第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
数日後——
さくらは病院を退院した。
窓口で手続きをした後、病院を出たさくらはタクシーで駅へ向かい、ひとりで新幹線に乗り込んだ。
車両の中ほどの席に座る。
帽子をかぶった男がひとり、さくらの3つ後ろに席を取った。
新幹線は定刻通り出発した。
東京を離れていくつ目かの大きな駅の手前で、さくらはトイレに行くため席を立った。個室に入ると用意していた違う服に着替え、メイクをして別人になりすます。
やがて新幹線は徐々にスピードを落とし、駅に到着した。
乗り込んできた大勢の乗客に紛れ、先ほどの席と同じ車両の前から2番目に座った。
「ッ!?」
帽子をかぶった男が、さくらがトイレから帰ってこないことに気付く。
座席から立ち上がり、乗客の流れに逆らうようにデッキに向かうとさくらの横を素通りして、トイレ周辺をキョロキョロと探し始めた。
当然のことながら、そこにさくらの姿は無い。
焦った男はさくらが自分の存在に気づいて下車したと思い込み、慌てて新幹線から降りて行った。
帽子の男がホームのエスカレーターを下っていくのを見たさくらは、先ほど座っていた席に移動して置きっぱなしにしていた荷物を回収した。ちょうどそのタイミングで駅のホームは発車の合図が鳴り、新幹線が動き出した。
『ふぅ…』
東京を出た時と同じ席でさくらは安堵のため息をつく。次の駅で新幹線を降りた。
その後はローカル線で川品駅まで戻り、駅ビルのトイレで念のため別の服に着替え、駅の外で待っていた博士の車に乗り込んだ。
もちろん、新幹線でもローカル線でも常につかず離れずの距離に昴がいて、あたりを警戒していた。昴も時間差で川品駅を出ると博士達と合流した。
「うまくいきましたね」
博士の車に乗り込んで、開口一番昴が言った。
「あの男は、病院でもずっと外からさくらの部屋を伺っていました」
『退院のタイミングを見計らって私を拉致しようとしていたようですが、まさか新幹線に乗るとは思っていなかったみたいですね』手話で語るさくらにも笑顔が見える。
「確かにあんなに人が多いところで拉致するのは骨が折れるからのう。ましてや、うじゃうじゃ人がいる駅でさくらくんを探すのは手間じゃろうしな」
博士は運転をしながら、「木を隠すなら森とはよくいったもんじゃわい」とニコニコしていた。
工藤邸に戻ってくると、りおはなだれ込むようにソファーに座った。
「さて、まだ腹部のケガも完全に良くなったわけではありません。無理をお願いして少し早めに退院してきたのですから。
着替えたら部屋で横になっていてください」
昴に言われて、りおは部屋着に着替えるとベッドに潜り込んだ。正直、人ごみの中での乗り継ぎで疲れていた。
**
りおは夢の中で病室のドアの前に立っていた。
ドアを開けて中に入る。
エミリーがベッドの横に座っていた。
長いブロンドの髪をひとつの三つ編みにしている。病気とは思えないほど顔色が良かった。
「エミリー?」
声を掛ける。
エミリーはりおに気がつくとニッコリ微笑んだ。
『トシはいつ来るのかしら?』
(トシ? ああ、藤枝俊政…トシマサだから「トシ」か…)
尋ね人が誰のことか分かったものの、いつ来るという質問には答えられなかった。
うつむき、エミリーから目をそらす。
するとエミリーはベッドから立ち上がり、「ねえ?いつ?」と再び同じ質問をしながら近づいてくる。
そしてりおの顔に触れた。
「ッ!」
その手は恐ろしいほど冷たかった。ゾクッとしてエミリーの顔を見る。
「早く…早くしないと間に合わないわ…」
そう言ったエミリーの顔はみるみる痩せ細り、ついにはミイラのようになってカラカラに乾いていった。
「エミリー!!」
夢の中で叫んで、目を開けた。
見慣れた天井と、心配そうに覗き込む昴の顔があった。
心臓がバクバクしている。
「うなされていましたよ。大丈夫ですか?」
昴がりおに声をかけた。
『はぁ…』
体を起こし、何度か大きく息をして呼吸を整える。
『一緒にリビングにいても良いですか?』
もう眠るのはムリだと思ったりおは、手話で昴に訊ねた。
「構いませんよ。一緒に何か温かいものでも飲みましょうか」
昴はりおに笑顔を向けた。
昴はりおにカフェオレを入れてくれた。
カップを両手に持ち一口飲む。
ふぅとため息が漏れた。
昴もコーヒーを飲みながらりおの顔を見る。
「どうしました? 浮かない顔ですね。先ほどうなされていた夢のことですか?」
昴の問いかけに、りおはカップをテーブルに置き、手話で話し始めた。
『私は何も出来なかった。藤枝にも嘘をついた。二人が生きられる選択を…なんて言っておいて、結局彼女の死に際に間に合わなかった。二人共不幸にしてしまった…。もっと早く藤枝をK国に…』
ヒラヒラと動くりおの手は震えていた。
昴は自分のコーヒーカップをテーブルに置くと、りおの手を握りしめた。
「そんなに思いつめないで」
りおは顔を上げ、昴の顔を見る。
「その時に出来る最善を尽くしたのでしょう? もっと早く藤枝をK国に連れて行く方法は確かにありましたが、それは組織を裏切り、結果的にあなたの使命や正義を捨てることになる。
どんなに尽くしても、報われない……私もあなたも…そんな経験はたくさんしてきたでしょう」
昴の手にグッと力が入る。
たくさんの大切な人、守るべき人を見送ってきたからこそ、お互いにその痛みが分かる。
昴はそっと抱き寄せ、泣いて良いんだぞ…とつぶやいた。
りおは胸の痛みを感じながらも、なぜか涙が出なかった。やがて疲れもあってか、昴に抱きしめられたまま眠ってしまった。