第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
刺客に襲われて二日後——
病室にはさくらが一人。
面会時間になると、哀が用意してくれた着替えなどを持って昴が来てくれる。今日もあと30分もすれば来るだろう。
入院生活はつまらない。
ひとりでいる時間は途方もなく長く感じた。
「エミリーの容態はどうなんだろう」
たくさんの医療機器に囲まれ、たった一人で眠っていたエミリーの姿が頭から離れなかった。
自分にはたくさんの仲間が見舞いに来てくれる。
少年探偵団の子どもたちや博士、事情聴取と言いながら佐藤刑事とののろけ話をしていく高木刑事。
病室の中はいつも笑顔が絶えない。
「エミリーは…寂しかったのかな…」
チクリと心が痛んだ。
その時、さくらのスマホにメールが着信する。
ベルモットからだ。彼女にはケガのことをまだ話していない。エミリーの事で何か分かれば連絡を貰えることになっていた。
さくらはメールのアプリを開く。
そこには、エミリー危篤の一報が入っていた。
コンコン
「さくら、具合はどう…」
面会時間になり昴が病室に入った時…さくらの姿はそこになく、ベッドの上には脱いだ病院着と、ポタポタと薬液をこぼす点滴の針があるだけだった。
病院を抜け出したさくらは、組織のラボでジンと会っていた。
「ジン、残念だけどギムレットレポートは存在しないわ。これ以上の捜索ごっこは時間の無駄よ。もうやめましょう。
藤枝をエミリーのところへ行かせてあげて欲しいの。短い時間だったけど彼は十分組織のために働いたじゃない。お願いよ」
ジンはラスティーの話をタバコを吸いながら聞いていた。
「藤枝にそこまでする義理がどこにある? 結果を出したならともかく『ありませんでした』じゃあ、ご褒美はもらえねえだろ」
「じゃ、じゃあ私が同行するから数日間だけエミリーと会わせてあげて。どっちみちエミリーは助からない。彼女が死ねば、藤枝が組織に従う理由もなくなるわ。
裏社会でかなりの情報網を持ち、尚且つ武器商人としても精通している藤枝に今恩を売っておけば、組織にとっても有利じゃないの?」
それを聞いてジンの顔つきが変わる。
「ふん。お前は本当に頭が回るな。なるほど…それも悪くねえ。いいだろう。ただしお前が監視役として一緒に行け」
「ええ。もちろん」
ようやくジンの許可をもらい、ラボの一室で作業をしている藤枝の元を訪ねた。
「藤枝! 準備して。これからエミリーに会いにいくわ」
その言葉に一瞬表情が緩んだ藤枝だったが、突然の訪問許可が何を意味するのか、なんとなく察した。
とりあえずの旅の準備をしてラボを出ようとしたその時だった。
プルルルルル…プルルルルル…
ジンから返してもらったばかりの藤枝の携帯が着信を知らせた。
電話の相手はエミリーの病院関係者だった。
電話に出る。
恐ろしいほど淡々と、その事実を知らされた。
ラスティーは電話に出た藤枝が動きを止めたことを不審に思い、声をかける。
「藤枝?」
「エミリーが……死んだ…」
「え?」
突然のことで、藤枝の言った言葉がすぐに理解できない。
「エミリーが死んだ!! 死んだんだ!!」
藤枝はラスティーの胸ぐらを掴み、「うおぉぉ!!」と叫びながら突進する。ラスティーの背中が壁に激突した。
「ラスティー!! お前ギムレットのお気に入りだったそうじゃないか!! ラボで聞いた!
だったら、お前エンジェルダストの事を何か聞いていたんじゃないのか!? 知ってて隠していたんだろう?
おかげでエミリーは死んだ!! 間に合わなかった!! くそ! くそ! くそ!」
何度も壁にラスティーの体を打ち付ける。
最後は床に叩きつけるように投げると背中や腹を蹴った。ラスティーは抵抗一つせず、藤枝の暴力になすがままだ。
さすがに周りにいたラボのスタッフがすぐさま止めに入った。
スタッフたちに羽交い締めにされてもなお、暴れ続ける藤枝。半狂乱だった。
ラスティーは女性スタッフに抱えられるように起こされ、「大丈夫ですか?!」と声をかけられた。
『大丈夫』
そう答えたつもりだったが声は出ていない。
そのままゆっくり立ち上がり、処置室へ行きましょうというスタッフを制して、ラスティーはひとりラボを後にした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
腹の傷が開き、じわじわと出血していた。
それよりもエミリーの死に間に合わなかったことにさくらはショックを受けていた。
この後どうすればいいのか、何をすればいいのか、まったく思考がまとまらない。
ふらふらと当てもなく歩き続けた。
(ここ……は…?)
船の汽笛が聞こえ、フッと顔を上げると周りをゆっくり見回す。気が付けば埠頭にいた。
出血と疲労でいよいよ一歩も動けなくなり、建物の影でうずくまる。
『エミリーごめんなさい』
何度も何度もそう唇が動いた。
もう目を開けている事も苦痛になり、そのまま目を閉じる。意識が次第に遠のいた。
昴はさくらが藤枝に会いに行ったことは予想していた。車を飛ばしラボ近くの埠頭で様子を伺おうと考えていた。
ラボから見えない位置に車を置き、徒歩で近くまで向かう。
そこで、点々と続く血痕を見つけた。血の飛び散り方からして、ラボからこちらに向かってきているようだった。
「もしかして…」
昴は血痕をたどっていく。
やがて倉庫と倉庫の狭い路地に、さくらがうずくまっているのを見つける。
「さくらッ!? さくらッ!!」
何度か声をかけるが意識はないようだ。
疲労と出血、ケガからくる発熱で呼吸は浅く速い。どうやら暴行を受けたらしく、顔や腕には新しいキズも見られた。
腹の傷は開き服を赤く染めている。
昴は何も言わずさくらを抱き上げると病院へと急いだ。
**
病院で治療を受け、りおは病室で眠っている。
ベッドの横で昴がりおの手を握っていた。暴行を受けたりおの顔には、大きな絆創膏が貼られている。
それを悲しげに見つめていると昴のスマホにメールが着信した。キャメルからだった。
「エミリー・ハワードの死亡確認」
短いメールだった。
りおは「星川さくら」の偽造パスポートを持っていた。そこから考えられるのは…
おそらく「エミリー危篤」情報を得たためにラボに行き、ジンを説得するために自分が監視役として付いて行くとでも言ったのだろう。だが、出発前に訃報を受けた。
ショックを受けた藤枝がりおに八つ当たりでもしたか……
りおも抵抗しなかったと見える。
目を覚ました時、なんと声をかけたらいいんだ。
「ふぅ……」
昴はため息しか出なかった。
売店でコーヒーを買って病室に戻ると、りおが目を覚ましていた。ぼんやりと窓の外を見ている。
ベッドに近づくとりおは昴を見た。
目には涙が溜まっている。
『昴さん』
唇が動いたが声が出ていない。
ああ、やはり声を失ってしまったのか…。
昴はりおを抱き寄せた。
「りお、泣いて良いのですよ。私の前で感情を押し殺す必要はありません。辛かったですね。大切な人を失った藤枝を見るのは…。
過去の自分を…見るようで…」
そう言いながら、りおを抱きしめた。
だが、りおには泣く気力は残っていない。ひとすじ、涙を流すことしか出来なかった。