第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カンカンカンカン…
階段を昇る音が響く。
昴は屋上にたどり着き、あたりを見回した。
「?!」
足元に血の付いたナイフが落ちていることに気付いた。
嫌な予感がする。
以前より室外機などが増えた屋上。
周りに気を配りながら先に進むと、スコッチが事切れたその場所にさくらが倒れていた。
「さくら!!」
慌てて駆け寄り抱き起こす。
「ッ!!!」
手に触れた生暖かいぬるりとした感触。
さくらのまわりは血で染まっていた。
数十分後…
昴は手術中のランプの前で待たされていた。
ジャケットには、さくらの血がいたるところに付いて乾いていた。
しばらくすると忙しない二人分の足音が聞こえてくる。
「す、昴くんッ!」
「はぁッ! はぁッ! さくらさんの…さくらさんの容態はッ?」
ゼイゼイと息を切らした博士と、取り乱した哀が昴に駆け寄った。
「まだ…わかりません」
昴は力なく答えた。
「何でこんなことに…」
哀は絶句した。
程なくして捜査一課の面々が病院に来て、現場の状況を詳しく説明してくれた。
さくらが何者かに襲われ、応戦したこと。相手が不利になったと感じ、屋上から飛び降りたようだと聞かされる。
問題はその襲った男が何者か…だ。現在総力を挙げて身元を調べているという。
「さくらさんが襲われる心当たりは?」
高木刑事が昴に問いかける。
「さあ…。彼女は大学の職員ですし、特に誰かに恨まれるようなことは…」
「そうですか…」
当たり障りのないことを言ってその場を切り抜ける。正直…こんなことをしている気分では無かった。
やがて手術が終わり、出入口の自動ドアが開くと医師が出て来た。
「傷の位置が低く幸い内臓まで傷が達していなかったので、大事には至りませんでした。ですが出血が多かったのでしばらく安静が必要です」
医師はそれだけ説明すると手術室を後にした。
取り残された昴達は手術が終わってベッドに寝かされたさくらと一緒に、ナースステーションに近い個室へと移る。
刑事事件の被害者ということで、警察が警備をしやすい個室を用意してくれたようだ。
大事に至らなかったとは言え手術を終えた直後。
酸素マスクにモニター、点滴などに繋がれたさくらの姿は痛々しかった。
「なぜ、さくらくんはビルの屋上なんかにいたのかのう…」
博士が不思議そうに訊ねた。
「……私がいけないんです…」
昴が苦しげにつぶやいた。
「ん? どういうことじゃ?」
「さくらは組織の任務でK国に行っていました。そこで辛い現実があった。やりきれない気持ちを昇華するために、さくらはある男とずっと空を眺めていた。
私がそれに嫉妬したんです」
昴はさくらの顔を見ながら続ける。
「他の男と空を見ていた。その事実に自分の嫉妬心を抑えきれなかった。
さくらを押し倒して無理やり組み敷こうとしたんです」
「なんですって?!」
哀が叫んだ。
「あなた、さくらさんが空を眺めるのはなぜか知ってる?」
「え?」
昴は哀の問いかけに答えることが出来なかった。
「前に聞いたことがあるのよ。時々空を眺めていることがあったから、そんな時何を考えているのって」
初めて聞く話…昴は視線を落とし、哀の話に聞き入った。
「そしたらね、『どうしようもなく寂しかったり、悲しかったり、辛かったりした時は空を見上げるの。どんなに離れていても空は繋がっているでしょう。
この空を大好きな人も見ているかなって。私の横を通り過ぎていった風も、いつか海を渡ってその人の横を通り過ぎるのかなって。
そう思うと少し元気になれたのよ』そう言っていたわ」
「ッ!」
「マレーシアにいた時の『大好きな人』はきっとスコッチという人だったのだろうけど…。
今はあなたのことよ。
任務中…空を見上げ、風の中にいたのなら…
会えないあなた事を考えていたんだわ」
哀の話に心底驚いた。
安室からのメール。
そこに書かれていたことをようやく理解した。
「う…ん…」
その時わずかにさくらの声が聞こえた。
三人がベッドを覗き込む。
さくらの目がゆっくり開いた。
「さくら?」
昴が優しく呼んだ。
「すば…る…さん」
声はさらに掠れていた。
さくらは昴に向かって手を伸ばす。
その手は昴の頬に触れた。
血液をたくさん失ったさくらの手は、想像以上に冷たかった。
「なん…で…泣いてる…の?」
さくらが昴に問いかける。
昴はその手をギュッと握った。
「ふっ…くッ!」
昴は涙をガマンすることができなかった。
「さくら、すまなかった。俺が悪かった」
さくらは口元の酸素マスクを外すと、点滴の繋がったもう一方の手も昴に伸ばす。
「あなたを抱きしめても…良いかしら?」
昴の首に両腕を回した。
「泣かないで。私を心配してくれたんでしょう? あなたは悪くない。私がいけなかったの」
さくらは両腕に少し力を入れ、昴を抱きしめる。
「ごめんなさい」
「なんで…なんでお前が謝っているんだ?」
「なんでって…え? じゃ、じゃあ、ごめんなさいって言ってごめんなさい?」
「……お前には敵わないよ…」
昴は首に回したさくらの手を掴み、そっと緩めると体を起こしてさくらを見た。
涙が幾筋もこぼれたが、その表情は穏やかだ。
昴の手をさくらはギュッと握る。
「昴さんの手…温かい。お願い。手を握っていて」
昴はその手を握り返す。
「もう少し…眠って…良い?」
「ええ。良いですよ。ずっとそばにいます」
さくらはわずかに微笑むと、再び目を閉じた。
「これじゃあ、彼のためだけに目を覚ましたようなものね」
哀が二人の様子をみていてつぶやいた。
「自分がどんなに辛い状況でもああやって人のために…。
今だって体、相当キツかったはずよ。昴さんを気遣ってあんなに喋っていたけど…」
「それがさくらくんなんじゃよ。だから皆彼女に惹かれるんじゃ。そうじゃろ?」
微笑みながら博士が言った。
哀も笑顔を見せ、「そうね」とつぶやいた。