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境目の子守唄

 国境沿いを守る兵士は、それほど仕事は多くはない。人がたまに通る程度の検問所の中、管理官と茶を飲んで過ごしていることがほとんど。たまに来る人に関しても、管理官がその身分と越境の為の証明書を確認する程度。エドウィンが勤める国境沿いの検問所は街の外れ、森の奥、人の出入りや無理矢理に押し入ろうとする不審者もほとんどおらず閑散としている。その日も飾りのような派手な大剣を椅子に立てかけ、人気のない森を眺めていた。
「ったく、こんだけ白ばっかの景色じゃ目ん玉まで白くなっちまう」
 はあ、と一人嫌味を吐くため息は言葉と同じく白い。雪はうっすらと降り続けている。ルストブルグはそういう国だ。常に、寒気で肌をじりじりと焼こうとする。
 この国は、人も気候も何もかもが厳しく生きづらい。どれだけの努力をしようと、どれだけの実力を身に着けようと、それが評価されることは一生ない。派手は大剣は決して飾りではない。だが、それを飾りとして扱われてしまう。だから努力をせずに楽に生きられるような道を探すしかない。そうだろう。それが、一番生きやすい道なのだ。持っている実力を中身のない飾りのように扱い、口八丁、楽に、楽しく生きる。なんと理にかなった生き方だろう。この実力も、このどす黒い腹の内も、すべて綺麗に飾って人当たりよくのらりくらりと生きるのが利口だ。
 などと考えながら、時刻はやがて夕刻。警備する兵士の交代の時間が近づいている。今日の仕事もやがて終わりかと考えながら立ち上がって伸びをすると、森の奥から白い塊が動くのが見えた。
「……」
 かたんと、投げやりに置いていた大剣を手に取る。この寒空の中置いていたのだ、手袋越しでも冷え切っているのはこの際仕方のない事。
「賊か?」
 声をかけると、白い塊はぴたりと動きを止めた。もそりと動き、塊から顔を出す。
「……違う」
 掠れて、低い声。顔を出したのは、年端も行かぬ少年だった。頭から足までを真白いぼろぼろのローブで覆い隠している。降り積もった雪をさくさくと踏み鳴らしながら、一度フードを下ろして覗かせた顔を再び深い襟で隠した。見える肌は薄ら白い。ローブからちらりと除く手足にはまともな防寒具は見えない。細い生の指が、少年の鼻をすんとすするのに触れた。
「この国の外へ行きたいんだ。頼む、出してくれないか」
 再度発せられた声は、まるで枯れているのか、掠れている。言葉の最中に小さな咳が混じるのも分かる。なるほど、理解できた。変声期を迎えたのだ。女尊男卑のこの国では、男は生きづらい。色の白さや体の細さから、この少年が変声期を迎えるまで女性のふりをして生きていたとしても不思議な事ではない。そうやって生き延びるのも一つの処世術だ。男でないというだけで、この国では人としての価値は変わるのだ。しかし変声期を迎えてしまえば、やがてその細い体も筋肉が付き、顔も丸みがなくなり始め、男だと見分けるものが増える。そして世界は冷たくなる。しかし。
「いやーすみません、国を行き来するための証がないとお通しはできなくて…おたく、そういうの持ってます? もしかしてない?」
 それはちょっとー、とわざとらしく声を上げた。少年は分かりやすく眉を寄せる。
 男が虐げられるこの国だが、国の呪いの為にそもそも男の数が少ない。鎖国、というほどでもない。が、そうやすやすと一つの種の可能性を逃がしたことが上に知られれば大目玉を食らう。
 男が生きづらいこの国を捨てて出ていきたいのは分かるぜ。だが悪いな、苦汁をなめ続けてきた男だって、それを邪魔したいんだ。
 少年が、心許なさげな顔でローブの内側の懐を探る。賄賂があろうがこの国境を通すつもりはない。そう思って構えていたが、ローブからにゅっと出てきた手が握っていたのはあまりにも小さな小袋だった。雀の涙、とまでは言わないが。リスがへそくりにしているどんぐりかという程の、手の平ほどもない小袋。
「ガキの小遣いかよ」
「これだけしかない手持ちがないんだ」
「……勘弁してくれ」
 始めに話した丁寧な口調は思わず崩れたが、少年は表情を変えず真剣な目で見つめる。こんなみすぼらしい子供にまでにこにこと笑顔を作る必要もない。大きくため息を吐いて、少年をぎっと睨んだ。
「そんなみみっちい金で危ない橋なんか渡れるかよ。さっさと戻れよ、あの地獄に」
「いいや! 私は外へ出るんだ!」
「出れねえもんは出れねえんだよ、諦めな! ガキが!」
「……っ」
 目つきを変えて初めて声を荒げる少年にエドウィンも怒鳴った。しかし、咳き込んで言い返す言葉もかき消える。
「他の兵士だって、俺と同じだよ。誰も通しちゃくれねえ。……帰れ、こんな国で他人に優しくできる余裕なんかねえんだよ」
 背を向けて検問所へ足を向けると、まだ何か言いたげな少年が追おうとする。振り返り睨みつけると、口を噤んで立ち止まった。それに背を向けて、また歩き出す。少年はそれ以上何も言わなかった。それでいい。さっさと現実を見れば良い。



 翌日にはそんなやり取りもすべて忘れていたが、検問所近くの持ち場に戻ると、例の少年が壁際の草むらの中丸まって眠り込んでいた。出勤した瞬間なんと疲れることか。
「おい、ガキ」
 言うや否や飛び起きて周囲を見回す。構わず、持ってきた折り畳みの椅子を投げるように壁際に置き、大剣も壁に立てかけてどっかりと座り込んだ。
「出さねえぞ」
「……っ」
 言葉を発する前に、先手を打つ。少年の言いたいことは把握している。こちらの言い分も、少年は理解しているはずだ。それならば、なにを問答する必要があるのか。じいっと見つめる目が視界の端から刺さる。何も言わず、持ってきた厚い本を懐から取り出して開いた。
「サボりか」
「うるせえぞガキ。他にやる事なんてないだろうがよ」
「座って本を読むだけでも、仕事があって生きていけるなら悪いことなどないさ」
「……そりゃあ、こんな国じゃあな」
 少年はまだ変声期の喉が落ち着かないのだろうか、話す言葉の合間に小さく咳ばらいをした。
 しおりを胸のポケットにしまい、開いたページに目を走らせ数ページ前を捲る。また読んでページを捲る。2、3度繰り返し、落ち着いた行から本を読み始めた。
「……」
 少年は手持無沙汰に話しかける相手もなく、エドウィンの隣にぼろ切れのような布を敷いて座り込んだ。
「何勝手してんだガキ」
「気が変わるまで待つだけだ。それと、ガキじゃない。リオンという名がある」
「知るかよ、ガキはガキだ。読書の邪魔だよ黙ってろ」
 返事もせず、リオンと名乗った少年はむくれてローブを被り頭まで覆い隠した。膝を抱えてしまえば、初めて会った時と同じく白い塊になる。本当に気が変わるまで待つつもりなのだろうか。知ったことではない。始まったばかりの勤務時間、分厚い本と、珍しい客人と共に過ごし始めた

 始めのうちはぺらりとページを捲るたび、伏せていた顔を上げてエドウィンを見上げていた。だが、目を合わさず声もかけず。本にのみ視線を落とし気付かないふりをすると、むくれてまた膝を抱えたまま顔を伏せる。子供だなあ、と思う反面、そんな子供がこんな薄着で雪の降り積もる国境沿いで立ち往生している。それが、この国の現状を体現する一つにもなるだろう。ページを捲るたび見つめる目を無視し続けると、本を1冊読み終える頃には、顔を伏せたまま動かなくなっていた。眠りこけているのか、見つめても無駄だと判断したのか。分からないが、ローブを被っただけのか細い体には、この寒さはいっそ暴力的だ。見ているだけで寒気がしてくる。
 ため息を吐くと、胸に仕舞ったしおりを挟み本を閉じた。本当に眠っているのか、顔を上げない。構わず上から羽織っていたローブを外すと、リオンの上にばさりと覆い被せた。
「なっ何…!?」
 白い塊が一瞬で黒い塊となりもそもそと動くが、顔を出したリオンはかけられたローブを手に持つと、目を見開いてエドウィンを見た。
「やるんじゃねえよ、貸すだけだ。言っとくが、この制服に合わせた特注なんだぜ、汚すなよ」
「なぜ」
「なぜもくそもあるかよ、お前、俺の目の前で風邪でも引いて死なれたら夢見が悪いんだよ」
 舌打ちも添えて、別の本を取り出した。読み終わった本をリオンに渡すが、首を振って断った。
「字など読めない。外へ出してくれれば、防寒ももういらないんだがな」
「……うるっせ」
 教育の制度も整っているこの国では識字率は高い筈だが。生き方が違えば、同じ男であってもより過酷な条件に置かれてしまうのか。
 言いながら、白いローブの上からエドウィンのローブを被る。襟元にあしらわれた毛皮が顔に触れ、柔らかさに目を細める。
「汚ったねえ顔擦り付けるんじゃねえぞ」
「稼いでるなら洗濯くらい自分ですればいい」
「ああ!? なら返せこのっ!」
「親なしの図太さを舐めるなよ」
 くっと笑ってエドウィンのローブにくるまり地面に転がった。
「ああー…ったく」
 まるでじゃれる子供だ。子供だが、その子供の笑い顔さえ初めて見る。それはそうだ、こんな薄着で大した金もなく、生まれ育った国を飛び出そうとしている。笑えるような状況ではない。
「結局、この国から出してはくれないのか」
「出さねえよ」
「なら、もう少し貸していてくれないか。夜は寒くて死んでしまいそうなんだ」
 ローブにくるまったまま、声色も変えずに聞いた。す、と背筋が撫でられたようにそわりとする。
 ああ、笑ってはいるが。この少年は、今この瞬間だけを生きている。生きるか死ぬか、限られた選択肢の中、この国で生き続ける可能性を捨ててまで、いつ力尽きるかも知れないこの凍えた場所へ来ている。
「……好きに使えよ、ガキが」
「ああ、ありがたい」
 またローブから顔を出し、目を細めて笑った。
 また、見張りの兵士の交代の時間が来る。また、夜が来る。



 その翌日は非番だったが、無性に気になって走っていつもの場所へ来た。当番の兵士が来る時間の前。同じように、草むらの中でエドウィンのローブを被り丸くなっているリオンがいた。
「……っ」
 荒ぐ息を整え、じっと顔を覗き込む。髪も肌も、何もかもが白い。血は通っているのだろうか。しかし、小さな呼吸音は確かに聞こえた。
「……は、あ――っ……」
 大きなため息とともにその側に座り込むと、すぐ様がばりと体を起こしたリオンが丸い目でエドウィンを見た。
「何、どうしたんだ……?」
「……なんでもねえよ」
「ローブならまだ返さないぞ、外へ出してくれる時と引き換えだ」
「んっのクソガキめ……っ!!」
 また息を吐き、胸を撫でた。
 何を気にしてここまで来てしまったのだろう。前日見た顔とそう変わらない。いっそ昨日よりも防寒具を手に入れた分、体は縮こまっていないように見える。もう変声期の喉も落ち着いてきたのか、話しにくそうな掠れ声や咳払いはない。男性の声になっていた。見た目はまだ少年のままだが、声だけは大人のものだった。
「くっそ……心配して損した、今日非番なんだよ、帰るわ」
「じゃあ別の兵士に頼めば良いのか」
「通すわけねえだろ」
 くるりとリオンに背を向けた。間違えて出勤してしまったとでも言って、検問所の詰所に行って朝飯でも食べて帰ろう。そう思いながら、ぴたりと足を止めた。ここは街からも離れた国境沿い。リオンはほぼ身一つで出てきている。まともに食事はしているのか?
 ぐるりと振り向くと、再び草むらの中に隠れかけていたリオンがびくりと肩を跳ねさせた。
「どっどうした」
「飯、どうしてんだよ」
「3日くらい何も口に入れずとも平気だ」
 けろりと、何でもないように言い放った。目眩がする。分厚い雪をざくざく踏み鳴らし、寝転がろうとする体を立たせてその手首を掴み歩き出した。並んで歩くと、長身の男と少年では思った以上に体格に差がある。ふらつきながら、エドウィンの歩幅に合わせてリオンが歩を速めた。
「ついてこい、お前に今必要なのは越境よりも何よりも、暖かい部屋と健康的な食いもんだ」
 それよりも外へ出せ、とでも言うものと思ったが。何も言わず、手を引かれるままに後ろをついてくる。生意気な態度や反抗の声はない。ただ黙って、ついてきた。

「間違って出勤しちゃいましたよー、うっかりしてました。道中で迷子も拾っちゃいましたし。あっははっ!」
「……」
 いつもよりも格段に高く、邪気の抜けたエドウィンの声。自分の前でだけ吐くあの毒は一体何なのかとちらりと視線を投げてよこすが、華麗に受け流して検問所に出勤したばかりの同僚達とのの会話に花を咲かせている。
「へえ、迷子か。こりゃまた随分遠くまで来たもんだなあ」
 エドウィンと同じ制服を着た人懐っこい笑みの男が、ぐしゃりとリオンの頭を撫でた。先に見たエドウィンの例もある、誰が猫を被っているのか化けの皮を被っているのか見分けがつかない。促されるまま、暖炉の前へと連れていかれソファに座らされた。隣にどっかりとエドウィンが並んで腰かけ、スープの入ったカップを手の平に置かれた。膝には拳ほどの丸いパンを置かれる
「どうぞ、外は寒かったでしょう」
 にこにこと笑ったままそう投げかけてくるが、慣れない態度にそっぽを向くと脇腹を肘で押された。
「うっ」
「ほらほらお腹空いているでしょう、いくらでもおかわりはありますからね、遠慮しないで食べてくださいよ~!」
 側からの圧力が重い。脇腹を突く腕をぐいぐいと押しのけながら、促されるままスープにちびりと口を付けた。舌よりも少し熱いくらいの、滑らかな白いスープが口の中に広がる。一口分含むと、カップから口を離して口の中でもぐもぐと噛む様に唾液と混ぜ合わせる。久しぶりに口に含む味のあるものに、頬がしびれるのではないかと思わず口に手を当てた。眉をしかめて、染み出る唾液と共に飲み下す。
 カップを持つ手をテーブルに持っていくと、エドウィンが大げさに声を上げた。
「ええっもう良いんですか? まだまだありますよ、どうぞ遠慮しないで!」
 慣れない口調に気味の悪さを感じるが、背後の同僚たちは各々椅子や個人の荷物を持ち始め、部屋を出る準備をしていた。エドウィンも同じく、背後の様子をうかがっている。にこにこした顔のまま薄目で周囲を見る目は、見慣れた厳しい目線だった。
「んじゃあ俺達は仕事に入るわ、迷子はよろしくな」
「はい、いってらっしゃい」
 にこにこと、ついでに手まで振って見せて。ドアが閉まった瞬間、仮面ががらりと壊れたかのように疲れた顔でソファにどっかりと凭れかかった。
「好き嫌いすんじゃねえよガキが」
「いつもの顔に戻ったな」
「よく黙ってたじゃねえか」
 立ち上がり、スープといくつかパンを入れたバスケットを持ってまたソファに座り足を組んだ。ずずずっと音を立ててスープを啜り、パンをちぎりもせずかじりつく。数度噛んだ直後流し込む様にまたスープを啜り、パンをかじる。行儀が良いとは言えないが、見ている相手は一人。構わないだろう。
 横で見ながら、真似をするようにリオンもまたカップを手に取り口を付けた。音はそれほど立たない。一口含むごとに、ゆっくりと飲み下す。合間にパンをかじり、もくもくと噛んだ後スープを口に含み、また噛んで飲み下す。
 エドウィンがパンを4つ食べてスープを3杯飲む間に、リオンは最初に受け取ったパンとスープのみをゆっくりと食べきった。
「嫌いな訳じゃねえのか」
「……食べられないものは、そんなにはない」
「じゃあ何だったんだよ。つーかそれで足りんのかよ」
 まだパンの残るバスケットを差すが、首を振った。言いにくそうに、少し口ごもる。
「文字を読めないと言ったろう。同じように、食事の仕方が分からない」
「……ああ?」
「街中でものを買ったり売ったりするだけなら、男なのかも女なのかも分からないように振舞えば何も困らなかった。だが、食事はマナーというものがあるんだろう。行儀が悪ければ育ちを疑われる」
「……ああ、そうか」
「まともな教育など受けてはいない、人の食べかすを拾って生きてきたようなものだ。行儀が悪ければ、人とは違うと思われる。生きづらくなる。それは恐ろしいことだ」
「ああ……生きづらいよなあ」
 頷いた。普通に生きている人に紛れて生きるには、ルストの男は生き方がいびつ過ぎる。表の顔と裏の顔を使い分ける者、まともな教育を受けず、人に混ざれない者。
「なんで…そんなに、外へ出たいんだよ」
「それは……」
「今の子供のままではできない事が、男でも大人になれば仕事としてする事が出来る。まあ、反吐が出る女共の目線の下で、だろうけどな。なんで生きるか死ぬかを賭けるみたいに生きんだよ」
「何を誤解している?」
「あ?」
 真剣に聞いたつもりだったが、不思議そうな顔に思わず素っ頓狂な声を上げた。
「この国を捨てて出ていく、とは考えていない。私は、この国の外へ行ってもっと広い世界を見たいだけだ」
「広い世界だあ?」
 頷いた。どこから出したのか、ローブの内側から小さな筒を取り出した。どこの国のものだろうか、筒にはいくつか穴が開いている。その穴に指先を添わすように持ち、エドウィンを見上げる目を輝かせた。
「街へ、他国の吟遊詩人が来ていたんだ。自由で、心が豊かで、あまりにも楽し気で。私も、そう生きたい。外の世界を見たいんだ。誰にも縛られず、誰かのために歌って。そういう生き方をしてみたい」
「吟遊詩人、ねえ」
 そのような者が入国すれば兵士たちの噂話に上がるのだろうが、露とも耳に入っていない。首をひねるが、リオンはあまりにも楽し気に続けた。
「機械の国、騎士の国、宗主国、草原の国、島国…まだまだ色々な場所があると聞いた。見たことないものを見て、聴いたこともない音を聴きたい。人々を知りたい。この国に縛られているよりも、ずっと素晴らしい生き方じゃないか」
「お前みたいな偏屈は、知恵でも付けりゃ学者にもなれそうなもんだけどな」
「興味がない」
 つんと言い、そっぽを向いた。変わり者ではあるが、興味がある一つの事に対して生命力の全てを傾ける。きっとそういうタイプの人間なのだろう。
「じゃあ、楽器でも弾けんのか。その笛とか」
「楽器はあとこれもあるが、どれも弾き方など分からない」
 また懐から取り出したのは、タンバリン。持っているだけでやかましそうなものだが、見るとシンバルを固定するよう局所を紐で固定していた。音を鳴らさずに生きる必要があったのかは分からないが、やはり頭は回る。
「タンバリンなんかどこで手に入れたんだっつー」
 吟遊詩人になりたいと言って、持っているものがタンバリンと笛だけとは笑わせる。それでも、輝く目はやはり未来を見つめていた。
「拾った。好きなんだ、音がきらきらして」
「はっ、よくわかんねえよ。楽器も弾けねえ吟遊詩人か。なら歌は歌えるのか」
「小さな頃に、母が歌った子守歌ならば」
 笑いを通り越して思わず頭を抱えた。なんとレパートリーの少ない事か。これで本当にこの国の外でやっていけるつもりなのか。頭の回転は良いと思っていたが、もしや見当違いも甚だしい結果だったか。
「そうだな、ちょっと歌ってみろ」
「こんな朝に子守歌をか」
「お前のせいで早起きして眠いんだよ、良い時間だろ」
 言ってソファにのしっと背中を預けると、逆にリオンは背筋を伸ばした。迷うように宙へ目を泳がせ、ちらりとエドウィンへ視線を投げる。いいから歌えと促すと、ぐっと息を飲んで咳ばらいを一つした。細い体のどこに仕舞うつもりなのか、息を大きく吸う。
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