第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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ビーチラインの事故があった日の夜。
首都高近くの港——
倉庫街の一角に一台のバイクが滑り込む。廃倉庫の前まで来るとバイクを止め、ライダースーツを着た女がヘルメットを外した。
黒く長い髪が流れるように肩にかかる。女はヘルメットをミラーにかけると、サッと髪を束ねた。
バイクを降り、人ひとりがやっと通れる小さなドアを開けて倉庫の中へ歩みを進める。鉄筋の階段まで来たところで床にひざまずいた。
床にあるのは錆びた鉄製の扉。それに手を掛け、ゆっくりと引き上げる。するとそこに、地下へと続く階段が現れた。女はその階段を躊躇なく下りて行った。
地下は外観からは到底想像できないような近代的な空間が広がっている。まるで要塞のような頑丈な造りの廊下を進み、女は大きな扉の前に立つ。
セキュリティーシステムを覗き込むと、虹彩認証でカチリとロックが開いた。自動でドアが開く。
そのまま部屋に入ると、ひとりの男が大きなデスクに両ひじをつき、両手を組んでいた。
彼の後ろには一際大きな人物写真が掲げられている。
「お呼びでしょうか」
男と写真の前で姿勢を正した女の胸元には、青いピンバッチが光っていた。
それから数日が経ち——
今日は土曜。海へのドライブ後、りおは大学の仕事を終えると真っすぐ工藤邸に帰るようになった。
これまで集めた情報をまとめ、オンラインで風見と情報交換を行ったり、赤井と考察を重ねている。
しかし捜査の甲斐なく、尾沼を殺害した犯人は起訴された。今後事件の究明は警察ではなく司法の場へと移る。
「何かしら大きな力が働いている事は疑いの余地が無い。それを明らかにして本来の真相を突き止めるのが俺たちの仕事だ」
肩を落とすりおに赤井はそう励ます。
「……うん、そうだね。諦めずに捜査を続けるわ」
強い決意をにじませ、りおは赤井の顔を見た。
「フッ、良い顔だ」
赤井も微笑んでりおの肩に手を置いた。
「ん? お前……体冷えてないか?」
偶然触れた頬が冷たく感じ、赤井はりおの手を握る。
「ずいぶん冷えているな……。部屋寒かったか?」
「え? そう? 特に寒さは感じなかったけど…。強いて言えば…少し頭が痛い…かなぁ」
「モバイルに向かってばかりで動かないのもいけないな。休憩しよう。コーヒー淹れてくる」
赤井はポンッとりおの頭に手を置いて、ソファーから立ち上がる。少し横になっていろ、と言ってリビングを出て行った。
「ふ~。確かにPCに向かってばっかりだったから、目も肩も痛いな……。頭痛も冷えもそのせいか」
りおは肩に手を当て、首を前後左右に動かした。その時——
ツキンッ…
右のこめかみに鋭い痛みが一瞬だけ走る。
「ッ、痛ッ!」
チカッ、チカッ、っと目の奥に光が走った。その光が点滅するのと同時に、オレンジ色の景色が一瞬だけ脳裏をよぎる。まるで炎の中にいる様な、オレンジ色の世界。
(うっ…、な、何…? 今の…)
ズキズキと脈打つような頭痛を感じ、りおはソファーにゆっくりと倒れ込む。頭を押さえ、痛みが過ぎ去るのを待った。
「りお? コーヒー入ったぞ」
赤井の声でりおは目を覚ます。どうやら少し眠っていたらしい。先程の頭痛はウソのように治まっていた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
ゆっくりと起き上がるりおの顔が少し青い。
「あ、ううん。PC仕事のせいで肩こり酷いの。頭痛はそのせいかな。少し横になったらラクになった」
痛みは短時間。同じ姿勢でいたことが原因だろう。
りおは赤井に心配を掛けまいと、先程の事は黙っていることにした。
「そうか。なら良いんだ。さあ冷めないうちにどうぞ」
「わあ、嬉しい。ありがとう秀一さん」
今日のカフェオレは先日のカフェで買った豆だぞ、と得意げに言う赤井を見て、りおは嬉しそうにカップを手に取った。
その日の夕方——
安室のスマホが震えた。
ちょうどポアロのシフトが終わり、RX-7に乗り込もうと思ったところだった。
安室はポケットからスマホを取り出す。車に乗り込み、着信をタップした。
「はい」
『トール(透)? 俺だ。急ぎの要件がある。今大丈夫か?』
電話の相手は情報屋のルークだった。
「ええ。大丈夫です。で、急ぎの要件とは?」
安室はピリッとした緊張感をにじませ、問いかけた。
『先程アメリカの俺の仲間から連絡が来た。アロン・モーリスが日本時間の今朝、アメリカを出国したようだ。行き先は日本。どうやら動き出したぞ』
「なにッ!?」
ルークもわずかに緊張しているようだったが、それを逆に楽しむかのように声を弾ませる。
『到着は今夜。おそらくジンと接触する』
「ああ。ジンとアロンが何をするつもりなのか……それを早く突き止めなければ」
安室はギリッと奥歯を噛みしめた。組織は何か大きな事を始めようとしている。手遅れになる前に何とかしないと。その為の公安警察なのだから。
安室のこめかみから汗が流れる。珍しくわずかな焦りを感じていた。
『トール。今はまだ報告出来る段階ではないが……アロンには秘密がある。
アロンとジンが何を企んでいるのかも含めて俺も探っているから、確定し次第全て君にも報告する。だから、まずはアロンの潜伏先だけでも公安で突き止められるか?』
ここまで来て焦りは禁物だ。ルークは安室のプライドを傷つけぬよう、互いの役割分担をやんわりと提示した。
「ええ。大丈夫です。さすが……何度も死線を潜り抜けた元暗殺者であり元FBI。お陰で冷静になれました」
ルークの意図を正しく読み取った安室の言葉に『元元って言うなよ~』とルークはいつもの軽口で返した。
そんな砕けた会話も、彼なりに自分(安室)の緊張を解きほぐしてくれているのだろう。
「あなたにはいつも助けられる」
安室はフッと口元を緩め、礼を言った。
同日22時——
公安警察は都内のあるホテルを監視下に置き、張り込んでいた。今回の任務は身柄確保ではない。あくまでもジンと接触したアロンを追跡し、日本での潜伏先を特定することだ。
『A班、準備完了』
『B班、準備完了』
「了解。各班俺の指示があるまでそのまま待機」
部下の応答を聞き、風見が指示を出した。
(今回降谷さんは《バーボン》として組織側の護衛に付いているため、迂闊に指示を仰げない。俺がすべてを仕切らなければ……)
風見のこめかみから汗が流れる。その上、今日はいつもフォローしてくれる広瀬が捜査から外れている。
万が一公安の張り込みがバレ、そこに彼女の姿があればNOCだとバレてしまうからだ。
緊張で風見の胃が痛む。
「ふ~ぅ……」
風見は自身を奮い起こすように大きく息を吐き、背筋を伸ばした。
その頃、バーボンはワイヤレスヘッドセットを耳に差し込み、ジンの指示を待っていた。
程なくして、わずかなノイズの後にジンの声で通信が入る。
『聞こえるかバーボン』
「ええ。良く聞こえます。あなたは今どちらに?」
ジンがアロンとの密会に選んだホテルから、やや離れたビルの屋上でバーボンは周辺を監視していた。
『今、ウォッカと共にホテルに入った。周りに俺たちを狙うネズミ共が居ないかよく見張っておけ。おかしな奴がいたらコルン達に知らせろ。ドブネズミの始末は二人がつける』
「了解」
敵の多いジンは、常に命を狙われる可能性がある。そういった刺客を警戒しているのだろう。
バーボンは双眼鏡を手にして辺りを見回す。
ホテルの表と裏には、公安刑事たちが変装して張り込んでいるのが見えた。
(頼んだぞ、風見)
バーボンは心の中で部下の名を呼び、全てを彼に託した。
首都高近くの港——
倉庫街の一角に一台のバイクが滑り込む。廃倉庫の前まで来るとバイクを止め、ライダースーツを着た女がヘルメットを外した。
黒く長い髪が流れるように肩にかかる。女はヘルメットをミラーにかけると、サッと髪を束ねた。
バイクを降り、人ひとりがやっと通れる小さなドアを開けて倉庫の中へ歩みを進める。鉄筋の階段まで来たところで床にひざまずいた。
床にあるのは錆びた鉄製の扉。それに手を掛け、ゆっくりと引き上げる。するとそこに、地下へと続く階段が現れた。女はその階段を躊躇なく下りて行った。
地下は外観からは到底想像できないような近代的な空間が広がっている。まるで要塞のような頑丈な造りの廊下を進み、女は大きな扉の前に立つ。
セキュリティーシステムを覗き込むと、虹彩認証でカチリとロックが開いた。自動でドアが開く。
そのまま部屋に入ると、ひとりの男が大きなデスクに両ひじをつき、両手を組んでいた。
彼の後ろには一際大きな人物写真が掲げられている。
「お呼びでしょうか」
男と写真の前で姿勢を正した女の胸元には、青いピンバッチが光っていた。
それから数日が経ち——
今日は土曜。海へのドライブ後、りおは大学の仕事を終えると真っすぐ工藤邸に帰るようになった。
これまで集めた情報をまとめ、オンラインで風見と情報交換を行ったり、赤井と考察を重ねている。
しかし捜査の甲斐なく、尾沼を殺害した犯人は起訴された。今後事件の究明は警察ではなく司法の場へと移る。
「何かしら大きな力が働いている事は疑いの余地が無い。それを明らかにして本来の真相を突き止めるのが俺たちの仕事だ」
肩を落とすりおに赤井はそう励ます。
「……うん、そうだね。諦めずに捜査を続けるわ」
強い決意をにじませ、りおは赤井の顔を見た。
「フッ、良い顔だ」
赤井も微笑んでりおの肩に手を置いた。
「ん? お前……体冷えてないか?」
偶然触れた頬が冷たく感じ、赤井はりおの手を握る。
「ずいぶん冷えているな……。部屋寒かったか?」
「え? そう? 特に寒さは感じなかったけど…。強いて言えば…少し頭が痛い…かなぁ」
「モバイルに向かってばかりで動かないのもいけないな。休憩しよう。コーヒー淹れてくる」
赤井はポンッとりおの頭に手を置いて、ソファーから立ち上がる。少し横になっていろ、と言ってリビングを出て行った。
「ふ~。確かにPCに向かってばっかりだったから、目も肩も痛いな……。頭痛も冷えもそのせいか」
りおは肩に手を当て、首を前後左右に動かした。その時——
ツキンッ…
右のこめかみに鋭い痛みが一瞬だけ走る。
「ッ、痛ッ!」
チカッ、チカッ、っと目の奥に光が走った。その光が点滅するのと同時に、オレンジ色の景色が一瞬だけ脳裏をよぎる。まるで炎の中にいる様な、オレンジ色の世界。
(うっ…、な、何…? 今の…)
ズキズキと脈打つような頭痛を感じ、りおはソファーにゆっくりと倒れ込む。頭を押さえ、痛みが過ぎ去るのを待った。
「りお? コーヒー入ったぞ」
赤井の声でりおは目を覚ます。どうやら少し眠っていたらしい。先程の頭痛はウソのように治まっていた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
ゆっくりと起き上がるりおの顔が少し青い。
「あ、ううん。PC仕事のせいで肩こり酷いの。頭痛はそのせいかな。少し横になったらラクになった」
痛みは短時間。同じ姿勢でいたことが原因だろう。
りおは赤井に心配を掛けまいと、先程の事は黙っていることにした。
「そうか。なら良いんだ。さあ冷めないうちにどうぞ」
「わあ、嬉しい。ありがとう秀一さん」
今日のカフェオレは先日のカフェで買った豆だぞ、と得意げに言う赤井を見て、りおは嬉しそうにカップを手に取った。
その日の夕方——
安室のスマホが震えた。
ちょうどポアロのシフトが終わり、RX-7に乗り込もうと思ったところだった。
安室はポケットからスマホを取り出す。車に乗り込み、着信をタップした。
「はい」
『トール(透)? 俺だ。急ぎの要件がある。今大丈夫か?』
電話の相手は情報屋のルークだった。
「ええ。大丈夫です。で、急ぎの要件とは?」
安室はピリッとした緊張感をにじませ、問いかけた。
『先程アメリカの俺の仲間から連絡が来た。アロン・モーリスが日本時間の今朝、アメリカを出国したようだ。行き先は日本。どうやら動き出したぞ』
「なにッ!?」
ルークもわずかに緊張しているようだったが、それを逆に楽しむかのように声を弾ませる。
『到着は今夜。おそらくジンと接触する』
「ああ。ジンとアロンが何をするつもりなのか……それを早く突き止めなければ」
安室はギリッと奥歯を噛みしめた。組織は何か大きな事を始めようとしている。手遅れになる前に何とかしないと。その為の公安警察なのだから。
安室のこめかみから汗が流れる。珍しくわずかな焦りを感じていた。
『トール。今はまだ報告出来る段階ではないが……アロンには秘密がある。
アロンとジンが何を企んでいるのかも含めて俺も探っているから、確定し次第全て君にも報告する。だから、まずはアロンの潜伏先だけでも公安で突き止められるか?』
ここまで来て焦りは禁物だ。ルークは安室のプライドを傷つけぬよう、互いの役割分担をやんわりと提示した。
「ええ。大丈夫です。さすが……何度も死線を潜り抜けた元暗殺者であり元FBI。お陰で冷静になれました」
ルークの意図を正しく読み取った安室の言葉に『元元って言うなよ~』とルークはいつもの軽口で返した。
そんな砕けた会話も、彼なりに自分(安室)の緊張を解きほぐしてくれているのだろう。
「あなたにはいつも助けられる」
安室はフッと口元を緩め、礼を言った。
同日22時——
公安警察は都内のあるホテルを監視下に置き、張り込んでいた。今回の任務は身柄確保ではない。あくまでもジンと接触したアロンを追跡し、日本での潜伏先を特定することだ。
『A班、準備完了』
『B班、準備完了』
「了解。各班俺の指示があるまでそのまま待機」
部下の応答を聞き、風見が指示を出した。
(今回降谷さんは《バーボン》として組織側の護衛に付いているため、迂闊に指示を仰げない。俺がすべてを仕切らなければ……)
風見のこめかみから汗が流れる。その上、今日はいつもフォローしてくれる広瀬が捜査から外れている。
万が一公安の張り込みがバレ、そこに彼女の姿があればNOCだとバレてしまうからだ。
緊張で風見の胃が痛む。
「ふ~ぅ……」
風見は自身を奮い起こすように大きく息を吐き、背筋を伸ばした。
その頃、バーボンはワイヤレスヘッドセットを耳に差し込み、ジンの指示を待っていた。
程なくして、わずかなノイズの後にジンの声で通信が入る。
『聞こえるかバーボン』
「ええ。良く聞こえます。あなたは今どちらに?」
ジンがアロンとの密会に選んだホテルから、やや離れたビルの屋上でバーボンは周辺を監視していた。
『今、ウォッカと共にホテルに入った。周りに俺たちを狙うネズミ共が居ないかよく見張っておけ。おかしな奴がいたらコルン達に知らせろ。ドブネズミの始末は二人がつける』
「了解」
敵の多いジンは、常に命を狙われる可能性がある。そういった刺客を警戒しているのだろう。
バーボンは双眼鏡を手にして辺りを見回す。
ホテルの表と裏には、公安刑事たちが変装して張り込んでいるのが見えた。
(頼んだぞ、風見)
バーボンは心の中で部下の名を呼び、全てを彼に託した。