尸魂界篇
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数ミリの躊躇い
行きつけのレコードショップ。
いつもの様に流れる、ゆったりとしたジャズ。
いつもと違うのは、奥の棚に凭れて座り込む、小さな死覇装。
その小さな塊の前にしゃがんで、顔を覗き込む。
穏やかな顔で目を閉じたその死神は、深く規則的な寝息を立てている。
それは紛れもなく、あの日置いてくるしかなかった紫游で。
無意識に伸びた手を、触れてしまう直前で、止めた。
触れずとも温かさが分かる、とさえ錯覚しそうな距離。あと数ミリが、酷く遠く感じる。
その動作は、死神が見えない人間から見れば、下の棚のレコードを取ろうとして躊躇ったように見えただろう。
百年前なら、躊躇うこともなく触れた筈なのに、そうしなかった過去の自分に歯噛みした。
俺が置いて来た日常の一つ。
俺を思い出してここに入ったんか?
そう聞きたい。
もし、オマエが寂しいと思うてるなら"俺が居らんとそない寂しいんか"なんて茶化して。
ほんで、一緒に居れん間も寂しゅうないように、何か買うて渡してやりたい。
時間が経てば経つ程、置いてきた日常は色濃く形作られていった。
それはもう逸そ気持ち悪いくらいに。
藍染達の中に置いて来て、本当はずっと心配やった。
忘れようとして、反対に募った想いを伝えてしまいたい。
しかし今、そんなことをするわけにはいかないのだ。
まだ、生きていることを知られるわけにはいかない。
百年を無駄にする行為は、するべきではない。
全て終えるまで。
「……風邪、引くんやないぞ」
レコードの音に紛れるように、静かにそれだけ言って、俺は入店したばかりのレコードショップを、手ぶらで退店した。