第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
オドゥムの幹部チュ・ソジュンのもとに、一通のメールが届いた。
藤枝という先日指令を送った男からだ。
本文には『ラスティーを拘束した。動画を見よ』とだけあった。
マウスを手にし、動画再生をクリックする。
恋人の遺骨を取り戻そうとする、男の鬼気迫る言葉…。そして確かにあの組織の諜報活動担当のラスティーが、藤枝によって暴行されていた。
殴られた衝撃で鮮血が飛び、腫れていく様子はどう見ても演技ではなかった。
藤枝の要求は遺骨を日本に持っていくことだ。用心深いらしく、本物かどうか分かる動画を送れとは…なかなかのキレ者のようだ。
まあいい。女の遺骨と遺品を日本に持って行き、奴にチラつかせれば容易く情報も手に入るだろう。
その上、あの組織の諜報担当を殺されれば、ジンという男のダメージも大きかろう。
ソジュンの口角がわずかに上がる。
「キム・ウジンを呼べ」
ソジュンは側近に声をかけた。
程なくして、この男の右腕とも言える《キム・ウジン》が男の前で跪いた。
「先日FBIから奪った遺骨と遺品を持って日本へ行け。藤枝という男と接触せよ。
そこでエンジェルダストに関する情報を全て受け取り、ラスティーという女の死を確認するのだ。最後は藤枝を消せ。
我々の痕跡は残すな。良いな」
「はっ!」
チュ・ソジュンはウジンに藤枝とラスティーの写真を投げ渡した。
それを拾い上げるウジンの後ろには、拳銃や銃弾、そして小さなリモコンスイッチなど必要なものを揃えた、ソジュンの側近が立っていた。
「愛する将軍様のために、職務を全うしてまいります」
ウジンはそう言って立ち上がり、荷物を受け取ると部屋を出て行った。
***
赤井が氷のうに氷を入れてりおの部屋に戻ると、すでにりおは眠っていた。腫れている左頬にそっと氷のうを当てる。一瞬表情が変わったが、すぐにまたスースーと穏やかな寝息が聞こえた。
切れた口元は、すでにかさぶたになっていた。内出血で薄っすら赤紫になった頬と首。
手当をした時は腕や背中もアザになっていた。
体のケガもさることながら、りおが受けた心のダメージも気にかかる。
エミリーの死も遺骨のことも、りおはちゃんと心の中で昇華出来ているのだろうか?
声が出ないために、また感情をしまい込んで心の奥底で苦しんでいるんじゃないのか?
一向に声が戻らないのはそのせいでは?
大胆な作戦からは想像もできないくらい繊細な心をもっているのに。
いつまで経っても自分のことは後回しだな…。
りおの事に思いを巡らしながら、赤井は頬を冷やし続けていた。
翌朝りおが目覚めると、ちゃんと布団がかかった状態で頬には湿布が貼ってあった。
体のあちこちが痛んだが、動けないほどではない。腹部の痛みも昨日に比べればだいぶ引いてきた気がした。
そっと起き上がってリビングに向かう。
赤井は自室でまだ寝ているようだ。
顔の腫れが引き、湿布まで貼られている事を考えると、昨日は遅くまで看病してくれたのだろう。
心配をかけたお詫びも込めて朝食でも作ろうと思いたち、りおはエプロンをして髪を束ねた。
30分ほどで食事の用意が出来上がった。
コーヒーメーカーをセットして自室に戻り、着替えをして赤井の部屋をノックした。
だが、返事はない。
ドアを開けると赤井はまだ眠っていた。
疲れていたのか、入浴後上半身は裸のまま寝てしまったらしい。
そっと近づく。
右肩の傷跡にドキッとした。
(そうだ…。花の苗を買いに行ったとき、私を庇って…)
りおは傷跡に触れようと手を伸ばす。
『ッ!』
その手をグッと掴まれた。
そのまま引っ張られ、体勢を崩して倒れこんだところを赤井に抱きしめられた。
「寝込みを襲いに来たのかな」
赤井はそういってクスクスと笑う。
バックハグの状態でりおは赤井を見上げ、
『そうよ』と口を動かすとそのまま彼の首筋にキスをした。
「そんなかわいい刺客なら是非お願いしたいものだ」
お返しとばかりに今度は赤井がりおの頬にキスをする。
一度のキスでは満足せず、頬やアゴ、耳にもキスを落とした。
りおはくすぐったそうに首をすくめた。
『そろそろ起きてね』
これ以上はベッドから起きられなくなってしまうと感じだりおは、赤井の唇に指を当てると口を動かして伝える。
「もう少しこうしてても良いのに」
キスを止められた赤井はちょっと不服そうだ。
『早く行かないと藤枝がお腹空かせてる』
「俺といるのに他の男の心配か?」
赤井はさらにヘソを曲げた。
『秀一さんには美味しい朝食が出来ていますよ』
くるりと体の向きを変えて体を起こすと、りおは赤井の右肩の傷跡にキスをした。
ピクリと赤井の体が揺れる。
『ッ! ごめんなさい。痛かった?』
「いや、痛くはない。まだ皮膚が薄いから敏感なんだ」
キズを見つめ、りおは申し訳なさそうな顔をした。
その左頬に赤井はそっと触れる。
「そんな顔するな…。お前こそどうなんだ? 体中痛いんじゃないのか?」
『大丈夫よ。もうじきコーヒーも入るから、一緒にダイニングへ行きましょ』
ヒラヒラと手話で伝えると、笑顔になったりおはベッドから出る。
赤井も体を起こしてTシャツを掴むと、二人でダイニングへと向かった。
朝食を取り、赤井は変装のため洗面所へ。
その間にりおは藤枝にお弁当を作った。
(きっと必死で情報を集めていたし、ラボの監禁室ではまともな食事などしていないんじゃないかな…。
エミリーも心配していただろうに…)
そんなことを考えながらお弁当を包み、お茶を入れバスケットに詰めた。
藤枝の部屋に着いたのは、午前9:00過ぎだった。
部屋に入るとすぐ、
「返信が来た。これを見てくれ」
と言ってPCの前に座らされた。
動画には二人のFBI捜査官が襲われる映像と、遺骨を入れた陶器の入れ物、そしてエミリーの遺品が映っていた。
映像は切れ切れだったが、覆面をした数人の男が捜査官に暴行を加えて車に乗せると、どこかの山中に二人を放置するところまで映っていた。
遺骨と遺品はジュラルミンケースのような物に入れられ、ケースにはマジックでEというアルファベットが書かれた。
その後、誰かの手に持たれたそのケースは、そのまま空港のバゲージクレーム(荷物用コンベア)へと乗せられた。
映像が切り替わり、成田空港のようだ。預けていたケースを受け取る。ケースにはEというアルファベットが見えた。映像は荷物の受け取りから途切れることなく、空港内のコインロッカーに入れられた。
「これでエミリーの遺骨が日本に来ている事を信じてもらえたかな?
君と会う時はこのコインロッカーのキーを持っていくよ。
私たちが欲しいのは情報とラスティーの命。それさえ頂ければ、このキーは君にあげよう。
君からの連絡を待っているよ」
映像はそこで終わった。
さくらは自分のPCを使い、映像を解析する。特に不自然なところはなかった。
解析中、藤枝はさくらが作ったお弁当をほおばっていた。よほど空腹だったらしい。
「動画を見て、昨日の最終便に乗ったようですね…。ロッカー内にあるのはエミリーの遺骨と見て間違いないでしょう。
この後すり替えられる可能性も低いでしょうね。遺骨自体にオドゥムは執着がないですし。
まあ、生きているあなたに鍵を渡すつもりはないでしょうけどね」
昴がPCの画面を見つめたまま言った。
もぐもぐと咀嚼しながら藤枝も「多分そうだろうな」とつぶやいた。
「さて、次はどうしますか? さくら」
『まずはFBI捜査官の救出ですね。国際問題になることを恐れたのか、二人を殺さずに山中に放置していました。
映像から場所を割り出します』
そう手話で返事をすると、軽快にキーボードを叩く。
放置された時の映像を画面に出すと、捜査官の奥に小さく写り込んだ道路標識を拡大し、書かれた文字をピックアップする。道路名と地名が読み取れた。
ネットに繋ぎ、K国の地図を開く。道路名と地名を検索すると、ダム湖近くの山中だと分かった。
だが、オドゥムからの映像を見てすぐのこのタイミングで、大掛かりな捜索をすることは出来ない。藤枝と警察がつながっていると取られかねないからだ。
捜査官ふたりが放置された後どう動くか、さくらは考えた。
ふたりが車から降ろされた所は、道路からあまり離れていない。お互いの拘束ロープを外せば容易にその場から動くことは出来る。
しかし暴行を受け手負いのふたりは、おそらくそんなに動けないだろう。
ましてやK国は緯度が高い。9月とはいえ、山中ともなれば夜はかなり冷える。
犯人たちに暴行を受けている映像はお昼過ぎのようだった。その後山への移動となると、放置されたのは夕方近くだろう。
となれば、ふたりは夜の寒さをしのげる所を探すはず…。
降ろされた場所からダムが見えれば、その管理棟を目指すのではないか……。
さくらは周辺の景色をストリートビューで確認していく。
『ダムが見える!!』
降ろされた場所から管理棟まで、山道ではあるが約2キロ。
車道を下って民家まではどんなに近くても2~30キロはある。車で長時間かけて連れてこられたのだから、徒歩で民家を目指すとは考えられない。
ダム湖の管理棟の場所をメールに添付してジョディに送る。くれぐれも秘密裏に、出来れば管理棟の点検作業のフリをして捜索するように伝えた。
『お願い!! 無事でいて!!』
そう願わずにはいられなかった。