第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「二人で海に行って手をつないで…海辺を散歩するんだ。
海の波に悲しいことも辛いことも、全て流してこい。
風の音をお前の大切な人たちの声だと思って聴いてみろ。
そしたら、何か変わるかもしれん。まあもちろん、変わらないかもしれないがな…」
はははと藤枝は自嘲気味に笑う。
「あなたはエミリーと海に行ったのですか?」
昴が静かに訊ねた。
「ああ、行ったよ。二人で何時間も浜辺で過ごした。
完全とはいかなかったが、海へ出かけるとエミリーの声は少しだけ出るようになったんだよ。
自然の力は凄いなって感じたんだ。お前にも効果があれば良いんだが…」
そういって藤枝はさくらの方を見た。
「大自然のヒーリング効果か…。確かに試してみる価値はありそうです。
さくら、海へ行ってみませんか?」
昴にも後押しされて、二人は海へと出かけた。
1時間半後——
二人は浜辺を歩いていた。
りおは波打ち際まで近づく。
シャラシャラと砂が波に踊らされて鳴っている。
強い海風が吹いていた。
ザザ~ザザ~と引いては返す波の音を、目を閉じてりおは聴いていた。
「濡れますよ」
そういって昴がりおの手を取り、自分の元へ引き寄せた。
直後に一際大きな波が来る。
大きな音と共に勢いよく来た波は、弧を描くように広がり、りおの足元まで砂の色を変えた。
「もう少し歩きましょうか」
昴はりおの手を握ったまま歩き出した。
波打ち際に沿って、二人分の足跡が長く続いていく。
長い髪を揺らす海風が、ヒューッとりおの耳元で鳴った。
『さくら…お前だけでも逃げろ…』
かつて潜入したケンバリで、兄のように慕ったNOC仲間の声を思い出す。
『…私に構わず逃げて…』
応急処置のいろはを教えてくれた…母のように優しかった仲間の声…
『先日は俺の落とし物を拾ってくれてありがとう…』
初めて声をかけてきた初恋の人の声…
耳元を通り過ぎる風の音の中に、懐かしい人たちの声を聴く。
昴と繋いでいない方の手でその声を掴もうとしても、指の間を風はすり抜けていく。
あの時の彼らの命のように。
先日まで出なかった涙が、一粒、二粒…ぽろぽろと零れ落ちた。
その涙も強い風がさらっていった。
昴はりおが泣いていることに気付いていたが、気付かぬフリをしてゆっくり歩き続ける。
ただ繋いだ手を絶対に離すまいと、しっかり握り締めた。
りおが立ち止まる。
昴も足を止め、ゆっくりりおの顔を見た。
それまで押さえていた何かが、堰を切ったように溢れ出す。
りおは昴の胸に抱きつくと、そのまま強くしがみ付き泣き崩れた。
二人はそのまま砂浜に座り込む。
泣き続けるりおを、昴は抱きしめた。
今まで蓋をして隠していた心の中の痛みや苦しさを、吐き出すように泣いた。
泣いて泣き疲れて、ふと顔を上げると今度はさざ波の音が耳に届く。
砂が踊るシャラシャラという音。
砂浜に海水がプツプツとしみていく音。
波の力で生まれた泡がシュワシュワと消えていく音…
その全ての音が、心に中でよどんでいた何かを、キレイに洗い流してくれるようにりおは感じた。
目を閉じ、その音に耳を傾ける。
昴は黙ってりおの肩を抱き続けた。
その時、昴は足元に何か光るものを見つけた。
そっと拾い上げる。
「シーグラスだ」
小さくつぶやいた。
かつては蒼く透明だったガラス。
割れた時は皮膚をも切り裂く鋭利な破片…
それが長く波打ち際で砂と波に洗われて、今はミルキーブルーの丸みを帯びた海のかけらのようだ。
「壊れてしまったものや失ったものは元には戻らない。
だが時間の流れや、大切な仲間と過ごすうちに、このシーグラスのように丸みを帯びて違う輝きを得られたら良いんだがな……」
そう言いながら昴は拾いあげたシーグラスをりおに差し出した。
昴の言葉にりおはうなずく。
私の心も、いつかこのシーグラスのように丸く磨かれて、違う輝きを放てるのだろうか…
そう思いながら体を起こし、受け取ったシーグラスを陽の光に透かしてみる。
キラキラと優しく光るそれを見て
「キレイ…」
とつぶやいた。
「ッ!」
昴が目を見開く。
「お前…今…声…」
「え? あ! 声が…出るよ…昴さん…」
そう言うと、りおの目には再び涙が溢れる。
「ああ、やっとりおの声が聞けたな!」
昴の目の縁も赤くなっていた。
昴は再びりおを自分の胸元に抱き寄せる。
りおは片方の耳で昴の鼓動を、もう片方で波と風の音を聴いていた。
『お前の幸せを願っているんだ』
かつて夢の中で景光に言われた言葉を、風がささやいた気がした。
りおの手にはシーグラスがしっかりと握られていた。
**
ホテルに戻る車の中…昴のスマホが鳴る。
泣き疲れたりおは助手席で眠っていた。
昴はワイヤレスイヤホンを装着し、着信にタップする。
赤信号で車が停車すると、昴はそっと眠っているりおの頬に触れてつぶやいた。
「行方不明だったFBI捜査官2名が、無事に保護されたよ」