第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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どれくらいか時間が経ち、乱れたりおの呼吸が整い出す。
「りお?」
赤井は静かに名を呼んだ。
「しゅ…ちさ…」
ようやく、小さな声で返事が返って来た。
ザザザ——……
外は激しい雨になっていた。窓ガラスに雨粒がぶつかる音がリビングに響く。
「…落ち着いたか?」
「ん……」
フッと緊張が解け、りおの体は脱力した。その体が崩れ落ちないように、赤井はりおの体を強く抱きしめる。
立てそうか? という問いかけに、りおは首を横に振った。
「そうか…なら、俺がベッドまで連れて行こう」
「ううん。一人になりたくないの…だから…ここで、こうやって…抱きしめてて…」
りおは赤井の胸元に顔をうずめるようにしてつぶやいた。
「フッ。それくらいお安い御用だ」
赤井はそのままリビングの床に座り込むとソファーに背中を預け、りおを自分の胸の方へ抱き寄せる。
「お前の気が済むまで、こうやって抱きしめててやるよ」
りおの耳元でささやくと、その額にキスをした。
カチ…、カチ…、カチ…
時計の秒針の音が部屋に響く。
赤井はりおを抱いたまま、いつの間にかうつらうつらとしていた。
ハッと目を覚ますと外はすっかり日が落ち、部屋の中はうす暗い。
自分の胸元に顔を寄せたまま完全に脱力しているりおを見る。赤井はりおの呼吸音に耳を傾けた。
「……」
スースーと規則正しい音が聞こえる。どうやら眠っているようだ。
(さっきのアレは…PTSDの発作か? おそらく両親の死を思い出したことが原因だな…)
赤井はふぅ、と小さく息を吐く。
大人になるまで、その記憶は守られていた。もしあの時記憶を失わなかったら、幼いりおは心を壊し、普通の生活は送れなかったかもしれない。
(精神面を考えれば、思い出さない方が良かったのかもしれない。しかし…それでは両親が託したものは永遠に闇の中——。
これで良かったのだろうか。俺には分からないよ……)
赤井はそっとりおの頭を撫でた。
りおを寝室へ運び、リビングへと戻った赤井はチョーカーを付け、冴島に連絡した。
『やはり……発作を起こしたか』
電話の向こうで冴島はため息交じりにつぶやいた。
「はい。夕方の雷の音と光がキッカケだと思われます。その後から様子が変わって…」
落雷からの状況を話すと「そうか…」と言ったまま、しばらく冴島は黙り込む。
『俺もジェームズが言うようにアメリカで治療した方が良いと思うんだが、りおは言い出したら絶対にきかないしな。あの頑固さは誰に似たんだか……。
とりあえず状況は分かった。他に何か方法が無いか考えるよ。
君はりおのそばに居てやってくれ』
頼んだよ、という言葉を最後に電話は切れた。
(新たなPTSDの発作か…。治療は再び振り出しだな)
スマホをテーブルに置き、赤井はリビングの窓辺に立つ。雨はすでに止み、空には所々星が見える。
(記憶が戻ったことで、潜在意識の中でのせめぎ合いは解消された。《血液》に対する過剰反応もだいぶ落ち着いている。だが……)
『パパが…ママが……燃えている…』
記憶が戻った時、確かにりおはそう言った。人が生きたまま炎に焼かれる。しかもそれが自分の両親だった。その様子を幼いりおは見ていたのだ。
どれほどの衝撃だっただろうか。
だからこそ、その記憶を心の奥底に閉じ込めていたのだ。
凄惨な場面も。
両親の存在自体も。
(それを思い出して…はたして彼女は精神を保っていれるのか?)
ふう…と小さく息を吐き、赤井はカーテンを閉めた。
ガタッ…
「ッ!」
小さな物音に、赤井が振り返る。
ギィ…
ゆっくりとリビングのドアが開いた。フラフラとおぼつかない足取りでりおは中へと入る。
「起きたのか…」
「うん……秀一さん、ずっと抱きしめてくれていたのね。一度目が覚めた時、あなたの腕の中だった」
「ああ。だが…さすがに部屋も冷えてきたし、熱をぶり返してもいけないと思ってね。部屋に運んだんだ。
お前の気が済むまで、と言っていたのにすまんな。今、冴島さんに連絡をしていたんだよ」
りおに近づき、赤井はその肩を抱く。座ろうか、とソファーへと促した。
「気分はどうだ?」
隣同士に座り、赤井はりおの顔を覗き込んだ。
「うん…大丈夫よ。倦怠感はあるけど、動けないほどじゃないし…。私ね……思い出したの。両親に言われたことも、二人が目の前で亡くなったことも。でも……」
りおはギュッと唇を噛んだ。
「父と作った『でたらめなお話』が思い出せない……。
《ペンダントを持って冴島とジェームズに会い、その『お話』をしろ》
両親が託した最期の言葉。やっとその言葉を思い出したのに…肝心なことが思い出せない。20年経っても…まだその約束を守れないなんて…」
りおの目から再び涙が零れる。
苦しげに、そして切なげに歪められる顔は、赤井の心も締め付けた。
「焦るな、りお。まずはお前の心のケアの方が大事だ。『お話』の事はゆっくり……」
「ねえ、秀一さん。両親は何を伝えたかったのかな? 教官たちに何を伝えて欲しかったんだろう。
20年も経ってしまって…もしかしたら、もう必要ない情報かもしれない。それがもっと早く伝えられていれば、助かった命もあったのかもしれない。
私が忘れている間に……本当に必要な情報が伝わらずに……私のせいで…」
りおの涙は止まることなく流れ続ける。そして自分を責める言葉も。
「もう何も言うな」
嗚咽をもらし震える肩を、赤井は強く抱きしめた。
「そんなに自分を責めるな。そんなお前の姿をご両親が見たらどう思う? 娘に辛い思いをさせたくて、お前に何かを託したわけでは無いだろう?」
赤井はりおの肩越しに、言い聞かせるように言葉を継ぐ。
「走っている車から幼い娘を脱出させる。それだって一か八かの賭けだ。
自分たちは死を覚悟していた。仮に娘が脱出に成功したとしても、自分たちが死んだ直後、組織の人間がその生存を知れば命を狙うだろう。
それだって想定していたはずだ。とすれば、情報が伝わるかどうかは50:50。夫妻にとって大きな賭けだったんだ。例え月日が経とうとも、伝わったことに意味がある。
だからゆっくり思い出せば良い。きっとご両親も、それを笑顔で待ってくれている」
「しゅ…いちさん…」
「だから…もう泣くな。俺はお前の涙に弱いんだよ…」
トントンと子どもをあやすようにりおの背中を叩く。コクリとりおが小さくうなずいた。
どれくらいか時間が経ち、乱れたりおの呼吸が整い出す。
「りお?」
赤井は静かに名を呼んだ。
「しゅ…ちさ…」
ようやく、小さな声で返事が返って来た。
ザザザ——……
外は激しい雨になっていた。窓ガラスに雨粒がぶつかる音がリビングに響く。
「…落ち着いたか?」
「ん……」
フッと緊張が解け、りおの体は脱力した。その体が崩れ落ちないように、赤井はりおの体を強く抱きしめる。
立てそうか? という問いかけに、りおは首を横に振った。
「そうか…なら、俺がベッドまで連れて行こう」
「ううん。一人になりたくないの…だから…ここで、こうやって…抱きしめてて…」
りおは赤井の胸元に顔をうずめるようにしてつぶやいた。
「フッ。それくらいお安い御用だ」
赤井はそのままリビングの床に座り込むとソファーに背中を預け、りおを自分の胸の方へ抱き寄せる。
「お前の気が済むまで、こうやって抱きしめててやるよ」
りおの耳元でささやくと、その額にキスをした。
カチ…、カチ…、カチ…
時計の秒針の音が部屋に響く。
赤井はりおを抱いたまま、いつの間にかうつらうつらとしていた。
ハッと目を覚ますと外はすっかり日が落ち、部屋の中はうす暗い。
自分の胸元に顔を寄せたまま完全に脱力しているりおを見る。赤井はりおの呼吸音に耳を傾けた。
「……」
スースーと規則正しい音が聞こえる。どうやら眠っているようだ。
(さっきのアレは…PTSDの発作か? おそらく両親の死を思い出したことが原因だな…)
赤井はふぅ、と小さく息を吐く。
大人になるまで、その記憶は守られていた。もしあの時記憶を失わなかったら、幼いりおは心を壊し、普通の生活は送れなかったかもしれない。
(精神面を考えれば、思い出さない方が良かったのかもしれない。しかし…それでは両親が託したものは永遠に闇の中——。
これで良かったのだろうか。俺には分からないよ……)
赤井はそっとりおの頭を撫でた。
りおを寝室へ運び、リビングへと戻った赤井はチョーカーを付け、冴島に連絡した。
『やはり……発作を起こしたか』
電話の向こうで冴島はため息交じりにつぶやいた。
「はい。夕方の雷の音と光がキッカケだと思われます。その後から様子が変わって…」
落雷からの状況を話すと「そうか…」と言ったまま、しばらく冴島は黙り込む。
『俺もジェームズが言うようにアメリカで治療した方が良いと思うんだが、りおは言い出したら絶対にきかないしな。あの頑固さは誰に似たんだか……。
とりあえず状況は分かった。他に何か方法が無いか考えるよ。
君はりおのそばに居てやってくれ』
頼んだよ、という言葉を最後に電話は切れた。
(新たなPTSDの発作か…。治療は再び振り出しだな)
スマホをテーブルに置き、赤井はリビングの窓辺に立つ。雨はすでに止み、空には所々星が見える。
(記憶が戻ったことで、潜在意識の中でのせめぎ合いは解消された。《血液》に対する過剰反応もだいぶ落ち着いている。だが……)
『パパが…ママが……燃えている…』
記憶が戻った時、確かにりおはそう言った。人が生きたまま炎に焼かれる。しかもそれが自分の両親だった。その様子を幼いりおは見ていたのだ。
どれほどの衝撃だっただろうか。
だからこそ、その記憶を心の奥底に閉じ込めていたのだ。
凄惨な場面も。
両親の存在自体も。
(それを思い出して…はたして彼女は精神を保っていれるのか?)
ふう…と小さく息を吐き、赤井はカーテンを閉めた。
ガタッ…
「ッ!」
小さな物音に、赤井が振り返る。
ギィ…
ゆっくりとリビングのドアが開いた。フラフラとおぼつかない足取りでりおは中へと入る。
「起きたのか…」
「うん……秀一さん、ずっと抱きしめてくれていたのね。一度目が覚めた時、あなたの腕の中だった」
「ああ。だが…さすがに部屋も冷えてきたし、熱をぶり返してもいけないと思ってね。部屋に運んだんだ。
お前の気が済むまで、と言っていたのにすまんな。今、冴島さんに連絡をしていたんだよ」
りおに近づき、赤井はその肩を抱く。座ろうか、とソファーへと促した。
「気分はどうだ?」
隣同士に座り、赤井はりおの顔を覗き込んだ。
「うん…大丈夫よ。倦怠感はあるけど、動けないほどじゃないし…。私ね……思い出したの。両親に言われたことも、二人が目の前で亡くなったことも。でも……」
りおはギュッと唇を噛んだ。
「父と作った『でたらめなお話』が思い出せない……。
《ペンダントを持って冴島とジェームズに会い、その『お話』をしろ》
両親が託した最期の言葉。やっとその言葉を思い出したのに…肝心なことが思い出せない。20年経っても…まだその約束を守れないなんて…」
りおの目から再び涙が零れる。
苦しげに、そして切なげに歪められる顔は、赤井の心も締め付けた。
「焦るな、りお。まずはお前の心のケアの方が大事だ。『お話』の事はゆっくり……」
「ねえ、秀一さん。両親は何を伝えたかったのかな? 教官たちに何を伝えて欲しかったんだろう。
20年も経ってしまって…もしかしたら、もう必要ない情報かもしれない。それがもっと早く伝えられていれば、助かった命もあったのかもしれない。
私が忘れている間に……本当に必要な情報が伝わらずに……私のせいで…」
りおの涙は止まることなく流れ続ける。そして自分を責める言葉も。
「もう何も言うな」
嗚咽をもらし震える肩を、赤井は強く抱きしめた。
「そんなに自分を責めるな。そんなお前の姿をご両親が見たらどう思う? 娘に辛い思いをさせたくて、お前に何かを託したわけでは無いだろう?」
赤井はりおの肩越しに、言い聞かせるように言葉を継ぐ。
「走っている車から幼い娘を脱出させる。それだって一か八かの賭けだ。
自分たちは死を覚悟していた。仮に娘が脱出に成功したとしても、自分たちが死んだ直後、組織の人間がその生存を知れば命を狙うだろう。
それだって想定していたはずだ。とすれば、情報が伝わるかどうかは50:50。夫妻にとって大きな賭けだったんだ。例え月日が経とうとも、伝わったことに意味がある。
だからゆっくり思い出せば良い。きっとご両親も、それを笑顔で待ってくれている」
「しゅ…いちさん…」
「だから…もう泣くな。俺はお前の涙に弱いんだよ…」
トントンと子どもをあやすようにりおの背中を叩く。コクリとりおが小さくうなずいた。