第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
買い物の後、二人は展望デッキに登る。
風が少し強い。
離着陸する飛行機を間近で見られるので、子ども連れがたくさんいた。時折歓声が上がる。
「わ~! こんなに近くで見られるんですね!」
長い髪を押さえながら、さくらも飛び立つ飛行機を見上げた。
「ごほっ! ごほっ! ごほっ!」
先程から頻繁に咳をしている。
「風邪引きました?」
安室が心配そうにさくらの顔を覗き込んだ。
「ううん。飛行機とホテルの空調に喉をやられたみたい。K国のホテルも結構空調効いてたし」
「声もちょっと掠れていますね。先日長野に潜入した時も、一晩中風雨に晒されていましたし。風邪かもしれませんよ。大事にしないと」
ホテルに戻りましょうと言われ、後ろ髪を惹かれつつ展望デッキを後にした。
翌朝
昼の12:30頃にホテルに到着するとジンから連絡が来た。
約束の1時間前には、それぞれバーボンとラスティーの格好に着替え、組織が用意した交渉用の部屋で藤枝を待った。
安室はすでにバーボンの顔となり、鋭い目つきに変わっている。
一方さくらはエミリーの事が頭から離れず、ラスティーになりきれずにいた。
ガチャッ
約束の時間ぴったりにドアが開く。
藤枝とジン、ウォッカが部屋に入ってきた。バーボンはスッと立ち上がり、
「ようこそ。僕はバーボン。そして後ろにいるのはラスティーです」と挨拶をした。
「バーボン、ラスティー、あとは頼んだ」
そう言い残して、ジンたちは部屋を出て行ってしまった。
藤枝は部屋を見回すと、椅子に近づきドカッと腰を下ろした。そして目の前に立つバーボンをキッと睨みつける。しばらく沈黙が流れた。
「本当にサカモトの情報を俺にくれるんだな?」
藤枝が口火を切った。
「ええ。ただし条件があります。見つけたレポートはこちらに一度渡してください。オドゥム側に差し出す前に」
単刀直入に言い、相手の出方を待つ。
「『ハイ』と言わなきゃサカモトの情報はもらえないんだろう? だったら『ハイ』と言うさ」
そう言って藤枝はニヤリと笑う。だが、ラスティーは藤枝の瞳の向こうに焦りの色を見た。
そう、彼には時間がない。だから一刻も早くレポート探しに着手したいのだ。
思わずラスティーの顔が悲しみに曇る。それを藤枝は見逃さなかった。
「おい、そこの女。ラスティーとか言ったな。なぜ黙っている」
鋭い視線のままラスティーに問いかける。
ラスティーは真っ直ぐ藤枝を見つめた。
「ッ!?」
藤枝はラスティーの視線が殺気や威嚇ではなく、何か強い意志と悲しみを持っていることに気づく。
アンバーの瞳に吸い込まれそうになる感覚にハッとした。
ラスティーは数歩藤枝に近づく。そこでようやく口を開いた。
「ギムレットレポートを見つけた時、私たちの目をかいくぐって国外に持ち出すのは不可能よ。組織を裏切った時点であなたは殺されるわ」
「ふん。そんなもの、メールに添付して送ればものの数秒だ」
「ギムレットがそう簡単に添付出来るようにしているはずがない」
「俺の手にかかればそんなもの造作もない。何年この世界で生きていると思ってるんだ。
データさえあいつらに届けば、俺の命なんてお前らにくれてやる」
藤枝がそう吐き捨てるように言った瞬間——
「違う!! あなた間違っているわ!!」
ラスティーは叫び、藤枝の両腕を掴んだ。
「それで彼女が助かってあなたが死んだら、彼女は幸せになれるとでも思っているの? 置いていかれる悲しみを、あなたは何も分かっていない!!」
藤枝の腕を握る手に力が入る。
自然と涙がこぼれた。藤枝は驚いたように目を見開き、ラスティーを見た。
「お前…エミリーを知っているのか?」
「…一昨日会ってきた」
「ッ! 驚いた…組織の人間がエミリーに会えたのか?」
藤枝はラスティーがエミリーと接触出来たことにかなり驚いた様子だった。
「で、エミリーは? 今…エミリーの容態は?」
先ほどまでの殺気立った藤枝ではなく、恋人を心配するひとりの男になっていた。
「意識はすでに無く、やせ細っていた」
「くっ!」
ラスティーの言葉に藤枝の顔が苦しげに歪む。
「彼女一人が助かる方法じゃなく、二人で生きる方法を選択して」
ラスティーはせり上がる悲しみに耐えながら、藤枝にそう伝えた。
「悪いようにはしないから…」
それを聞いて藤枝が口を開く。
「データを送らなければ、アイツの命が危ない。何か方法はあるのか?」
藤枝からの問いかけに、ラスティーはグッと奥歯を噛みしめた。
今から発する言葉は嘘以外の何物でもない。
しばらく沈黙した後、静かに話し始める。
「エンジェルダストを作り出したのはこちらの組織。開発に携わった者もラボにはいるわ。少なくとも、あちらで出来ることはこちらの組織でも出来るってことよ。
そしてさっきも言ったけど、あちらに分からぬようエミリーと接触することは可能…。
この意味分かるでしょ?」
「……ああ、分かった。お前を信用しよう」
その様子を黙って見ていたバーボンはジンに連絡する。
「彼をラボに送ってください」
程なくしてウォッカが迎えに来た。
藤枝は部屋を出る直前、バーボンとラスティーを見る。ほんの少し表情を緩め、微笑んだように見えた。そしてそのまま部屋を後にした。