第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
藤枝のホテルに到着したのは夕方だった。
「たくさん泣けたか?」
部屋に入ってきた二人に藤枝は声をかける。
「ええ、おかげさまで」
突然聞こえた女性の声に藤枝は一瞬緊張した。
「ラスティー…声が出るようになったのか?」
驚いた顔の藤枝を見てさくらは微笑んだ。
「あなたのおかげよ。ありがとう」
そう言って見せた優しい笑顔に、藤枝はかつてのエミリーの笑顔を重ねた。
「こんなに効果があるとはなぁ」
藤枝が驚いたように言う。
「あなたのアドバイスがあったからだと思うわ…。
風の音も波の音も、ただ聴いていただけだったら、何も起こらなかったかもしれない。
風の音がかつての仲間の声のように聴こえ、波の音が心の中を全て洗い流してくれるように感じた。
それはあなたの言葉があったからだわ」
「…そうか。こんな俺でも役に立てたのなら良かった…」
藤枝は嬉しそうに微笑んだ。
「さあ今度は私の番。動画の彼、キム・ウジンと会う算段でもしないとね」
さくらはニヤリと口角を上げる。
「…お前、もうヤツの名前まで分かったのか…。さすが仕事が速いな」
藤枝は参ったとでもいうように小さく息を吐く。
「この男には、あなたとエミリーから大事な時間を奪った償いをたっぷりしてもらうわ」
さくらの瞳は強い光を放っていた。
「昴さんにお願いがあるの。武器をいくつか用意してもらえる?」
「おいおい、大学院生が武器とか用意できるのかよ…」
藤枝が呆れたように声を掛ける。
「出来なくはありませんが…何を用意すれば良いです?」
昴の答えを聞いて、藤枝は出来るのかよ! とニヤニヤしながら突っ込んでいた。
「やっぱり堅気の院生じゃなかったんだな」
得意げな顔を昴に向けた。
「拳銃なら何でも良いわ。リボルバーでも自動拳銃でも。
殺すために使うわけじゃないから、威力はそんなになくても良い」
それを聞いて昴は少し考え、
「あなたが使うならあまり大きくないほうが良いですね。
分かりました。用意しておきましょう」
スマホを取り出し、メールを打ち始める。
「他に用意するものはあるのか? 武器なら俺も仕事柄いくらでも用意できるが…」
藤枝がさくらに訊ねた。
「あなたはこれ以上罪を重ねちゃだめよ。
後は私たちの有能な仲間に任せておけば大丈夫」
そう言ってさくらは微笑んだ。
***
声が出るようになった3日後——
藤枝と昴そしてさくらは、とある埠頭の倉庫にいた。
今回さくらは暴行されたと見えるようなメイクをしている。
「私に手錠をかけて」
さくらが藤枝に声をかけた。
「密かに私の失声症の情報は流してある。
声がまだ出ないと向こうは思っているから、手話で話をするわ。
そうすれば両手を拘束していなくても怪しまれない」
「分かった」
藤枝は返事をするとさくらの左手を取った。
「ううん、右手で良いわ」
「え? お前右利きだろう? 利き腕を拘束したら…」
「その方が相手も油断するから」
「大丈夫なのか?」
藤枝は心配そうにさくらの右腕に手錠をかけ、手錠の反対側は倉庫の手すりにかける。
その様子を昴はじっと見ていた。
「私はさくらの後方にあるコンテナの上で待機しています」
昴が二人に声をかけた。
「はい。お願いします」
準備は淡々と進んでいく。
藤枝はそわそわと落ち着かない気持ちをなんとかしようと懸命だった。
それに比べて、これから命懸けの大立ち回りがあるというのに至って冷静な二人。
(この二人、ホント只者じゃねぇな…)
藤枝は深呼吸をして額の汗を拭う。
オドゥムの幹部、キム・ウジンと対峙する時刻が刻々と迫っていた。
約束の時間——
キム・ウジンは6人の部下を連れ、埠頭に現れた。
指定された倉庫の中に入ると、薄暗い照明の下で手錠に繋がれてぐったりしているラスティーが目に入った。
よく見るとその隣には藤枝が立っている。
「時間通りだな」
藤枝がウジンに声をかけた。
「ええ、約束は守りますよ。あなたの恋人もちゃんと日本に連れてきたでしょう」
そういってコインロッカーの鍵を目の前にチラつかせる。
ウジンはそれをジャケットの左ポケットへとすべり込ませた。
「これを渡すのは情報を頂いてラスティーの死体を見てから。
あなたからのメールによれば、ラスティーを私の目の前で殺してくれるそうですね」
「ああ。疑われるのは嫌なんでね」
藤枝はニヤリと笑った。
「それではまず、情報を頂きましょうか」
「いいだろう」
藤枝はそう答えると、ギムレットレポートについての詳細を話し出した。