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鳥と見る茜

 ちち、と鳥の鳴き声が耳に触れる。さら、と葉の触れ合う音がする。鳥が今まさに飛び立った音だろうか。起きてすぐに耳に入る音は心地よく、片方地面にくっつけた耳からは草原の葉が振るう音が届く。
「ふあ……ああー……」
 あくびをしてから体を起こし、体を伸ばした。先程飛び立ったらしい鳥はそれほど離れてはいないのだろうか、まだ小さく声が聞こえる。鈴の跳ねるような涼やかさに、思わず顔が綻んだ。
 見渡すと、ほとんどが薄い青に白けた空。山の縁だけが暗い青と紫に溶けている。そこに茜色の優しい温かさを放つ太陽があった。
 首を傾げた。あれは朝陽だろうか。それとも夕陽だろうか。
 今度は反対側に首を傾げてみる。どう見ても、茜色の太陽は変わらずそこに浮かんでいる。
 はて。お昼寝をし始めたのは何時頃だったか。昼食を食べたすぐ後、弟子達が一緒に子守唄を演奏した所までは覚えている。あれから少しの時間が経ったのか、それとも朝を迎えたのか。その時は風も暖かかった覚えがあるが、今は上着一枚羽織ってやや肌寒い。あれから半日以上寝てしまっていたのならば、弟子達の晩ご飯はどうなったのだろう。とても賢い弟子達だけれども……なんとなく、眉を寄せた。
それにしても、ここはなんと綺麗な事か。
 吹く風はやや冷たいが、遠くに見える空は、まるで織物の染料を一滴垂らしたように薄く、だがしっかりと色を持っている。遠くにあるその色と自分の間を通り抜ける風は、その一滴を空の全てにまんべんなく塗り広げるよう、ゆったりと吹く。そうやって混ぜ込んでいけば、やがて空の全部が青になるのだろうか。いいや、茜色も混じってきている、あの色もまた広がるのだろう。
 楽しくなって、小さく鼻歌を歌った。特にメロディーはなく、見た景色に思いつくままの音階を。ゆったりと吹く風と歌うよう、拍子に余裕を持って。
 眺めている茜色が、なんとなく、山に沈んでいるように見えた。ああ、もしかしてあれは夕陽だったのだろうか。
「あ、が、ガト師匠」
 慌ただしく足音が近づいてきたかと思えば、弟子の一人が隣に膝をついて顔を覗き込んだ。
「おはようございます、起きたんですね」
「ああー……すみません、演奏を聴いている間に寝ていましたね。大変失礼な事をしてしまいました」
「ふふ、いいえ、いいえ、子守唄の練習だったので。とても上手く弾けたんたなって思ってます。ふふ」
 楽しそうに話す弟子は、師匠の監督不行き届きを微塵も責める様子はなく、寧ろ嬉しそうに笑った。人前で話す事を得意としない彼女だが、小さな声で、そうやって微笑む姿は人好きするものに感じた。
「そうだ、ガト師匠! 夜には雨が降りそうですよ、少し移動しませんか」
「ええ、雨……本当ですね、向こうからやってきそうです」
 弟子の言葉に首を回すと、ずっと眺めていた空の反対、もうすっかり暗くなった空に、重たげな雲がのしりと被さっていた。風に乗って、ゆっくりとこちらへ動いている。ああ、あの雲がこの肌寒さを運んできたのだろうか。そうなると、この地にやがて雨が降る。
「メリアが、向こうの林で果物の生る木を見つけたんです」
「ありがとうございます、それじゃあ、荷物をまとめて行きましょうか。それから晩ご飯にしましょう」
「はい!」
 嬉しそうに笑う。つられて笑うと、先程まで少し離れて鳴いていた鳥が林の方へ飛び立って行った。果物の生る木の話を聞かれていたのだろう。
「ふふ、先に行かれてしまいましたねえ」
「大丈夫ですよ、まだいっぱい果物ありましたから」
 また笑う。
 重たい雲は、進まない足取りを待つように歩を緩めてくれた。
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