破面篇
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
恋しかるべき
平子隊長の声がした気がして目を開く。
私は、いつか見た三途の河のほとりに立っていた。
「……あ、本格的に死んだかコレ」
見るのも二度目となると動揺は少ない。
百五十年前のあの日と同じ様に、私の斬魄刀の名を冠した赤い花が、隙間無く咲いている。
揺れもせず、ただ静かに私を見上げるその姿は彼岸花の金の瞳を思い起こさせた。
彼は"見下ろしてくる"だけど。
本当なら斬魄刀がある筈の位置をするりと撫でて、頰を緩める。
「今度は、渡るしかないのかな」
渡ろうか。
渡るまいか。
初めて此処に立った時と同じ問答。
今度は横槍を入れてくれる者も居ないらしい。
まぁ悩む意味も無いか、と一歩踏み出す。
「主様」
突然、無風だった此処にふわりと風が吹いて、薔薇に似た芳香と柔らかな声が私に届いた。
懐かしいそれに、弾かれる様に振り向く。
「天竺葵……」
振り向いた先には頭に浮かんだ通り、豊かな黒髪に優しい瞳の、私のもう一人の斬魄刀の姿。
何故、と問う前に天竺葵が形の良い唇を開く。
「主様、今日その河を渡るのは私で御座います」
そう言って彼女がゆっくりと私の横を通り過ぎる時、何故か涙が溢れた。
「何処へ……!」
「何処へも。私はずっと主様の御傍を離れません。ただ……渡らねばならぬのです」
何処へも行かぬと言いながら、私から離れてこの河を渡ると言う。
何故なのか。
その矛盾がどうしても理解出来ない。
理解が追いつかぬままに、天竺葵は水音も立たない河に身を浸した。
「私はこの百五十年、石倉様の手を離れてからの日々を主様と過ごす事が出来て、真に幸せで御座いました。私が此処を渡り切れば、主様の世界にもきっと美しい月が昇りましょう」
追いたくても脚が動かず、渡り切る最後の一歩で振り返った天竺葵の微笑みに、私はただ泣くことしか出来なかった。