平子真子逆トリ(仮)
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平逆トリ41(仮)
「この怪我どないした」
家に入るなりこれだ。
家に入ってまでは隠せないと思っていたけれど、まさか車中で気付かれるとは思っていなかったため、なんの言い訳も用意していない。本当は車中で言い訳を考える気でいた。
「……仕事でちょっと」
「……またボサっとしてたんちゃうやろな」
ええ、ええ、正にボサっとしてました。
そう言えば流石に怒られそうで口を噤む。
今日は黙ってばかりだ。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ。
「……」
あら平子さんもだんまり。
かと思ったら急に頭を掻き回して溜息を吐いた。
「……なんや思うことあるなら言うてまえ」
急にどうしたというのだろう。思うことなんてない。考えない方が良いことならたくさんある。
黙って首を横に振った。
「腹ン中に溜めとったらいつか決壊すんで」
「……溜めてなんてないですよ。貯めてるのはお金だけです」
途端にでっかい溜息。
バッと手が伸びてきて、触れる寸前躊躇う。けれどすぐ抱き寄せられた。
「ええから言い。……言うてくれ」
懇願する様な声音だった。今まで平子さんのこんな声聞いたことがない。
だが、言う訳にはいかないのだ。だって平子さんのことを平子さんに言ってどうする。
私は夜笹さんを好きになると決めたばかりなのに、平子さんに「平子さんの言動で気持ちが不安定でぼんやりして困っています」なんて言えるわけない。
そんなのそもそも考えない方が良いではないか。
「言ったら何か変わるんですか?」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
私を抱き締める平子さんの手がピクリと震えた。
「紫雨……?」
「親のことも職場のことも言っても変わりませんでした。なのに今回のことは言えば変わるんですか?」
それこそ行動すればまた違うのではと思ったこともあったが、生活に行動を起こすだけの余白が無いのもまた事実だった。そうしてどうにかこうにか今日まで生きてきたのだ。それが今更、言ったところでどうにかなることが存在するなんて思えない。
「……全部を理解はしてやれん、それはスマン。しゃーけど……」
そこで平子さんは言葉を呑んだ。
「いや、言いたなったらいつでも聞く。それだけ覚えといてや」
そう言って抱き締めていた手を解いた。
性懲りも無く名残を惜しんだ私を誰か絞め殺してくれ。
俺の言葉に冷たく返す紫雨の、語気に透ける熱を捕まえたれるほど、俺は紫雨を知らんことだけ思い知った。
俺はどうしたいんやろう。俺にももうよう分からん。
ずっとは傍におれんと分かっとるし、ホンマの意味で住む世界が違うんも分かっとる。歳かてなんぼ違うか数えるんすら面倒なくらい。そんだけ全部分かっとるから、俺は"紫雨を好きやない"はずなんや。小娘に興味湧くほど好きモンちゃうし。
しゃーけど、ずっと腕ン中に収めときたい。
ほしたら怪我もせェへんやろし、きっと今日みたいな顔させんで済む気ィもしとる。傲慢やろか。
しゃーかてもう紫雨には他に好きなヤツがおるんやった。それを応援してやりたい俺もおるし、どう見てもまだ俺を好きちゃうか? て思う俺もおる。
もう頭がゴチャゴチャや。
こないに頭ン中いっぱいなんいつぶりやろう。最近は平和やったから。
「ありがとうございます」
ゴチャゴチャ考えとる俺を他所に、紫雨は礼だけ言って晩飯の用意を始めた。他にどないしょもないから俺もそれに倣う。
魚をグリルにセットする紫雨はもう普段通りの顔をしとる。なんなら薄く笑みまで浮かべて。
ほんの少し寒気がした。
