第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
コンコン
安室は組織のラスティーの部屋を訪ねた。
ガチャ
ドアの向こうからラスティーが顔を出した。
「ちょっといいかい?」
「ええ、どうぞ」
部屋にバーボンを招き入れたラスティーの声は、駅で別れた時よりひどくなっていた。
「いつからここにいるんですか?」
「二日前からよ。工藤邸にお土産を届けて、その後すぐ」
コーヒーを入れながらラスティーは答えた。
「エミリーのことも分かりますが、何かありました?」
昴から連絡をもらったことは言わなかった。
「特に何も」
「何もないのに、どうして傷ついた顔をしているのです? それに寝てないでしょう。顔色も悪い。そうやって全て自分の中に貯めてしまうのは良くないですよ」
バーボンの指摘に、ラスティーの肩がピクッと揺れた。
「彼を…」
「え?」
「彼を不安にさせたのは私の責任だから…」
ラスティーはうつむいたまま小さな声でつぶやく。
「彼…とは冲矢さんのことですか?」
バーボンは優しく訊ねた。
しかしそれ以上ラスティーは何も言わない。
「彼とケンカでもしましたか?」
知っててこんなことを言う自分も、大概意地悪だなとバーボンは思った。
「ケンカなんてしていませんよ。私が一方的に彼を怒らせて、一方的に逃げてきたんです。
彼は何も悪くない。私の責任なんです…」
ラスティーはそう搾り出すようにつぶやくと、ゴホゴホと力なく咳き込んだ。
「K国にいた時より、咳がひどくなっていますよ。ラボで薬をもらったらどうです?」
ラスティーの背中をさすりながらバーボンはそう声をかけたが、ラスティーは首を横に振る。
「何かしていないと気が滅入ってしまって」
「そうだとしても、ちょっと咳がひどすぎます。それに…熱ありませんか? 体が少し熱いですよ。無理しすぎです」
咳の後ハァハァと呼吸を整えるラスティーの姿が、前よりずっと小さくなった気がした。
バーボンは思わず彼女を抱きしめたい衝動に駆られるが、その気持ちをグッと抑え込む。
「ごめんなさい。もう大丈夫」
ラスティーはそっとバーボンから離れた。
「確かにちょっと煮詰まっているかもね。頭を冷やしてくるわ。
…久しぶりに…会いに行ってみようかな…」
そうバーボンに伝えるとラスティーは自室から出て行った。
安室との電話から2時間ほど過ぎた頃、昴の元に1通のメールが届いた。
りおはアジトの自室で、ここ二日間藤枝の補助としてギムレットのレポート探しをしているとわかり、昴は安堵する。
さらにK国での事がメールには詳細に記されていた。そしてメールの最後にはこんなことが書かれていた。
『苦しい胸の内を吐き出すこともできず、さくらさんはずっと強い風の中に佇んでいました。そして空を見上げていました。
さくらさんの心の中は、あなたでいっぱいだった。僕の入る余地なんて、これっぽっちも無いくらいに』
メールを読んで昴は死ぬほど後悔した。
傷ついて帰ってきたのに、労わるどころか逆に傷つけてしまった。
今はただ会いたい。会って謝りたかった。
さらに安室のメールには続きがあった。
『追伸
彼女は頭を冷やしてくると言って部屋を出て行きました。もしかすると《スコッチ》に会いに行ったのかもしれません』
スコッチに…?
しばらく考え、ハッと思い当たった。
昴は上着を手に取ると、すぐに工藤邸を出て行った。
さくらはとあるビルの屋上にいた。
一部黒っぽく変色したコンクリート部分に跪く。愛おしそうに、変色した部分に触れた。
(ヒロ先輩…)
涙が一粒、二粒、ポタポタとコンクリートの上に落ちる。雫が落ちた所は色がすぐに変わった。
『男はその気になれば、あなたを自分のものに出来るんですよ』
冷たく言った昴の言葉が蘇る。
そう言わせてしまうほど、彼を不安にさせたのは自分だ。
藤枝についた嘘に耐え切れなくなって、安室に抱きしめられ、すがって泣いたのも事実。
それに後ろめたさがなかったわけじゃない。でも、赤井に対する気持ちに嘘偽りは全くない。ただそれを言葉にして伝えることが出来なかった。
さくら自身も感じていた。日増しに声が出にくくなっていくことを…。
私はどうしたら良いの?
どうすれば良かったの?
考えれば考えるほど、答えは闇の中に沈んでいく。
「ふ…うぅ…う…」
涙はとめどなく流れる。だがどんなに涙を流しても、心の中にある苦しさは無くならない。こんな時、誰かにすがることが出来たら…といつも思う。
全てはNOCであるが故に叶わない事だった。
苦しくて、どうにもならなくなって…思いついたのがこの場所だった。
ココに来たって何も変わらないけれど…。
家族や仲間の為に死を選んだスコッチが最期に見た景色。
同じ景色を見て、彼の最期の思いを感じたかった。
『人を守る警察官に…』
自分の原点に立ち戻れる場所でもあったから…。
「ッ!!」
その時———。
ものすごい殺気を放つ男がさくらめがけてナイフを振り下ろした。
さくらはとっさに避ける。
「何者?」
身構え、相手の様子を伺う。
「ラスティー…よくも我々のジャマを!」
男は次々とナイフで攻撃を仕掛けてくる。その全てをさくらはかわした。
(ッ! なんて速さなの!?)
攻撃と防御を使い分ける素早い身のこなし、鋭い眼光。
その男がかなりの訓練を受けてきていることはすぐに分かった。
こちらからも蹴りを仕掛けるが、全て受身を取られた。熱のせいもあってか体が重い。
体力的にも精神的にもかなり分が悪いようだ。
さくらはナイフでの攻撃をギリギリで避け、男の手を掴む。
「あなた、オドゥムの者ね?」
さくらの問いかけを聞き、男はニヤリと笑う。
「愛する将軍様にこの国を献上する。その邪魔をするものは全て消す!」
そう言うと掴まれた腕を振り払い、さくらの背中に蹴りを入れた。
「くぅッ!」
さくらは蹴りの衝撃で前に吹っ飛んだ体を丸め、コンクリートの地面に手をつき、回転を加えて体勢を立て直す。膝をついて男を睨みつけた。
「エンジェルダストで殺人兵器と化した者たちをこの日本に、東京に、大量に解き放てばどうなると思う?」
「ッ!?」
ニヤリと笑う男の言葉に、さくらはゾクリとした。
そのスキを逃さず、男はナイフを向けてさくらに突進してきた。
「はッ!」
わずかに初動が遅れたが、さくらはサッと攻撃を避け男の足を狙う。体重が乗った方の足を払うと、男はバランスを崩した。
だが驚異的な身体能力で体勢を保つと、男はさくらに切りかかる。
攻撃をかわそうとしたが熱で一瞬目がかすみ、頭がクラリとした。
ザクッ!
鋭い痛みが左の下腹に走った。
「ぐぅっ!」
ポタポタと血が落ち、コンクリートの色を変える。さくらは左手で傷口を押さえた。
男はチャンスとばかりにトドメを刺しに襲いかかってきた。だが、相手が手負いだと油断したのか正面から狙いに来る。
さくらは体をひねって攻撃をかわすと手刀で男のナイフを持った手首を狙った。
カランカランカラン……
ナイフがコンクリートの上を回転しながら滑っていく。
だが反撃もここまでしかできなかった。さくらは地面に膝をつく。
「ぐっ…はぁ…はぁ…」
「ラスティー…噂通りの女だな。だがそこまでだ」
手刀で殴られた手をぶらぶらと振ると、男はジャケットの内側から銃を取り出し、さくらに近づいた。
「次の手はありそうかな? ラスティー」
そう言いながら銃口をさくらの頭に突きつける。
「どうやらthe endのようね」
さくらはまるで他人事のように男に声をかけた。
男はニヤリと笑うと、
「本来ならここで終わりにするところだが、お前にはまだ聞きたいことがある。俺と一緒に来い」
立てとアゴで合図した。
さくらは左の腹を押さえ、フラリと立ち上がったその瞬間——
素早く銃のリボルバーを押さえた。
「なっ?!」
男はとっさにトリガーを引こうとするが、びくともしない。
さくらはそのまま銃をひねり上げ、男から銃を奪う。
バキッ!!
「ぎゃぁあ!」
男の人差し指の骨が鳴った。折れた指を反対の手でかばい、男はさくらを睨む。
「形勢逆転ね。死にたくなかったら、オドゥムのバックにいるのがいったい何者で、何を企んでいるのか言いなさい」
さくらは男に銃を向け、撃鉄を起こした。
「馬鹿にするなよ…」
男はそう吐き捨てるように言うと、さくらに背中を向けて走り出した。
「な?! ま、まさか! 待って! 待ちなさい!!」
さくらの制止は男に届かない。
後を追おうとするが出血が多く、数歩進んだだけで再び膝をついた。
「将軍様!! 万歳!!」
そう叫んで男は屋上から飛び降りた。
さくらはなんとか立ち上がり、男が飛び降りた所までフラフラと駆け寄る。
「ッ!!!」
手すりにつかまり下を見る。建物の真下にあった鉄柵に、男は串刺し状態で死んでいた。周りには大量の血。
そして気が付くと自分の手も、自身の血で真っ赤になっていた。
その惨劇と血液で過呼吸を起こしそうなるが、腹からの出血と痛みで発作を起こす前に目の前が真っ暗になる。
「はッ! はぁ…はぁ…しゅ…しゅう…い…」
ドサッ
そのまま崩れるように倒れた。