第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
暗闇の中にりおは居た。
コツ…コツ…コツ…
足音が聞こえる。
それはだんだんこちらに近付いているようだ。
(誰?)
尚も足音は少しずつ大きくなる。
コツ…コッ………
足音が止まった。闇の中に男の足だけが見える。
ゆっくり、ゆっくり、視線を上げた。
男がナイフを持って目の前にいる。
ニヤリ…
男が笑ったと思った瞬間。ナイフが振り下ろされた。避けようとしたが体が動かない。
ああ、ここで死ぬんだと思った時…
「りお! あぶない!」
赤井の声が聞こえ、彼が目の前に飛び出す。
ザシュッ!!
血しぶきが吹き上がり、りおはそれを浴びた。
「秀一さんッ!!!」
そこで目が覚めた。
心臓が破裂するんじゃないかと思うほど速く脈打ち、大量の汗をかいていた。呼吸も荒い。
(夢…?)
「どうした?」
隣から声をかけられる。
今目の前で刺された男が、眠そうな目でこちらを見ていた。肩の包帯が痛々しい。
「秀…一さ…ん」
りおは小さな声で名を呼んだ。
「!? りお? 俺がわかるんだな?」
意識がはっきりしたことに気付き、赤井は体を起こす。
「ごめんなさい」
体を起こしたりおは謝りながら、赤井の肩をそっと撫でた。
一瞬、肩を撫でていた自分の手が血だらけに見えた。慌てて手を引っ込める。
「? どうしたんだ?」
りおの行動を不審に思った赤井が訊ねた。
「ううん、何でもない。触れたら痛いかなと思って…」
「お前が思っているほど酷くはない。心配いらないよ。それよりお前が生きててくれて良かった……」
赤井は左腕でりおを抱きしめた。
「怖い夢でも見たのか?」
「え?」
抱きしめていた腕を緩め、赤井はりお顔を覗き込む。
「汗かいてる。心臓もバクバクしているぞ」
「秀一さんがあの男に刺される夢を…」
「俺が?」
りおが小さく頷く。額に浮いた汗を拭うように手を当てた。
「刺されたとたん、血しぶきが飛んで…全てが血で染まって…」
表情は歪み、苦しそうに夢の事を話す。
「大丈夫だ。俺は切りつけられただけで刺されてはいない。キズも大したことはない。何も心配いらないんだ。
疲れもあるんだろう。このまま一緒に寝ないか?」
「うん…」
りおは赤井がケガをしていない左肩に頭を寄せ、二人は一緒に眠りについた。
明け方近く。
りおは再び同じ夢を見ていた。まったく同じところで目を覚ます。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
汗だくになった体を起こす。
呼吸を落ち着かせ、隣を見ると赤井は良く眠っていた。
(シャワーを浴びよう…)
汗でべたついた体。赤井が起きないようにゆっくり起き上がると、スルリとベッド抜け出し部屋を後にした。
汗を流して着替えをし、髪を拭きながらリビングへ向かう。冷えたミネラルウォーターで喉を潤しながらソファーに座り、一息ついた。
そこへコナンがやってきた。
「さくらさん? おはよう。早起きだね。気分はどう?」
まだ寝ぼけた顔でさくらに声をかけてきた。
「心配かけてごめんね。大丈夫よ。蘭ちゃんも来てくれてたんだね。冷蔵庫におかずがあったわ。後でみんなで食べましょう」
昨日の様子がウソのように、しっかりした受け答えをしている。
コナンはホッと安堵のため息をこぼした。
さくらがコナンと話をしていると、客室のドアが勢いよく開く音がした。
ドタドタと走ってくる音がリビングまで響く。
バンッ!!
リビングの扉が開くと、そこには焦った表情の赤井がいた。
「りおッ!!……居た……良かった…」
どうやら、目が覚めた時にりおがいなかったので、またどこかへ出て行ったと思ったらしい。コナンとりおは顔を合わせ、ぷはっと笑う。
「秀一さんいくらなんでも心配しすぎ。私は大丈夫よ」
ようやくりおは笑顔を見せた。
三人で蘭が作ってくれたおかずをならべ、朝食を食べた。コナンは学校があるので、いったん毛利探偵事務所に帰るという。
「私もこれで仕事に行きますね。今日は塾もある日ですから遅くなりますけど…。あなたのケガの様子を見に、ここに寄りますから」
「分かりました。手首は…大丈夫ですか?」
包帯くらいなら巻けますよと言われ、ふと自分の手首を見た。
生々しい痕がまだ残っている。
「お願いします」
りおは昴に包帯を手渡した。
時刻は午前9:00
さくらは手首の包帯の言い訳を考えながら、大学に向かって歩いていた。
学校の敷地に入ったところでスマホが鳴る。
ジンからだった。
「俺だ。藤枝の所在がわかった。今コルンたちが張り付いている。あいつのウィークポイントになりそうな情報はあるか?」
「ええ。有るには有るわ。どう使うかはあなた次第」
そう前置きし、藤枝にはエミリー・ハワードという恋人が居ること。その恋人が病気であること。フェセク総合病院に入院していること。
その病院は10年前にチュ・ソジュンという男が入院・手術をしたところだと伝えた。
「なるほど。オドゥムがバックに居るというのはそういうことか。お前にしては小出しに情報を出してくるな」
ジンは電話越しにフッと笑う。
「未確定要素が多ければガセになることだって有るわ。私があなたにガセネタを掴ませるとでも?」
さくらは強い口調で言い返す。
「ふん。お前のそういうところ俺は気に入っているよ。ふふふ。まあいい。後でまた連絡する」
電話は一方的に切られた。
午前中、森教授と次の講義の資料作成を進めた。手首については、友人と久しぶりにバレーボールをやってアザだらけになったと伝えておいた。
午後は塾で教室の準備を始める。他のスタッフと共に部屋の空気を入れ替え、机を拭いた。
全ての子が帰ったのは7時を回った頃だった。片付けをして昴にメールを送る。
『これで教室を出ます。そちらに向かいます』
教室と工藤邸は徒歩で20分ほどだ。昨日のケガの痛みもほとんどない。昴はタバコを買うついでに、迎えに出ることにした。
9月になって日中はまだ暑い日もあるが、夜は随分過ごしやすくなった。
(夜風にあたりながらの散歩も悪くないな)昴はズボンのポケットに片手を入れ、ゆっくりと住宅街を歩く。
そろそろさくらと会ってもいい頃だったが、一向に姿が見えない。
だいぶ教室に近い踏切で、道の端っこにうずくまっている女性の姿を見つけた。
「さくら?」
小走りに近づき名を呼ぶ。さくらは真っ青になった顔を上げた。
「す、昴さん…」
ゆっくり立ち上がると昴に抱きついた。
「気分でも悪くなったのですか?」
背中をさすり、気持ちが落ち着くまで少し待つ。
「踏切のライトが点滅して、遮断機が降りて…。立ち止まったんです。そしたら、周りにいる人達がみんな血だらけで…」
「え?」
昴は周りを見渡すが血だらけの人は誰もいない。事件が起きたような様子もない。
(ああ、そうか。これは…)
昴は状況を察した。
あたりが暗い上に踏切の赤いライト。
これが人の顔が血だらけに見えた原因だ。
(相当なショックを与えてしまったな…)
まだわずかに震える背中を優しくさする。
「もう大丈夫ですよ。一緒に帰りましょう」
昴はさくらの肩を抱き、二人は帰路についた。