第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
藤枝が部屋を出てしばらくして、安室はさくらの肩に手を置く。さくらが泣いている事に気付いていたから。
思った通り、さくらの肩は震えていた。
二人で助かる方法なんて無いに等しい。エンジェルダストにエミリーの病気を治す効果は無いのだから。
せめて二人が穏やかに最期の時間を過ごせたら…そんな思いから出た言葉だった。
藤枝に嘘をついた。その罪の大きさにさくらは震える。
涙があとからあとから溢れてくる。またしてもNOCであるが故に、この感情にフタをして何事もないフリをしなければならない。
ただただ苦しかった。
安室もその苦しさを理解し、さくらを抱きしめた。
「僕も同じ罪を背負うから。気が済むまで泣いて良いですよ」
安室は泣き続けるさくらの背中をさする。
やがて涙は落ち着いたものの、さくらは酷く落ち込んでいた。
安室はさくらをベッドに座らせるとバスルームに行き、濡れたタオルを用意した。
「たくさん泣いて目が腫れています。少し冷やしましょう。横になって」
コクリと頷いたさくらをベッドに寝かせ、目元に濡れたタオルを置く。
「喉の調子も良くないですし、少し眠って良いですよ」
そう声をかけてさくらの体に毛布をかけた。
泣き疲れたのか、緊張の糸が途切れたせいか、子どものようにさくらは眠りに落ちた。
何度かタオルをすすぎ目元を冷やす。
だいぶ腫れは引いたもののまだ目元が赤い。容易に泣いたことが分かる状態だった。
安室のスマホには、ホテルを出て帰宅して良いとジンから連絡が来ていた。だがこの状態でさくらをあの男の元へ返すのは気が引けた。
今回彼女が背負った苦しみを、分かってあげられるのは自分しかいないからだ。
「今夜一晩だけ…そばに居させてくれ」
安室は眠っているさくらの顔を見つめ、小さく呟いた。
しばらくしてさくらが目を覚ます。
目元のタオルをずらし、周りを見回した。安室がベッドサイドのスツールに腰かけ、ベッドに突っ伏した状態で眠っている。
毛布から手を出し、金の髪にそっと触れる。起きる様子がなかったので頭をそっと撫でた。
『僕も同じ罪を背負うから』
そう言ってくれた安室の優しさが嬉しかった。
(あなたはもうたくさんの物を背負っているのに。これ以上背負うというの?
警察庁のゼロに所属し、全国の公安のトップに立つ男。バカね…。私なんかのために)
さくらは目を細め、安室の寝顔を見ていた。
**
時刻は夕方になろうとしていた。
安室が目を覚ます。
ガバッ! と起き上がると、さくらと目があった。
「安室さん…ありがとうございます」
さくらがわずかに微笑み、掠れた声で呟いた。
「やっと落ち着きましたね。目元の腫れもだいぶ良くなりましたよ」
安室はそっとさくらの目元に触れた。
「どうしたら藤枝にレポート探しを諦めさせることが出来ますか?」
悲痛な面持ちでさくらは安室に問いかける。
方法は……一つだけある。
エンジェルダストにガンを治す効果は無いと藤枝に告げることだ。だが、それはエミリーの死を宣告することと等しい。
まして、レポートが見つかる前に藤枝にそれを伝えることは、組織への裏切り行為となる。
エミリーに残された時間は少ない。残り僅かな時間を二人が過ごすことに使って欲しい。
さくらの気持ちは痛いほど分かる。
だが…——
今は何を言っても藤枝は耳を貸さないだろうし、現状で組織を裏切る事は出来ない。
「今は方法がありません」
安室の口からは残酷な言葉しか出てこなかった。
もちろん、さくらも十分わかっている。分かってはいるが、その言葉は想像以上に重く心にのしかかった。
夕食もそこそこに、さくらは一人でホテルの屋上に来ていた。
ホテルの屋上には植物が植えられ、ちょっとした庭園のようになっている。
高層階なので風が強い。
髪を押さえながらベンチに座り、空を見上げた。
離陸直後の飛行機が目の前を通過していく。
真っ暗な空。切れ切れの雲が上空の強い風にあおられて時折流れていく。周りの照明のせいで、ほとんど星は見えなかった。
それでも、この空は赤井のいる米花町まで繋がっている。
今頃工藤邸の窓から見ているだろうか?
流れゆく雲は米花町まで行くだろうか?
頬を撫でていったこの風は、彼のところまで行くのかな…
そんなことをぼんやりと考えていた。
ビュッ!!
少し冷たい風が強く吹いた。
さくらの涙も、風と一緒に流れていく。
藤枝についた嘘。どうしてもさくらの心に影を落とした。
エミリー、あなたのところに藤枝を帰すにはどうしたら良いの?
あなたは待っているんでしょう?
彼の帰りを。
そのために私が出来ることは何?
秀一さん、私どうしたら良い?
苦しいよ…助けて…
さくらは自分の体を抱きしめるように身をかがめ、声もなく泣いていた。
「また泣いているのですか?」
背後から声がした。
さくらが振り返ると安室が立っていた。
「ひとりで抱え込まないでください」
「あなたは既にたくさん背負っているわ。これ以上背負わせるわけには……!?」
全てを伝えきる前に、さくらは安室に後ろから抱きしめられた。
「あの時、藤枝にはああ伝えるしか無かった。結果的に今は嘘をつくことになったが、あなたの気持ちは伝わったはずだ。
だから僕たちを信用してくれた。
いつかそれが、あの二人にとって良い方向に向かう手助けになるはずだよ。
あなたのしたことは間違っていない!」
強く抱きしめながら、安室はさくらに伝える。
そうであって欲しい
二人に最期の別れの時間を…
さくらは強く思いながら、安室の腕に強くしがみついて泣いた。
そのまま長い時間、ふたりは屋上のベンチに座っていた。
その間さくらはずっと赤井の事を思う。
死にゆく者…残される者…どちらも同じように辛い…そんなことをぼんやり考えていた。
翌日——
朝早い時間に、安室とさくらは荷物をまとめホテルをチェックアウトした。