第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
安室は一旦帰宅しポアロへ。
さくらは工藤邸に行くことにした。
「おそらく近いうちにラボに呼ばれると思います。レポートが見つからず、藤枝に焦りが出てくると思いますので」
安室に言われ、さくらは頷いた。
「じゃあ、また」
ふたりは米花町の駅で別れ、それぞれの場所に向かって歩き出した。
リンゴーン
工藤邸の呼び鈴が鳴る。
昴がインターホンに出ると画面にはりおの姿があった。慌てて玄関のドアを開ける。
笑顔のりおがいた。
「お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
そう答えたりおの声を聞いて昴は驚いた。
「どうしたんですか? すごい声…」
問いかけながら荷物を持ってやる。
「ホテルと飛行機の空調にやられました」
ごほっ!ごほっ!ごほっ!
玄関に入って靴を脱ごうと身を屈めると、りおは酷く咳込んだ。心なしか顔色も悪いように見える。
「なにか温かいものでも入れますね」
昴はリビングに荷物を置くとキッチンへと向かった。
(ずいぶん酷い声になっていた。本当に空調のせいだけだろうか?)
組織の任務は神経をすり減らす。以前失声症になったこともあるので昴は心配になった。
昴はホットミルクを持ってリビングに戻る。
それをテーブルに置くと、「飲む前に…ハグをしても?」
りおに問いかけた。
「もちろん」
りおは立ち上がると昴に抱きついた。
昴もりおを抱きしめる。
「ただいま、昴さん」
「おかえり、りお」
久しぶりに感じるりおの体温。無事に戻ってきたことに安堵した。
「ん? りお、泣いたのですか?」
目元に触れながら昴が訊ねた。僅かだが赤く腫れている気がする。
りおは何も言わず、自分の顔を昴の胸に押し付け、抱きしめる手の力を強めた。
「バーボンに何かされたワケではないのですね?」
その問い掛けにははっきり頷いた。
昴はホッと胸を撫で下ろす。
「話したくなったら話してください。とにかく温かいものを飲んで、少し休みましょう」
りおをソファーに座らせ、飲み物を勧めた。
りおはその後、静かにホットミルクを飲んでいたが、そのうちソファーのひじ掛けに体を預けるようにして眠ってしまった。
昴はそっとブランケットを掛けた。
りおがK国に行っている間、昴はオドゥムがなぜエンジェルダストにこだわるのか、秘密裏に調査していた。
まだオドゥムという組織の実態が見え始めたばかりだが、もしかするとそこに大きな陰謀が隠されているのではと感じ始めていた。
近いうちに沖矢昴の姿ではなく、FBIの赤井秀一として、正式に降谷零と会わなくてはならないかもしれない。
「ふぅ…」
穏やかに眠るりおの顔を見て、昴は重いため息をつく。
(今回の全容をりおに伝えるかどうか…)
昴は迷っていた。証拠は十分では無いにしても、ほぼ間違いない。
だが事があまりにも大きすぎる。りおにとって負担が大きすぎるのではないだろうか。
しかし自分が伝えなくても、りおが公安に所属する警察官である以上、いずれ伝わるだろう。
早い時点で知っていた方が、その後の対応を考える際の決め手になる事もある。
今夜落ち着いたら話すことにした。
午前10時を回る頃、りおが目を覚ます。
咳をしながらブランケットをたたんでいるが、まだ寝ぼけ顔だ。
「おや、もう起きたんですか?昼食が出来るまで寝ていれば良かったのに」
昴が洗濯物を干し終わってリビングにやってきた。
「寝すぎて逆に目が腫れそうです」
りおは掠れた声でそう言うとソファーに座り、ボンヤリしていた。
「…」
いつもに比べて覇気がない。ボンヤリしている事も多く、どこかだるそうだった。
昴はそっと近づくと、スキだらけのりおにキスをした。そのままぬるりと舌を入れる。
「ん!? …ぅん…!」
りおの体がビクリと跳ねた。
ちゅ! とリップ音をたてて、すぐに昴は唇を離す。
「あなた、少し熱があるでしょう? 口の中が熱いですよ」
「ッ! そ、そんな熱の測り方がありますかッ!」
りおの顔が真っ赤になった。掠れた声が少し上ずってしまう。
「泣いたし、夜長い時間外に居たし、空調で喉を痛めたし。少し炎症を起こしているだけです」
「夜、長い時間外で何をしていたんですか?」
「ホテルの屋上でボンヤリ飛行機の離発着を見ていたの。屋上なのに緑もあって風が気持ち良かったから」
「安室さんと?」
「ええ」
そう答えた直後だった。
昴が覆いかぶさるようにりおを押し倒す。
「聞き捨てなりませんね。ホテルの屋上で夜二人でいたなんて。キスでもされましたか?」
「されてない」
「では、抱きしめられたのでは?」
「そ、それは…」
言いよどむりおの態度に、昴は思わずカッとなった。
「人に信じて待っていろと言っておいて、それは裏切り行為ではありませんか?」
「ちが…そ、そんなんじゃ…」
掠れる声で懸命に説明しようとするが、もはや話を聞いてもらえる状態では無かった。
昴はりおの手首を掴んだ。
「もう一度聞きます。先日手首にこんな酷い痕を残した男と、夜遅くまで何を?」
「特に何も…風に当たって空を眺めていただけよ」
先ほどと同じことを伝える。だが昴は手首を掴んだままだ。
突然、昴はりおの両手首を右手一本で押さえつけると、空いた左手をりおの服の中に入れた。
「ッ! ぅ…んッ!」
ビクッとりおの体が反応する。
「男はその気になれば、あなたを自分のものに出来るんですよ」
昴はりおの耳元でささやく。驚くほど冷ややかな声だった。
それを聞いてりおは、今まで自分に向けたことのない悲しい、そして酷く傷ついた顔をした。
「ッ?!」
昴が一瞬ひるむ。
そのスキをつき、りおは昴の腹に膝蹴りを入れた。
ドカッ!
「うぐっ!」
ドサッ
昴がソファーの下に落ちた。りおは瞬時に体を起こし立ち上がる。
「誰が自分のものに出来るって?」
掠れた、しかし怒りを含んだ声だった。
昴は腹を押さえ膝をついて体を起こす。
顔を上げてりおを見た。
「ッ!!」
先ほどと同じ、酷く傷ついた顔をして昴を見ていた。
目には涙が溜まっている。
そのまま踵を返し、りおは工藤邸を飛び出していった。
バタン!
玄関の扉が閉まる音で、昴はハッと我に返った。涙を溜めたりおの顔を思い出す。
そこでようやく事の重大さに気付いた。
自分は何をやっているんだ。信じて待つと言っておいて。
彼女の話も聞かぬまま、嫉妬心に突き動かされて…
腹を押さえ慌てて玄関を出たが、通りにはすでにりおの姿はなかった。
**
その後…———
昴は思いつく限りのところへ行き、りおを探した。
阿笠邸、りおのアパート、公安のアパート、大学の図書館、塾の教室、毛利探偵事務所、ポアロ、新出医院…。しかしりおを見つけることは出来なかった。
何一つ手がかりもないまま工藤邸に戻る。
りおの手荷物がそのままになっていた。
大きな土産袋が目に留まる。博士や休みをもらった大学の職場への物だろう。賞味期限のあるものがあっては困ると思い、仕方なく中身を確認することにした。
キレイなりおの字で『for博士』『for哀ちゃん』とカードに書かれ、お土産に貼られていた。森教授や光彦、歩美、元太、コナン…少年探偵団の名前もあった。
最後に『for:S』と書かれた箱が出てきた。
「S……昴……秀一…か…」
自分へのお土産だとすぐに分かった。
ラッピングを解き、箱を開ける。
シルバーの一見弾丸のようにも見えるシンプルな携帯灰皿だった。フタの部分に小さなペリドットがはめ込まれている。
箱の中には1枚、小さなカードに書かれたメッセージも入っていた。
『吸いすぎ注意! ずっとそばにいて欲しいから…』
「ッ!」
『ずっとそばに…』
今はその言葉が心に痛みを残した。