第2.5章 二人の遠出~温泉旅行編~
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枯れ葉が覆う遊歩道を歩くと、カサカサと乾いた音がした。その音も耳に心地よい。
「都会じゃなかなかこの音は聞けないものね」
楽しそうに歩くりおを見て、昴も思わず笑みが零れる。
「りお、楽しそうですね。子どもみたいな顔をしていますよ」
「ん~。なんか久しぶりだなって。風も土もこんな匂いや音がするんだなって思ってね」
「そうですね。毎日都会で過ごしていると、自然の音も香りも忘れてしまうものですね」
二人は雑木林の中で目を閉じ深呼吸した。
「ん~~~。気持良いね」
りおは目を開けると林の中を見上げた。
高い木々はまだたくさん葉をつけている。葉の隙間から日の光が零れていた。
わずかに薄暗い林の中で、それはまるでスポットライトのようだ。
日の当たるところでもう一度見上げると、風で揺れる葉によって日の光もキラキラと揺れる。
「キレイ…」
りおは目元に手を当てて、それをジッと眺めていた。
「そうですね…」
昴はそんなりおの輝くアンバーを見つめ、微笑みながら返事をした。
林の中を数十分ほど進むと、つり橋が見えてくる。
「わ~。けっこう昔ながらのつり橋ね…」
「ええ。架け替えは数年に一度やっているようですけど、景観を損ねないように昔ながらのつり橋にこだわっているようです」
最近は金属のワイヤーを使ったつり橋が多いが、ここは太いロープと木の板で作られていた。
映画にも出てきそうなつり橋だ。
「渡りましょうか。それともりお、怖いですか?」
「まさか! 全然平気よ」
二人はつり橋へと足を踏み入れた。
ギシッ……ギシッ……
歩くたびにロープがきしむ音がする。
「思ったより揺れますね」
「そうね。けっこう揺れている…。揺れに慣れると楽しいわ」
下をのぞくと30mほど下に川が流れていた。
流れも速く、落ちたらひとたまりもなさそうだ。
谷間に沿って吹く風が二人の髪を、そしてつり橋を揺らす。
ビューッ
「ッ!」
突然強い風に煽られ、りおが橋の上でよろめいた。
「りおっ!」
とっさに肩を掴まれ引き寄せられる。
「大丈夫ですか? 先ほどの湯で少し疲れているんでしょう?」
「っ! そ、そんなことは…無いけど…」
耳元で声を掛けられ、思わずドキリとした。
昴はりおの肩を抱いたまま再び歩き出す。
時折風に煽られながらも、ようやく対岸へとたどり着いた。
二人が渡り切った後振り向くと、つり橋はまだ揺れていた。
「つり橋を渡れば、東屋まであと2㎞ほどです。この辺りで少し休みましょうか?」
「う、ううん大丈夫。まだ歩けるわ」
肩を抱いたまま問いかけられ、りおはふと露天風呂でのことを思い出す。
思わず顔を背けると密着していた体を離し、昴から少し距離を取った。
耳まで赤いりおを見て、昴はフッと笑った。
再び雑木林の中を歩く。つり橋からしばらく進むと、りおは何か物音を聞いた気がした。
思わず歩みを止め周りを見回す。
「どうしました?」
「今、何か聞こえなかった?」
「いえ、何も…」
昴が言いかけた時、何か争うような声が微かに聞こえた。
「?! 確かに聞こえますね。これは…ケンカ?」
「行ってみようよ」
「ええ、そうですね」
二人は声のする方へと急いだ。
東屋への道を外れて道なき道を進む。
この辺りは足場が悪い上、地形が入り組んでいる。あちらこちらが崖になっており、進むのも一苦労。
まだ紅葉の時期でもない為、葉が生い茂り見通しも利かない。二人は草木をかき分け前へ進む。
やがて木々の間から人影が確認できた。
木の陰に隠れて様子を伺う。
3人の男たちが何やらもめているようだった。
やがて一人が大きなバッグを持って逃げようとすると、残りの二人が慌ててその男を取り押さえ、殴る蹴るの暴行へと発展した。
「マズいわ! あのままじゃ死んじゃう! 止めなきゃ!」
りおは慌てて飛び出そうとする。
「ちょっと待って。殴られている男が持っているバッグの中身……あれ、お金…じゃないですか?」
「え? ……ホ、ホントだ。しかもあの量…。
もしかして強盗犯? 強盗の仲間割れ?」
「そのようですね」
「それにしたって、このままじゃ…」
りおがそう言いかけた時、殴られていた男が突如反撃に出た。隠し持っていた銃を突きつけたのだ。
暴行していた男たちが銃を見て怯むと、金を持った男はスキを突いて一目散に逃げだした。
慌てて二人の男たちが追っていく。
「追いかけましょう」
昴は3人が行ったのを確認すると、りおの手を取り走り出した。
ザザッ…! ザザザザッ…!
足元の悪い道なき道を走る。
枯れ葉で地面が見えないため、道の隆起が分かりづらい。足が着地するたびに左腹部の傷に響いた。
「ッ!」
痛みで次第に左足の動きが鈍りだす。思ったように動かない。
やがてつま先が木の根に引っかかった。
「ッ! あっ!」
りおはそのまま前のめりに転倒した。
ズザザザ——ッ
「りお!」
昴は膝をつきりおを抱き起そうとするが、枯れ葉だらけになったりおはそれを制止する。
「昴さん、私は大丈夫! それより早く行って!」
「ですが…」
「大丈夫だから!」
「分かりました」
意を決して昴が立ち上がった瞬間———
ガ———ン!
ガ———ン!
バサササッ!!
バタバタバタバタ!!
大きな音が2回聞こえる。
エコーがかかったように遠くまで響いた。
驚いた鳥たちが羽音を鳴らして一斉に飛び立つ。
羽音が遠ざかると、あたりは嘘のように静まり返った。
「い、今の…銃声よね?」
「ええ」
昴はりおの手を取り抱き起こす。
音のした方へと二人はゆっくり進んだ。
200mほど行ったところで、緩く右へと下る傾斜になっている。
警戒しながらさらに進むと、男が二人倒れていた。
どうやら暴行していた男たちのようだ。
殴られていた男の姿はない。
「りおはここにいて下さい」
昴は辺りを見回しながら、倒れている男の元へと近づいた。
一人が頭を、もう一人は胸を撃たれて死んでいた。
至近距離から撃たれたらしく、弾は貫通している。
男たちの周りは、かなりの量の血液が流れていた。
「りお、来てはダメです」
「う、うん」
昴の言葉で、男たちが生きてはいないことを察した。
「県警に連絡するわ」
りおはスマホを取り出すと、温泉の名前と東屋へ向かう道を説明する。
昴は男の一人が持っていた小さなバッグを見つけ、近くの木に目印になるように掛けた。
遠巻きにその様子を見ていたりおも、目印の事を説明し電話を切った。
「東屋までの道まで戻って、案内した方が良いかもしれないわ」
「ええ。ですが…あなたの傷の痛みは大丈夫ですか?」
「走らなければ大丈夫」
ふたりは来た道を戻った。
あと少しで東屋までの道に出る、というところで昴とりおは異変に気付く。
「昴さん…何? この匂い…」
「ええ。何か燃えている…? 火事か?」
二人は林の中を見回し、火の出所を探す。
「りお! あれ! この方向…もしかしてつり橋が?!」
「ええ?!」
見つけた黒い煙は、まさに先ほど自分たちが渡ってきたつり橋の方角だった。
二人が急いでつり橋のところまで戻ると、橋は炎に包まれてごうごうと燃えていた。
「さっきお金を持って逃げた男が、自分が渡った後死体の発見を遅らせるために橋を落としたんじゃ…?」
「たぶんそうですね。ですがこのタイミングだと、温泉の駐車場辺りで県警と鉢合わせです。りおが男の特徴を知らせていましたから、そのまま逮捕されるでしょう」
「それより、困ったことになりました」
「ええ。私たち戻れなくなっちゃいましたね」
この辺りは海からの風で浸食され、崖や沢が多く遊歩道を外れて歩くのはかなり危険な地域。現に強盗犯たちが撃たれた所は周りにいくつも崖がある。
その上つり橋を落とされてしまったので、下山することも温泉や車がある駐車場まで戻る事も出来ない。
「県警にもう一度連絡して、救助に来てもらいましょう」
りおは再びスマホを取り出した。
電話を切るとりおは一つため息をついた。
「昴さん、今日は海風が強いのと、この辺りは地形的にヘリで救助に来られないそうなんです。
東屋のずっと先に山の管理小屋があるそうなので、そこで風が止むまで待つようにと…」
「やれやれ、せっかくの遠出が大変なことになってしまいましたね」
「ふふ。まあ私達らしいといえば、らしいでしょ?」
スマホをリュックにしまいながら、りおは笑顔を向けた。