第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ラスティーは組織の自分の部屋に居た。
PCの前に座り、藤枝のレポート捜索の状況確認をしていた。
現状でギムレットのレポートは発見できていない。ラボのスタッフからもラスティーのPCに捜索依頼のメールが来ていた。
サカモトのPCから調査済みの範囲を確認し、この後調べなければならない範囲を検討する。PC画面にはいくつもコマンドが開かれ、それらがアンバーの瞳に映っていた。
軽快にラスティーの指はキーボードを叩き続けるが、やがてその動きは止まり、ため息が漏れた。
コンコン
ドアがノックされる。
ラスティーは席を立ち、相手を確認してドアを開けた。
「ハァイ。久しぶり」
ベルモットが差し入れを持ってやってきた。
「ベルモット…」
そうつぶやいた声はひどく掠れている。
手首には未だにうっすら残るアザ…。藤枝のこともジンから聞いた。
(やはりね…また無理をしているのね)
ベルモットは瞬時にある程度の状況を察した。
「ラスティー、働き過ぎは体に毒よ」
そう言ってテイクアウトのカフェオレにサラダボール、有名ベーカリーのパンをテーブルに広げた。
「あなたのそういうところ嫌いじゃないわ」
ラスティーは笑顔を見せる。
「あら、『あなたのそういうところ大好き』の間違いでしょ?」
ベルモットはおどけて返す。二人で笑い合いながら食事をした。
食後しばらくしてベルモットが口を開く。
「ラスティー、あなた今回の仕事から手を引きなさい。ジンには私から言ってあげるから」
タバコに火をつけ、ふぅ~っと煙を吐くとベルモットは続ける。
「ギムレットが絡んだ仕事はするべきではないわ。ましてや藤枝の恋人も余命僅かだというじゃない。あなたの心のためにも手を引いたほうが良い」
細身のタバコを指に挟み、頬杖をついたベルモットは、先ほどとは違う少し険しい顔をしている。
「ありがとうベルモット。でもね…実は私、ギムレットのレポートは本人によって削除されていると思っているの。
でもそれは私の勝手な推測。根拠も証拠もない。
早く裏を取って、このくだらない捜索ごっこを終わらせたいのよ。存在しないものを探し続けるなんて、そんな無駄なことないでしょう?
無いと分かれば、藤枝も恋人のところに帰れるでしょうし…」
話を聞いていたベルモットはラスティーの顔をジッと見つめ、しばらく黙り込んだ。
指に挟んだタバコからは細い煙が立ち上る。
「声」
「え?」
「また出なくなりそうよ。それに顔色も悪いわ。おまけに目元は腫れぼったいし動きも遅い。熱があるんじゃないのかしら?」
「ッ!」
「アタリでしょ」
隠したって無駄よと、ベルモットはため息をつく。
「とにかく無理は禁物よ。あなたが思っている以上に、体はダメージを負っているのよ。少しは自覚しなさいな。まあ、食事ができるようだったから安心したけど」
にっこり微笑んで、持っていた携帯灰皿にタバコを入れた。
「ベルモット…どうしてそんなに私の心配を?」
ラスティーは以前から思っていた疑問を投げかける。
「この組織に引きずり込んだのは私たちだったし…。妹分? って思っているのかしらね」
微笑むベルモットの笑顔は、姉のような優しさを含んでいた。
「とにかく無理はダメよ。良いわね」
そう念を押すと席を立った。
「ベルモット…ありがとう」
ラスティーの言葉に微笑むと、ベルモットは「じゃあね」と言って部屋を出て行った。
ベルモットが部屋を出た後、ラスティーはカフェオレの入ったカップを持ち、先ほどまとめた資料に目を通す。
(ギムレット…か)
ふと、カクテルの名を口にする。
カクテルの持つ言葉は『遠い人を思う』
ギムレット本人も、亡くなった恋人を思いながら悪魔の薬を作った。
藤枝はエミリーを。
私は…? 私は誰を思う…?
一度深呼吸をして目を閉じる。
脳裏に浮かんだのは……。
***
りおが工藤邸を出て丸2日が過ぎた。
電話もメールもSMSも繋がらない。
昴は最終手段として、安室に連絡することにした。正直、彼の元にりおが居たら…。そう考えると今まで連絡できずにいた。
だが、2日も音信不通ではそんなことも言っていられない。
りおの身に何かあった可能性も捨てきれないからだ。
それを知るためには組織のアジトにりおがいるかどうか調べてもらう必要があった。
コール1回…2回…3回…『安室です』
相手が電話に出る。僅かに緊張した。
「冲矢です。安室さん、今大丈夫ですか?」
出来るだけいつも通りを装う。
『ええ、大丈夫ですよ。どうされたのですか? あなたが僕に電話なんて珍しいですね』
「ええ、まあ。さくらの事でお聞きしたいことが」
『さくらさんの?』
「…じつは…2日前からさくらが行方不明なんです。安室さんは何かご存知ないかと」
『どうして僕に? 冲矢さんが知らないのに』
そう言われると返す言葉もない。
しばらくの沈黙の後、安室が察したように口を開いた。
『組織のアジトに彼女がいるかどうか、僕に調べて欲しい…ということですか?』
「ええ、あなたにしか頼めませんから」
『どうして彼女は、あなたの前から姿を消したのですか?』
「それは……」
昴は安室の質問に答えることができない。
『僕との仲を疑った…とか?』
こちらは「さくらが居ない」ことくらいしか話していないのに、こうも確信を突いてくるのはさすがと言うべきか。
『彼女を傷つけたのか?』
安室が低い声で言った。
「最初に彼女を傷つけたのはあなたですよ。安室さん」
『それは否定しない。だが、なぜあなたが彼女を傷つける必要がある? 彼女が必要としているのはあなたなのに。今回もK国での事は相当堪えているはずだ。なのになぜ…』
「ちょっと待ってください。いったいK国で何があったんです? 確かに泣いたような跡が…」
昴がかぶせるように言いかけて、さらにそれを遮るように安室が言葉を発した。
『さくらさんが行方をくらませた理由が分かったような気がします。K国で何があったかも知らないまま、僕に嫉妬してさくらさんを問い詰めた…といったところですか?』
まさにその通りだ。返す言葉もない。
沈黙は肯定と受け取ったのか、安室は大きなため息をついた。
『とにかく、組織のアジトに確認に行ってきます。その報告も含めて、K国で何があったかもメールで送ります。駅で別れた時かなり咳をしていましたし、声もだいぶ掠れていました。あなたに十分な説明が出来なかったのも事実でしょう』
「助かります」
昴は素直に礼を言った。
また連絡します。
それだけ言うと電話は切れた。