歌い踊る
弦が六つのリュートを、人差し指にはめた分厚い爪でかき鳴らす。じゃらんとなる弦は軽やかに、リオンがストロークするのに合わせて弾ける。並んだ弦が全部一緒に弾かれて、違うはずの音を重ねて一つの和音になる。
ザンゲツが、地面に足先をついた。飛ぶように軽やかにその足先で飛び上がり、艶やかな白の着物をはためかせて頭上の木の葉を蹴り上げる。リオンの音と重なるように、葉に集めた雫がぱらりと飛び散る。振られる杖は厳かに、焚き火の火を照らし返して夜の森の空気を切り裂いた。
じゃらんと鳴る音と地を蹴る音。リオンが奏でザンゲツが踊る。
弾ける焚き火の音さえ割り込む事をやめたかのように、静かに地面に灰を落とす。
シェンメイは先程までイネスの膝でうつらうつらと瞼を重くしていたが、ザンゲツの地の音に目を覚ますと飛び起きて眺めていた。手で拍子を取るでもない。楽しげな二人の様子を、シェンメイも楽しげに眺める。時折始まるこの遊びのような空気が好きだった。この時間は皆がリオンとザンゲツに集中する。一つの空気を共有する、この時間が好きだった。
ナサリオは静かにリオンの音に耳を傾けていた。先程までも楽しげに楽器を弾いていたが、ザンゲツに目配せをした直後、リズムの取りやすい三拍子の曲調に変えた事に気付く。ザンゲツは立ち上がる様すら一つの所作のように。舞うように戦う普段の動きと似通う部分はあるが、リオンが奏でている間はまるでその歌のためにあつらえたような戦神の足取りを見せる。リオンの音色に合わせ地を踏み鳴らし雨上がりの雫を弾けさせる様は、まるで森の音を呼び出し纏っているようにさえ見えた。
エドウィンは酒を一口煽ると、リオンの音色に合わせて指先でととん、と拍子を取った。自らは歌えもしない、楽器を奏でる事もできない。強いて言うならばザンゲツと同じように武器を振り回す事くらいはできるだろうが、リズム感など、あるかどうかもわからない。酒を飲み眺めていれば体がそわそわと疼くが、それがなんなのか。ただ、眺めながら飲む酒は何よりも美味かった。
イネスはリオンの楽器の音よりも楽器の使い方を眺める。数ある人間の楽器を多く扱うリオンは、見ていて飽きる事はない。なるほど、その楽器は弦を全部同時にかき鳴らすものか。左手のフレットに添える指使いは練習が必要だな。リオンはそれほど練習したのか、と。リオンの側でまだ片付けられていない楽器にも目を落とす。この曲が終わったら次はあの楽器での曲をリクエストしてみよう。
リオンが一つ、目配せした。イネスがぱっと顔を上げ、嬉しげにリオンの楽器の一つを手に取り奏で出した。じゃらんと鳴らすリュートに合わせハープを指先でぽろりぽろりと爪弾いていく。いつも眺めているこれならば弾き方は分かる。人の楽器は多彩な音が鳴る。新たな和音に、楽しくてふわりと笑った。
更に目配せを一つ。今度はシェンメイが笑顔を見せた。どうせ熱くなるからと分厚いマントは脱ぎ捨てて、和音の海へ軽い身のこなしで飛び込んでいく。海賊の誇りである帽子と剣は携えて。厳かに舞うザンゲツと対照的、手元でくるりくるりと回させる剣と同じようにくるりくるり舞い踊る。楽しくなって、ついには歌う。リオンも笑った。新たな和音に空気が変わる。
それならばとナサリオが呪文を唱え呼び出したのは召喚獣。きらり、焚き火以外の光が森を照らす。シェンメイの周囲をルーンカルツが飛び回る。歌声に鳴き声が混じる。観客が増えた。焚き火を囲む大小様々な獣達は歌い踊る中に、はじゃぐよう美しい体をくるりとひらめかせた。
リオンの目配せに困ったのはエドウィンだった。楽器も歌もできはしない。剣を振り回すしかない男に何を求めるのか。惑う目の前、ザンゲツがわざとらしく笑う地を蹴る音が鳴り響く。木に立てかけていたエドウィンの大剣をざくりと足元の土に突き立て、舞い踊る中指先で焚き火への舞を誘う。求められても、できなくても文句は言うなよ、と言わんばかりに。引き抜いた剣を両手で持っては見よう見まね。剣術の型のように、長い刀身にきらりと光を返して剣を振るう。なるほど、先程シェンメイが上着を脱ぎ捨てた理由が分かる。すぐにローブを脱ぎ捨て、挑発したザンゲツへ刃先を向けて足を踏み鳴らした。
歌い踊り、様々な音が鳴る。様々な者が舞う。まるで神聖な儀式をしていたような焚き火が、祭りの中心のように様変わりした。誰の顔にも笑みがある。こんな夜も悪くはない。
ザンゲツにまた目配せしすると、エドウィンとまるで剣舞を見せていた手を早めリオンとともに拍子を早めた。シェンメイの歌も早く、リズムを刻み始める。
リオンのリズムに合わせた足音が、武器が重なる金属音が、きらきらと森の空気を輝かせる。終わり時などわからない。
静かで賑やかな宴は、シェンメイが盛大に躓いて転ぶまで続いた。
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