第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
束ねている髪を下ろし、普段より少し濃い化粧をして白衣を来ている。
いつもより数倍色っぽさがある姿に、昴は盛大にむせた。
「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ! おいおい! こんな姿で安室くんといて大丈夫なのか?」
やれやれ、まったく人の気も知らないで…とつぶやきながら、タバコの火を消した。
午後6時30分
安室はさくらの部屋のドアをノックした。
だが中から反応は無い。体調が悪そうだったので万が一に備え、さくらの部屋の鍵を持っていた。それでロックを解除し中に入る。
ベッドで寝ているさくらが見えた。
「う…ん…ぅ…」
わずかに声が聞こえ、安室はさくらに近づく。
どうやらうなされているようだ。額に汗が浮いている。
「さくらさん、さくらさん」
安室が声をかける。何度目かの声がけにハッと目を開けた。
はぁはぁと呼吸が荒い。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。夢を見ただけ。大丈夫です」
さくらは答え、体を起こした。
「最近夢見が悪くて」
「夢? もしかして僕のせいですか?」
安室は心配そうに訊ねた。
「ううん。そうじゃないの。ラボから帰った次の日、米花町のホームセンターで強盗事件があったのは知っていますか?」
「ええ。男性がケガされたと」
「それ、私をかばった昴さんなの」
「!?」
「切りつけられた昴さんを見て、私動揺しちゃって…。血もたくさん出て…」
さくらの手はわずかに震えていた。
安室はその手にそっと触れ、優しく握る。
「大丈夫ですよ。あの男の事だ。すべて計算ずくだったのでしょう? 正体を晒さずに事件を解決するために」
やることが荒っぽいのは昔からですね…と、さくらの緊張をほぐすように笑う。
つられてわずかに微笑むさくらを見て、安室は視線を落とす。袖で見えないように隠している手首の包帯に触れた。
「こっちは間違いなく僕のせいですね。見せてもらっても良いですか?」
「良いですけど…。見ない方が良いかもしれませんよ」
やんわり制止したが安室はくるくると包帯を解いていく。
全て解き終え、見えたのは赤紫色に変色した自分の手形。ハッと息を飲んだ安室は、さくらの手首をさすり、スミマセン…とつぶやいた。
さすがにこれはひどいと思った。
さくらの身長は160cmちょっとだ。自分とは20cm以上も差がある。
体格も男と女ではその差は歴然。ましてさくらは華奢だ。
そんな彼女を組み敷いて、力任せに襲うなんて。ちょっと間違えば手首の骨を折ってしまったかもしれない。
「だから見ない方が良いと言ったのに」
そうさくらはつぶやくと、安室の手に自分の手を乗せる。
「大丈夫。安室さん、私は大丈夫ですから…」
アンバーの瞳が優しく安室を見つめていた。
午後7時
部屋に夕食を運んでもらい、安室と二人でゆっくり食事をした。部屋から見える夜景を見ながら、さくらはエミリーの事を考えていた。
病室で見つけたエミリーの日記。
好きな人を一人残していく事を詫びる文章が、あちらこちらに記されていた。
悲しみに打ちひしがれる藤枝の姿を想像していたのだろうか。
『ごめんなさい。ごめんなさい』
謝罪の言葉がたくさん並んでいた。
「さくらさん」
「は、はい」
ボンヤリしていたのだろうか…。安室に声をかけられ、わずかに驚いてしまった。
「明日は9時フライトです。朝少し早いですし体調もそんなに良くないみたいですから、そろそろ寝たほうが良いかもしれませんね」
時計を見ると10時だった。
「ええ…そうですね」
「それじゃあ、明日は朝7時に出発です」
そう言って安室は立ち上がり、部屋を出ようとした。
「あ、あのッ!」
さくらは思わず声をかけた。不思議そうに安室が振り向く。
「もしも、もしもよ? 私がもうじき死ぬとしたら…あなたは何を思う?」
エミリーの日記を読んだとき、自分がエミリーの立場だったら何を思うのだろうと考えた。自分が間もなく死ぬ。愛する人はもちろん、大事な友人たちがその事実を知った時に自分は何を思い、どんな言葉を相手に残せるのだろう…。
そんな疑問から出た質問だった。
突然の問いかけに安室の顔色が一瞬で変わる。ドアに向かっていた体がさくらの方へ向き、ツカツカと近づく。そのまま抱きしめられた。
「お前まで!!」
「え?」
「お前まで居なくなることは許さない!!」
涙がぽたぽたっとさくらの肩を濡らす。
ぎゅうっと胸が締め付けられた。
(ああ、置いていく方もこんなに辛いのか…)
ヒロ先輩はトリガーを引く時、何を考えたのだろう…。親友の事を考えた?
ほんの少しでも、私を思い出してくれたのだろうか…?
そして以前、昴に、赤井に、言われた言葉を思い出した。
『あなたを失うことは耐えられそうもありません』
『お前まで俺の前から居なくならないでくれ』
そんなあなたを置いていかなくてはならなくなったら…。
涙がひとすじ流れた。
「安室さん、ごめんなさい。変なこと言って」
抱きしめられたまま謝罪の言葉を伝える。安室はそのまま動かない。
「エミリーの日記を読んだの。病気への戸惑い、死への恐怖。なぜ自分がと切ない気持ちが綴られていたわ。
日記の後半は藤枝のことばかり書いていた。愛する人を残していく悲しみ。心配…。
私は残される苦しみは知っているけど、残していく人は何を感じるのだろうって。
ただそれだけ。エミリーの事を知りたかっただけなの。だから変な事言ってごめんなさい」
「死のうとか思っているワケではないんだな?」
口調は降谷零になっていた。
「死ねないよ。守らなきゃならない人達がたくさんいるからね」
「そうか、なら良いんだ」
そう言ってさくらから体を離した。安室の頬にはまだ涙の雫が残っている。
さくらはハッとした。
彼もまた…大事な仲間をたくさん失っているのだ。
思わずさくらが手を伸ばし、涙を拭う。
するとゆっくり安室の顔が近づいた。
「え?」
そのまま頬にキスされた。
「俺を脅かした慰謝料として貰っとく」
さっきまでの顔とは打って変わって、いたずらっぽく笑う。
「じゃあ明日」と言って安室は部屋を出て行った。
部屋には顔を真っ赤にしたさくらが取り残された。