思わず目が左右に泳いだ。
「……いなくなっちゃったんだ?」
押し黙る私に、天崎さんはあっという間に確信を突く。
頬が温かくなって、自分が泣いていることに気付いた。
黙ってハンカチを差し出され、昨日の平子さんと被ってしまい、また更に涙が溢れる。
「あ、りがとう、ございます……」
拭っても拭っても溢れてきて、どうしようもなくて顔を覆った。
どこかで平子さんはずっとこちらにいるものだと思っていた自分がいたのだ。そんなはずはないのに。
「……僕で良かったらなんでも頼ってね」
普段はおっとりした喋り方の天崎さんがやけに真剣な声音で言うものだから、もう泣くことに歯止めが効かなかった。このままでは残業が長引いてしまうのだから早く仕事をしなければいけない。
「すみ、ませ……」
「ううん、仕方ないよ。大丈夫」
そう言って天崎さんは目の前に椅子を持ってきて座る。
「今日の仕事は正直ほとんど終わってるんだし、心配いらないからね。いつもの時間に終われるよ」
子どものようにあやされる自分が酷く情けなかった。
「しんどかったら呼んでね。近所に二十四時間のファミレスもあるんだし、遠慮は要らないからね」
いつもの家の前のゴミ捨て場で下ろしてもらい、車のドア越しに話をする。
終始、普段のおっとりさを出さずに喋っているのは流石大人だ。天崎さんはやはり年上なんだな、と改めて思う。本当に優しい人だ。
おずおずと頷くと天崎さんはにこりと笑った。
「じゃあね」
「ありがとうございました」
気まずくないように先に手を振ってくれる天崎さんに頭を下げて部屋に入る。
途端に昨夜味わった、がらんとした部屋に一人取り残された気持ちが襲ってきた。
今までこの部屋でどう過ごしていたっけ。
「平子さん」
呼びかけてももちろん返事などない。
ぼんやり覚束無い足で廊下を歩く。一人分の体重では床も軋まないことに今更気付いた。
居間の電気を手探りで付け、荷物を置いて座る。
何もしたくない。
ベッドに凭れ、テレビだけ付けると、また泣いてしまった。面白くもない通販番組。平子さんがぶつぶつとツッコミを入れていたのを思い出す。なんで内容をよく聴いておかなかったのか。小さなことなのに、後悔している。
平子さんがここにいたらこんな風にめそめそと泣いている私になんて言うだろう。
部屋の冷気で流した涙がすぐに冷えた。とにかく暖房だけはつけなければ。妙に冷静な頭とは裏腹に涙は止まらない。
のそりと動いて暖房をつけ、流れで晩ご飯だけ用意しに動く。全部冷凍にしよう。
晩ご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドに入る。
眠れる気がしない。ごろり、と転がると平子さんの匂いがした。
そうだ、窓際はずっと平子さんが使っていたから。
ここで私のずぼらさが役に立つとは。
自嘲気味に笑って、窓際の枕を抱き寄せる。深く息を吸うと、涙が幾分か引いていくのが自分で分かった。静かな部屋で自分の、とくとくと脈打つ心音だけがいやに主張する。
結局平子さんの存在が私の精神安定剤代わりだったようだ。
布団の中で枕を抱いているとうつらうつらと眠気がやってきた。多分、泣いたのも相まっていつもより疲れている。
私は素直に目を閉じた。
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