市丸ギン短篇
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音の無い
思えば、この子はなんや不思議な子やった。
今まで気にも留めんかった様なことを今更思い出す。
初めて話したんは、確かボクがイヅルから隠れとる時やった。
「市丸隊長は、いつも大変ですね」
イヅルを撒いて、隊舎の柿の木の下で休んでいると、急に声をかけられた。
いつの間にか、側に小柄な女性隊士が座り込んでいる。
覚えの無い隊士に、ハテ、と首をひねる。
誰やったかな……。気を抜いとるつもりはなかった筈やのに、声をかけられるまでこの子が居ることに全く気付かんかった……。
「大変てイヅルのこと? 自分もオサボリさんなんやから、ボクのこと言うてる場合と違うんやない?」
お互い様や、とニタリと笑う。
ボクは自分のことは棚に上げて、この子に早くこの場を去らせようと思った。
覚えが無いということはおそらく平隊士だろう。自分が気付かない程に気配を消せる平隊士は、正直言って気味が悪い。
「御忠告痛み入ります。そうですね、ではそろそろ……」
彼女はボクの嫌味にも動じず、ゆったりとした動作で立ち上がった。
「市丸隊長はまだ暫くこちらに?」
「そやね、もう少し」
「では、副隊長には内緒にしておきますね」
特に諌めるでもなく、人差し指を口に当てて薄く笑う。
存外、話の早い子で助かる。無闇に媚びる風も無い。
「おおきに」
ボクが手を振ると、彼女はボクに一礼して背を向けた。しかし、何か思い出したかの様に振り返り、それから静かな声で
「何かあればいつでも呼んで下さい」
と言って今度こそ去って行った。
それから、名前も知らない彼女を呼ぶ機会など勿論なく。
ボクは今の今まで彼女のことなど忘れていた。
「なんで……」
今まさに、その子はボクを庇って藍染に斬られたのだ。
親しかった訳ではない。
名前も知らず、言葉も柿の木の下で一度交わしたきり。
倒れ込む彼女を受け止めて、同じ言葉を繰り返す。
「なんで……」
「何かあったらいつでも、と言ったじゃないですか」
仕方がない人だ、とでも言いたげに眉を下げて笑う蒼褪めた顔。
きっと、治療は間に合わないだろう。
「ボク、一度も呼んでへん」
「来てくれなんて、言うてへんよ」
消えていく君の口は多分"それでも"と言っていた。