その他短編
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その日は
「此処です。有難う御座いました」
彼女は足を止め、比較的こじんまりとした二階建ての木造住宅を指差して頭を下げた。真新しくはないが、中々に綺麗な外観の家である。
「そうかい、では」
私は小さく手を挙げ、自らも帰宅する為に彼女に背を向けた。
数歩進んだところで、背後から玄関を開け閉めする音がしたので、彼女は直ぐに家に入ったのだろう。
そこでふと、「無事送り届けたは良いが、御両親に挨拶をすべきだっただろうか」と言う考えが過ぎり、足を止める。
一考し、やはり、挨拶くらいはしておくものだろう、と振り返りかけた。
瞬間、物騒な音が住宅地に微かに響く。
此処から、も少しでも離れていたら気付くまい。物を落としたにしては、やけに鈍く激しい。どうにも胸騒ぎがした。
私は彼女の自宅前に引き返し、もう一度、よく耳を清ます。
「……まえ、何を考えているんだ!! 男を連れて帰って来るなど恥を知れ!! 嫌らしい奴め!!」
男の怒鳴る声に混じり、鈍い音が数度聞こえた。
音の正体を察した私は、表現し難い怒りに突き動かされ、他人様の家に声も掛けず上り込んだ。
扉から数メートルも離れていないであろう玄関の小上がりの上で、彼女が蹲っている。彼女の後ろ姿が微かに揺れた気がした。
その彼女の向こうでは、痩せた初老の男が、彼女の髪を掴み、今、正に、振り下ろさんと拳を構えている。まるで「此れは神の鉄槌だ」とでも言わんばかりの仰々しい姿に、吊り上がった眉。しかし、突然の予期せぬ来客に対し、口だけがポカンと間抜けに開いていた。
「失礼する」
私はその間抜け面の神を他所に、彼女に断りを入れてゆっくりと抱き上げる。
「……なっ! 何だ貴様!!」
驚きの余り、他に言葉が浮かばなかったのか。やや上擦った声で男が問う。
「貴方に、私が、名乗る必要はあるかね」
私と真正面(正しくは私が見下げる形になるのだが)から目が合い、男は蛇に睨まれた蛙の様に静かになった。
先程から、怒りが轟々と鳴り止まない。
これ以上、神気取りのこの男の姿を、声を、見るも聞くも、不愉快だ。
この時ばかりは、私の上背の高さと目付きの悪さに感謝した。
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