第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
藤枝はラボで暴れたあと、アジトの一室に閉じ込められていた。
食事を与えられてはいるがほとんど摂らない為、頬はこけ無精ひげを生やし、目は憎しみと悲しみでギラギラしていた。
その日はベルモットが藤枝に会いに来ていた。
ベルモットの顔を見るなり、藤枝は「ラスティーに騙された! あの女を許さない!!」と憎しみをいたるところにぶつけた。
おかげでそばにある椅子やテーブルは無残な姿を晒している。
ベルモットはため息をつく。
「ちょっと静かにしてくれないかしら? あなたは彼女のことを知らなすぎるわ。
知りもしないで彼女を侮辱するなら、私が許さないわよ」
「何を知らないというんだ! あの女は俺をだましてこの組織に引き入れた! どうせあの女はレポートの在処をギムレットから聞いて知っているんだろう! 知ってて探し回る俺の姿を嘲笑っていたのさ!!」
怒りに任せて暴言を吐く藤枝。
ベルモットはキッと彼を睨みつけた。
「あの子はK国でエミリーと会い、彼女に時間がない事を知ったのよ。一刻も早くあなたを彼女のもとへ帰そうとしていたわ。
ラスティー自身はレポートが既に存在しないと推理していたから、その証拠を掴もうと必死だった。
レポートが無いと分かれば、あなたもジンも諦めると思ってね。それこそ、寝る間を惜しんで探していた」
藤枝はそれでも、ベルモットの話を半信半疑で聞いていた。
「エミリーが危篤だという一報を聞いて、あなたのK国行きをジンに進言したのもあの子よ。
あの子、オドゥムの刺客に襲われて腹部に大ケガをしていた。それを押してあなたとK国に行くつもりだったの」
その言葉に藤枝は驚く。
そういえば自分が彼女に暴力を振るったとき、彼女の服に血のような赤い痕があった事を思い出す。
「あなた、ラスティーになんて言われてここに来たの?」
「二人が…生きられる…選択…」
「それって、『私の領域内だったら、二人の最期の時間を…』ってことだったんじゃないかしら。
もしあなたがオドゥム側にいたままだったら、彼女の危篤を教える人間がいた? 彼らにとってエミリーは大事な人質。その人質が死にそうだなんてあなたに教えると思う?」
「?! そ、そういうことだったのか?! そういう意味で…なのに俺はッ!」
初めてラスティーの本心を知り、藤枝は愕然とした。膝の力が抜け、床に手をつく。
(そこまで考えて俺を…)
溢れる涙はポタポタと床に落ちた。
***
りおは、藤枝にエミリーの日記だけでも渡せないかと手を尽くしていた。
安室が病院潜入時に仲良くなったという警備員と連絡が取れないか考え、安室にメールをした。
その日の夕方、警備員と連絡が付いたこと、身元引受人がおらず、エミリーの遺体は病院の霊安室に安置されたままで、遺品も病院で預かっていると返信が来た。
エミリーが亡くなった今、オドゥムにとって藤枝は糸の切れた凧同然だ。
このまま放置するのか、それとも邪魔者として消すのか。どちらに舵取りをするのか、りおは読めずにいた。
答えを出せないまま夜になる。
昴はりおが悩んでいる様子に気付いていたが、黙って見守っていた。
赤井が入浴を済ませ、自室に入ったのは夜中の12時を回っていた。
ベッドに入って本を読んでいると、ドアのノックが聞こえた。
トントン
「どうぞ」
声をかけると、ドアを開けてりおが顔を出す。
『入っても良い?』
唇の動きだけで伝える。
「ああ、もちろん」
赤井の返事を聞いてりおはそっと部屋に入り、ドアを閉めた。
「りおが俺の部屋に来るなんて初めてじゃないか?」
そう言われてちょっと考えたりおは、そうかも! と小さく頷いた。
上半身を起こした赤井のそばへ行き、ベッドサイドに腰を下ろす。
「どうした? 眠れないのか?」
赤井は優しく声をかけた。
『相談したいことがあるの』
数秒置いて、りおは手話で答えた。
「ほー。やっと相談相手として格上げされたみたいだな」
赤井がふざけて言うので、りおは『もう!』とつついた。
すまんすまんと言いながら、赤井はりおの手を掴んで引き寄せる。
「それで? 何を悩んでいるんだい?」
『エミリーの遺体は身元引受人がいないために、病院の霊安室に安置されたままなんですって。彼女が亡くなった今、藤枝はオドゥムにとって用済み。だから、藤枝をK国へ身元引受人として行かせるべきかどうか悩んでいるの』
りおはゆっくり考えながら手を動かす。
その手を赤井はジッと見つめていた。
『用済みの藤枝を放置するのか、それとも邪魔者として消すのか、読めずにいるの』
「そうか」
相談内容を聞いて赤井はうなずいた。
「相手の出方が分からない以上、行かせるべきではないだろう」
『私もそう思う。でも…このままではエミリーが……』
しばらく赤井は考えこんだ。
エミリーは重要参考人としてFBIでもその動向を探っていた人物だ。それゆえ、彼女の訃報もFBIはキャッチしていた。
「彼女はアメリカ国籍のままだから、重要参考人だったことでもあるし、FBIが身元引受人として遺体を引き取り、荼毘に付してアメリカへ連れ帰ることは出来るだろう。
藤枝が解放されればエミリーの遺骨も遺品も、藤枝に返すことが出来るが……。
当然、その時は《逮捕》になると思うし、荼毘に付す前に…最期に会わせてやることは…出来ない」
赤井は目を閉じた。
遺体を見ることがないまま、明美の死を知った時のことを思い出す。
りおがぎゅっと赤井の手を握った。
ハッと目を開けりおの顔を見る。
彼女はうつむき、今にも泣きそうだった。
「りお…」
名を呼び、頬に触れる。
「ベルモットに連絡を取ると良い。藤枝に今言ったことを伝えてもらえ。あとは藤枝が決めればいい。それでどうだ?」
りおはコクリとうなずいた。
切なくて、胸の奥が痛い。なのに涙は出ない。
いつから泣けなくなったのだろう?
胸を押さえるりおを、赤井は抱きしめた。
そのまま唇を重ねる。ゆっくりついばむようなキスをして、顔の角度を変える。
薄くあいた唇に舌を入れた。
舌を絡ませて、唾液を送って、舌裏をくすぐる。唇を甘噛みすると、ぴくっとりおの体が反応した。
ちゅっとリップ音がして、ふたりの顔が離れる。
「けが人だからな…。今日はこれ以上しないよ。だが、このままおやすみと部屋に帰したくない…。ここで一緒に寝るか?」
返事をする代わりに、りおは赤井に抱きついた。
「ははは。お前はかわいいな」
布団の中にりおを引き入れる。
ふたりは抱き合って眠りについた。
翌朝早く——
りおはベルモットにメールをした。
FBIが重要参考人としてエミリーをマークしていたこと。
死亡情報を得てFBIが身元引受人となり、遺体と遺品を引き取ってアメリカに行くことになりそうだと、藤枝に伝えてもらうようお願いした。
そうなればいずれ藤枝の元に全てが届くように、手立てを講ずることも出来る…と。
送信後しばらくしてベルモットから電話がかかってきた。声が出ない事は先日伝えてあったはずなのに…?
不思議に思いながら、電話に出た。
「ラスティー、声が出ないのにごめんなさいね。黙って聞いてくれれば良いわ。
藤枝には私から伝えておくから心配いらないわ。
それより、あなたのケガはどうなの? また無理をしてFBIの事も調べたんでしょう? あなたはやれるだけの事をした。だから自分を責めてはダメよ。…それだけ伝えたかったの。
ほとぼりが冷めたら、まず私に連絡を。良いわね」
それじゃあと言って一方的に切れた。
ベルモットの優しさ。いつもの事ではあるが、他の幹部たちとは違う扱いを感じる。
優しくされればされるほど…自分がNOCである事に心が痛んだ。
朝食を済ませ、昴はりおのキズの処置をするため、彼女にソファーへ横になるよう促した。
りおはゆっくりソファーに腰をおろし、横になる。
『っっっ!!』
痛みで一瞬表情が歪んだ。
昴は手際よくガーゼを外し、傷口を消毒した。化膿している様子はないが、まだまだ痛々しさの残る状態には変わりなかった。
「痕…残るかもしれませんね…」
こんなキレイな肌なのに…。昴は小さくつぶやいた。
処置が済むとりおは腹部を押さえて立ち上がる。
『ありがとう』と手話で伝えるが、表情が優れない。
どうやら今日はかなり痛みがあるようだ。
昨日刺客をまくためとはいえ、無理をしたのがいけなかったのだろう。
「痛みがあるようなら痛み止めを…」
昴がそう言いかけたところで、りおは腹部を押さえ床に膝をついた。
「りお! ベッドで横になりましょう」
昴はりおを抱え上げ、部屋へと連れて行く。
急いで痛み止めを飲ませベッドで休ませた。
痛みで歪む顔には汗が浮いている。
(刺客を上手くまくことは出来たが…やはり無理をさせたか…)
はぁはぁと速い呼吸を繰り返していたが、薬が効いてくると少しずつ整っていった。
やがて規則正しい寝息にかわり、表情も穏やかになる。
昴も安堵のため息をつくと、そっとリビングに戻った。
リビングに置きっぱなしだった、りおのスマホがメールの着信を伝える。
ベルモットからのメールだった。
迷ったがエミリーのことだろうと思い、昴はメールアプリを開く。
藤枝がFBIの遺体引取りに同意したと書かれていた。
昴は早速ジョディに連絡をした。
1時間半ほどして、りおがリビングに顔を出す。
「おや、痛みは良いのですか?」
『だいぶ楽になりました。昴さんありがとう』
「そういえば、メールが来ていました。
それで悪いと思いましたが、相手がベルモットだったのでメールを確認しました。
遺体引取りの手続きは、早い方が良いと思いまして」
『そうでしたか。構いませんよ。藤枝が同意してくれたようですね』
りおはメールを読み、安堵の表情を見せた。
だがこの後、事態は思わぬ方向へ進むことになる。