第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
約30分後——
昴は東都ホテルの1203号室の前に立ち、ドアをノックした。
しばらくの沈黙の後ドアが開き、さくらが顔を出す。中に入りドアが閉まると、昴は思わずさくらを抱きしめた。
「心配しました」
さくらは昴の胸に顔を埋めたまま、こくりとうなずいた。手はしっかりと昴の背中に回し、お互いの体温を確かめ合う。
そんな二人の様子を藤枝は寂しそうに微笑んで見ていた。
しばらくして昴は視線を藤枝に移す。
「初めまして。冲矢昴と申します」
「藤枝俊政だ。あなたはこのお嬢さんの恋人さんですか?」
「ええ、そうです。東都大学工学部の大学院生です」
「堅気の大学院生がこんなことに首を突っ込んで…」
昴の自己紹介を聞いて藤枝は険しい顔を向ける。だがそこまで言いかけて、急に黙り込んだ。
「いや、ただの院生ではないな。俺は鼻が利く方でね。君からは俺たちと同じ匂いがする…。
まあいい。ラスティーの恋人さんだ。信じていますよ」
そう言って藤枝は笑顔を見せた。
(さすがに鋭いな)
昴は心の中でつぶやいた。
「で、さくら。あなたが考えている作戦を聞かせてもらっても良いですか?」
自己紹介もそこそこに、昴はさくらに問いかける。さくらは表情を変えず小さくうなずいた。
『藤枝がラスティーの身柄を拘束し、情報を聞き出そうとしていると、オドゥムに伝えます。私を拘束して暴行している動画でも送れば信じるでしょう』
さくらは手話と筆談を使って二人に作戦を伝える。
『それで交換条件を出すの。
エミリーの遺骨と遺品を、確実に日本に届けさせるためにね。今はまだ、どちらもK国にある可能性が高いから』
「なるほど。こちらが危険を冒さず、できるだけ近くまでエミリーを連れて来てもらう算段ですね」
昴の言葉にさくらがうなずいた。
『目の前でラスティーの息の根を止めてやるとでも言って、奴らをおびき出す。もちろん遺骨が本物かどうか、ちゃんと確かめてね』
さくらは次々と作戦を説明していく。
エミリーの遺骨が奪われたと知ってからそんなに時間は経っていない。それなのにここまで考えているとは…。
藤枝は舌を巻いた。
「君はいったい何者なんだ」
思わず心の声が口から出てしまった。
『組織の諜報活動担当ってだけよ』
ノートに走り書くと、さくらはいたずらっぽく笑った。
「まず最初にオドゥムに送る動画を撮らなければいけませんね」
昴は腕を組み、アゴに手を当てた。
さくらが藤枝に暴力を振るわれる動画を撮ると言っていたが…。
『このホテルで撮ろうと思って』
「そのためにホテルに?」
『ええ、もちろん。あと藤枝の潜伏用にでもあるけど。
スマホで撮って送っちゃえば良いかなって。ヘンに機材揃っているのも不自然でしょう?』
「まあ、そうですが…。血糊とかメイク道具が必要でしょう?」
昴は道具を手配しようとスマホを手にした。その手をさくらが止める。
『いらないわ、そんなの。ホントに殴れば良いじゃない』
「「ッ!?」」
ふたりは驚きのあまり動きを止めた。
「ちょ、お前何言ってるんだ? 俺に本当にお前を殴れっていうのか? そりゃ、この前は殴ってたけど…」
藤枝の語尾が小さくなる。
『ええ、そうよ。リアリティーが無ければすぐウソだとバレるわ。
あなたが本気でエミリーの遺骨を奪い返そうと、たった一人で死に物狂いになって挑んでる。
そんなリアリティーが欲しいの』
「そうは言ってもなぁ…」
藤枝はしどろもどろだ。
『あなたが単独だと信じれば信じるほど、相手は油断する。私がグルだと知られてはいけないのよ…。
あなたがどれだけ本気か相手に知らしめなければならない。動画一つ手を抜くことは出来ないわ』
話を聞いていた昴はため息をつく。
「さくらは言い出したらききません。確かに彼女の言ってることは一理あります。ここは彼女の提案に乗りましょう」
昴の言葉に藤枝は驚く。
「お前、自分の彼女がボコボコにされるんだぞ。良いのか?」
「良いわけ無いだろうっ!!」
藤枝の問いかけに昴は思わず怒鳴った。
その様子に藤枝もさくらも息を飲む。
「それを彼女が望んでいるんだ。さくらは格闘技にも精通している。
ボコボコといってもちゃんと急所を避けるだろうから…。私は彼女を信じるしかない」
昴の苦しげな表情に、藤枝は申し訳なさを感じる。さくらは昴を直視できなかった。
藤枝は蹴りの角度やパンチの入れ方を昴にレクチャーしてもらった。
とにかく左下腹部にあるケガには攻撃を入れないように注意された。
レクチャー後、藤枝は反復するように蹴りやパンチの練習を一人で行う。
だいたい打ち合わせた内容を脳内再生しながら、シュミレーションを繰り返す。
その間に昴はさくらに声をかけた。
「さくら、ケガは大丈夫なのですか? 安室さんからは、痛みがひどそうだと聞きましたけど…」
『大丈夫です。ホテルに着いてすぐ痛み止めを飲みましたから』
昴の心配をよそに、さくらは笑顔を見せる。
「それなら……良いのですが…」
昴はさくらの腕を縛るロープを準備しながら返事をした。撮影とはいえ本当に気が引けた。
藤枝の気持ちが決まったところでさくらを後ろ手に縛り、足も拘束する。壁際にイスを置いて、そこにさくらを座らせた。
余計なものが映らないかチェックし、準備完了だ。藤枝の顔も昴の顔も強ばる。
藤枝はスマホの前に立つと、録画ボタンをタップした。