第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
倉庫での一件から数日が過ぎた。
藤枝はエミリーの遺骨と遺品を手にすることが出来た。
FBIに付き添われてアメリカへ渡り、エミリーの墓を作った後、今までの罪を償うそうだ。
「罪を償ったら…今度こそエミリーのそばに居る」
そう言って微笑んだ藤枝の顔は、どこか晴れ晴れとしていた。
ジョディたちFBIは、倉庫での包囲網は後方に公安警察も待機していたため、合同の会議と捜査報告書の処理に忙殺されていた。
「死人には書類が無くて羨ましい…」と、昴を見ながらジョディがつぶやく。
「後は頼んだ」
と、書類処理などどこ吹く風…で庁舎を出て行く赤井の姿を、降谷が苦笑いして見ていた。
そんな目まぐるしい変化の中、りおは…——。
幹部の右腕とも言うべきキム・ウジンが死に、またエンジェルダストのマスターレポートも存在しないとなれば、オドゥム側も大幅な計画の見直しが必要だ。
しばらくラスティーに構っている暇はないだろう。
そうは言っても、残党に狙われる可能性もあったため、ラスティーはもうしばらく工藤邸で過ごす事に……。
**
「今度こそ、無断で外出しないでくださいね」
リビングで本を読んでいたりおに、昴はこれでもかと威圧的に念を押す。
「ハ、ハイ…」
こっわ~~…と首をすくめながら、りおは返事をした。
本を閉じカフェオレを飲もうと手を伸ばした時、昴が思い出したようにりおに問いかけた。
「あなた、両利きと言っていましたけど…昔からですか?」
「え? ああ、はい。子どもの頃からですよ。おそらく元々左利きだったんです。
親が箸は右! ってしつけたんでしょうね。
今は基本右利きなので、箸、ハサミ、包丁などは右ですけど、しつけと関係ないところは左のままなんです」
りおは左手を眺めながら説明を続ける。
「例えば…お財布からお金を出すとか、コーヒーカップを持つとか。
ホチキスを使うのも、トランプを切ったり配ったりするのも、左ですね」
「なるほど。やっと腑に落ちました。
一緒にお茶をする時や買い物時など、時々違和感があったので。ずっと右利きだと思っていましたから」
「昴さんは生粋の左利きですものね」
自分の左手にはカフェオレのカップが。
昴の左手にもコーヒーカップがあるのを見て、りおは微笑んだ。
「まさか銃も左で撃てるとは。驚きましたよ」
「左右どちらも命中率が変わらないです。
もっとも、あなたほど射撃は上手くありませんが…」
昴はカップを置き、りおを左手を見る。
「いや、いい腕していますよ。あの人数に銃口を向けられて、一発も反撃をくらわないうちに4丁の銃を弾いた。
しかも使った弾数は3発…大した腕前です」
昴は自分がコンテナの上に隠れていた時、りおの射撃を見て思わず口笛を吹きたくなったことを思い出す。
「昴さんも、よく藤枝との会話だけで私が左で撃てると分かりましたね。
倉庫で昴さんが仕込んでおいてくれた銃…左手で取りやすくなっていました」
「右手に手錠をかけるだなんて言い出すので…。
今までのことを考えると、左で撃つつもりなのではと思いました。まさかここまでとは思いませんでしたけどね」
そう言いながら、りおの左手に触れる。
「あなたとの共通点が増えて、ちょっと嬉しいです」
そのまま手の甲にちゅっとキスをした。
「今夜は覚悟しててくださいね」
そう耳元でささやくと、スッとリビングを出て行ってしまった。
「へ? それってどういう…」
そこまで言いかけてようやく意味を察し、りおはボッと顔を赤くした。
(もう!! 昴さんたら! そんなこと言われたら意識しちゃうでしょ!)
心の中でツッコミながら、ソファーのクッションで顔を隠した。
ブーッブーッブーッ
りおが真っ赤になってクッションを抱きしめていると、スマホがメールの着信を知らせた。
「ッ! ベルモット!」
藤枝と組んでオドゥムの幹部をだまし、FBIにその身柄を拘束させるという作戦を事前に知らせていた。
だが、そのウジン達が自爆した事までは伝えていない。
メールを開くと案の定、おそらくバーボンから聞いたのだろう。ウジンが自爆したため、ラスティーを心配するメールだった。
彼女はりおの声が出るようになったことも、まだ知らない。
(電話してみようかな)
そう思い立ち、キッチンにいた昴にこれからベルモットに電話すると伝えた。
コール3回ほどで「もしもし?」と聴き慣れた声が聞こえた。
「ラスティーです」と静かに伝えると、「あなた声が!」と驚いた様子だった。
「心配かけてごめんなさい」
「作戦は成功したようね。ただ、FBIに身柄を渡すことはできなかったようだけど…」
ベルモットの声は少し沈んでいた。
「相手が爆死したと聞いた時は、正直焦ったのよ」
「ええ。確かに現場は凄惨な状態だったらしいわ。
けど、藤枝が私から見えないようにしてくれたの。スキを突いて二人で現場を離れたから、私は何も見ていないわ」
これは本当だ。
爆発の瞬間、昴に抱き抱えられるようにコンテナの影に隠れた。
その後はジョディと少し話した後、『絶対に向こうを見るな』と昴と藤枝に念を押されて、3人で現場を後にした。
現場処理は主に日本警察が行った。
「そう。それなら良かった」
ベルモットは状況を知って安堵したようだ。
「結局藤枝はアメリカへ行ったそうね」
「ええ。恋人のお墓を作りにね。FBIには逮捕されちゃったけど…」
それは藤枝が望んだことだった。
「ジンは怒ってる? 藤枝を勝手に連れ出して、逮捕までされちゃったし…」
「大丈夫よ。ジンには『藤枝が使える男かどうか、ラスティーが試すらしい』と伝えてあったのよ。
それよりもオドゥムがこちらに牙を剥いて来そうなことは、ジンも感じていたわ。
遅かれ早かれ、あの組織とはやり合う事になると分かっていたみたい」
ベルモットはため息をついた。
「近いうちにアジトに来て。ジンも話があると言っていたわ」
「ん……分かったわ。じゃあ…また」
そう返事をして、りおは電話を切った。
黒の組織とオドゥムの争いが目の前に迫っているという事実に、足元がゾワリとした。
どちらも大きな組織だ。
衝突し合えば民間人だって巻き込まれる可能性は大きい。
自分がふたつの組織の関係を悪化させたのか…そう思うと、りおの心は痛む。
「話は終わりましたか?」
後ろから昴の声がした。
「え? ええ。終わりました。近いうちにベルモットやジンに会いに行きます」
「そうですか。ジンは今回のことを怪しんでいませんでしたか?」
「大丈夫。ベルモットが上手く伝えておいてくれたお陰で」
「それは良かった」
短いやり取りをして、りおは黙り込む。
昴はジッとその姿を見つめていた。
「…昴さん」
「? どうしました?」
「私…とんでもない事をしたかもしれない」
りおの顔は蒼白になっていた。
「組織同士の抗争を生んでしまったわ。
エンジェルダストを使った計画を潰し、幹部の右腕と言われる男を死に追いやった。
お互いに組織の立て直しをして、再び激突する時が来る。
これほどの大きな組織同士がぶつかれば…
ケンバリの時のような…」
そう言ってりおはうつむいた。
黒の組織の前にいた組織「ケンバリ」。
そこの陥落直前は、組織の構成員やNOC、地元警察そして軍が入り乱れ、血で血を洗う激戦となった。
りおはそこで多くのNOC仲間を失ったのだ。
ジンやベルモット達が仲間を増やす名目で潜入し、りおを日本に連れ帰っていなければ、おそらくりお自身も生きてはいなかっただろう。
「あんな戦いが日本で起きたら…」
りおは唇を噛み締めた。表情は今にも泣き出しそうだ。
「思いつめるな。俺がいる」
昴がりおの肩に手を置く。
「いや、皆いる。お前が今まで守ってきた人たちが。みんなお前の仲間だ。
ボウヤも降谷くんも、風見くんも、博士も新出先生も」
昴はりおをそっと抱きしめた。
「確かにどちらも大きな組織だ。だが所詮、恐怖と力で繋がったもの同士。いざとなれば簡単に裏切る。ケンバリのNO.2だったサカモトのようにな。
だが俺たちは違う。俺たちは信頼でつながっているんだ。そしてそれは、連鎖して今も大きくなっている。
今もお前と繋がっている中国警察の協力者、
その上司も。藤枝も。
お前が守ろうとすればするほど、どんどん連鎖して大きくなる」
昴は体を離し、りおの顔を覗き込む。
「俺を信じろ。みんなを信じろ。お前はひとりじゃないんだ」
昴の言葉にりおは小さくうなずく。
「昴さん。ひとつだけ約束して」
「ん? なんだ?」
「絶対に死なないって約束して。冲矢昴も赤井秀一も。絶対に死なないって……」
かつて破ってしまった約束。
今ここでもう一度誓って欲しい。
りおは祈るような気持ちで昴の顔を見上げる。
「ああ。今度こそ絶対に守る。だからお前も約束してくれ。絶対死なないと。俺たちはずっと一緒だ」
「うん守る。守るよ、絶対に」
二人は再び強く抱き合った。
二人を取り巻く大きな流れが、今ゆっくりと…だが確実に動き出そうとしていた。
==第2章完==