第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
りおは入浴後、手首と腕、背中の手当をしてもらった。特に手首はかなり強く握られたのだろう。指の痕までくっきり残っていた。
「はい、出来ましたよ」
救急箱を片付けながら昴が声をかけた。
「私が部屋に侵入した時、銃を突き付けてきましたけど…この腕では引き金は引けませんでしたね」
「うん…。安全装置すら解除するのに手間取っていましたから」
「侵入者が私で無かったら、どうするつもりだったのですか?」
まったく困った人ですねと、昴はため息交じりにつぶやいた。
藤枝の屋敷内で非常食を少量つまんではいたものの、丸一日ぶりに食事らしい食事にありついた。
昨夜は週末。一緒に食べるつもりで作ってあったシチューを二人で食べた。
温めた時、鍋いっぱいに入っていたので昴も昨日は食事をしていないのだろう。
りおは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
昴が入浴中りおのスマホにメールが着信した。ジンからのメールだ。
ターゲットの藤枝を見つけられないという。
当然だ。藤枝は今、りおの協力者である中国警察の者に職質され、牢屋に入れられている。
中国警察の拘留期間は、治安管理処罰法であれば15日以内だ。
チェンシーが無理やり職質で取った拘留なので、せいぜい3~5日で釈放だろう。
この間にジンが、暗殺を『ターゲット所在不明』で諦めてくれればと思ったが甘かった。
ジンはラスティーに藤枝の身辺を洗い、彼の家族や恋人を探せと指示してきた。それをエサに本人にお出まし頂く算段だろう。
了解と返信したものの、どうしたものかとりおは考える。
まあ、まずは藤枝に家族や恋人がいるのか確かめてからだ。そう思ってPCを立ち上げた。
赤井が風呂から上がりリビングに行くと、PCの前で困り顔のりおを見つけた。
「どうしたんだ?」
髪を拭きながらりおに近づく。
「秀一さん…それが…」
ジンからの指令でPCを開いたものの、手首の痛みと浮腫みで上手くキーボードが打てないらしい。
「どれ、貸してみろ」
赤井はソファーに座るとPCを自分の方へ向けた。
「で、ターゲットは?」
「藤枝俊政。武器商人であり、情報屋よ」
「藤枝俊政?」
「知っているの?」
「武器商人だとは知っている。だが情報屋とはどういうことだ?」
りおはこれまでの経緯を詳しく話した。
藤枝が組織のことを探り、その情報を別の組織に高く売っていたこと。その事実を組織が知り、情報屋としての証拠を見つけるために、今回長野の彼の隠れ家へ潜入したこと。
彼の情報屋としての証拠をジンに送り、中国に居る協力者に頼んで、中国警察が身柄を拘束していること。
全てを話し終えると赤井は目を丸くした。
「驚いたな。中国警察に協力者がいるのか?」
赤井はりおの顔を見た。
「ええ。チェンシーとは前の組織時代に知り合ったの。私が兄のように慕ったNOC仲間の同僚だった。うちの部署で言ったら風見さんみたいな役割を担っていたのよ」
「そうなのか」
赤井はあえてそのNOCの男がどうなったかは訊かなかった。あの混乱の中で生き延びたのは、りおだけだったのから。
「で、藤枝の近親者を探すんだったな」
「武器商人リストを使って」
「ああ」
公安の極秘リストを使って調べていく。
「特に家族はいないようだな…」
「恋人がいると思う」
「なぜそう思うんだ?」
「隠れ家のPCのパスワード」
「パスワード?」
「うん…Emily1208だった。安易だとは思うけど、恋人の誕生日か、ふたりの記念日かなって思ったの」
(エミリーねぇ…)
赤井はアゴに手をやった。アメリカでは良くある名前だ。ファーストネームだけではとても辿り着ける気がしない。
「ねえ、藤枝って2年前に一度FBIに捕まっていない?」
リストを確認していたりおが、画面を指差す。
「ほら、ここに。キャメル捜査官が捕まえてる。でも証拠不十分で釈放…。アメリカで拘留中に誰かと接触していないかしら?」
「キャメルに確認してみよう」
すぐに赤井はキャメルに電話をかけた。
キャメル捜査官によると、武器売買の現場にいたため逮捕に至ったが、武器も金も所持していなかったので、後日釈放となったらしい。
釈放の際、身元引受人に女性が来たという。
詳細については調べて、後日連絡してくれることになった。
今日調べられる事はここまでのようだ。赤井はPCの電源を落とすと、隣にいるりおの肩を引き寄せた。
やっと自分の所に帰ってきた。
「ふぅ…」
思わず安堵のため息が出る。
「また心配かけちゃったね」
赤井の肩に頭を預け、りおは独り言のようにつぶやいた。
お互い危険に身を置く立場だ。どちらも明日の命の保証はどこにもない。
連絡が途絶えれば、当然最悪な事態を考える。仮に赤井との連絡が途絶えれば、りおも彼の死を考えるだろう。逆の立場になれば、どれだけ彼が心配したか分かる。
「生きて帰ってきてくれれば、それで良いんだ」
りおが何を考えているか察したように赤井は声をかけた。
ふいに、赤井はりおの心臓がある辺りに耳を近づける。
トクントクントクントクン…
「確かに凄く安心するな…」
りおが生きている。
それだけで安心している自分に驚きつつ、赤井はそのまま目を閉じた。
翌日の日曜日———
ふたりで朝食を囲む。
平日は別々なので、一緒に食べる土日の食事はふたりにとって特別だ。
今日はサラダを昴が、スパニッシュオムレツをりおが作った。パンを焼いてお皿に並べる頃には、コーヒーの良い香りが部屋いっぱいに広がった。
「「いただきます」」
挨拶をして食べ始める。
手首の腫れが引いたりおは、すでに包帯を外している。だが、青紫に色を変えたそこは、見るからに痛々しかった。
「もう痛みはないのですか?」
トーストにバターを塗りながら、昴が尋ねた。
「まだ重い物を持つと少し疼きますが、大丈夫です。けど…見た目が良くないですよね。明日、大学に行って森教授と会うのに…どうしましょう」
「やっぱり包帯をしていた方が良いんじゃないですか?大学にリストバンドしていくのもおかしいですし…」
「そしたら明日の朝、ここに包帯を巻いてもらいに来れば良い?」
「今日も泊まっていけば問題ないでしょう」
さらっとお泊りを勧められて、りおはボッと顔が赤くなるのが分かった。
「土曜日はほとんど居なかったのですから」
そう言われてしまうと、りおはぐうの音も出なかった。