第2章 ~オドゥム編~
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辺りが少し明るくなる頃、風も夜中よりは治まってきていた。しかしヘリが飛ぶにはまだ無理がある。スマホを見てもずっと圏外だ。
どうやって連絡を取ろうか…。さくらは思案していた。
「うっ…」
小さな声を発し、安室の体がわずかに動く。
「安室さん…?」
「ッ! 僕はいったい…?」
ようやく目を開け、安室は上を見た。自分を覗き込むさくらと目があった。
(あれ? もしかして膝枕されて…!?)
すぐに状況を把握し、体を起こそうとする。
だが、さくらがそれを制止した。
「熱があるんですよ。もう少しこのまま休んでください」
(熱? ああ、腕のケガのせいで…)
「スミマセン。かえってあなたに迷惑をかけてしまって…」
「そんな…私を庇ってケガしてしまったんです。謝るのは私です」
さくらに謝罪されて、安室は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
安室はそっとさくらの顔を見上げる。
さくらの服も髪もびしょ濡れだ。その上その体には何も掛けられてはいない。彼女が使っていた毛布は自分の肩にかけられていた。
「さくらさん! 髪も服もびしょ濡れじゃないですか!風邪を引いてしまいます」
安室は驚いて、自分の肩にかかった毛布を引きはがそうとした。さくらはそれを制止するように安室の手に触れる。
「大丈夫ですよ。それよりスマホが繋がりません。風もまだ強くてヘリも飛ばせないでしょう。どうやって脱出しますか?」
状況は切迫しているのに、さくらの声は至って冷静だ。
「このままおとなしくコルン達の迎えを待つか…完全に明るくなってから、状況を見て脱出を企てるか…」
それを聞いて安室はしばし考える。
「ジッとしているのは性に合わないので」
さくらの顔を見てニッと笑った。
辺りはすっかり明るくなり、雨は上がった。だが台風からの吹き返しで風はまだ強い。2階スペースから外の様子を確認する。
建物の周りは泥と大きな石、なぎ倒された木で散々たる有様だ。だが比較的石や岩が多いため、うまく足場を確保できればこの敷地から出られるかもしれない。
安室の体調も少し眠ったおかげで動けないほどではない。
二人は簡単に腹ごしらえをして、残りの食料と水をバッグに詰め、ゆっくりと建物から這い出す。足場を確認しながら脱出した。
手入れされていた庭は、土砂で見る影もなかった。来る時に見た鉄の門はぐにゃりと曲がり、原型を留めていない。
足元に細心の注意を払いながら、二人は歩みを進める。
土砂でいっぱいになっているが、この山道を少し登ると集落があるはず。
土砂から漏れ出た水が川のように流れる道を黙々と歩き続けた。
脱出から1時間ほど経った時だった。突如、
ドドドドドド~~~!!
という地響きが聞こえる。朝まで過ごした建物の方からだ。
「出てきたのは正解だったな…」
「ええ。おそらく昨日と同じ西側が崩れたのでしょう。夕べも相当量の雨が降りましたし。私達がいた2階も、無くなっているでしょうね…」
二人は顔を見合わせ、安堵のため息をついた。
集落に着く頃には土砂は少なくなり、所々道路のアスファルトが見えた。風もずいぶん止んできている。
もちろんこの辺り一帯も避難指示が出ているため、人っ子一人見当たらない。
さくらはスマホを見た。電波は不安定だが『圏外』ではなさそうだ。コルン達に連絡を取る。
『あんたたち! 今どこにいるのさ!!』
キャンティの甲高い声が安室にも聞こえた。
詳細を伝えると30分ほどでヘリの近づいてくる音が聞こえた。
安室とさくらは組織のラボへ搬送された。ギムレットが壁を壊した騒ぎから、実に2ヶ月ぶりだ。
安室はケガの手当をされ、点滴をしている。
さくらはケガこそ無かったものの、ひと晩中風雨にさらされていたため、頭痛と喉の痛みがある。検温すると37.6℃。
ドクターに手渡された薬を飲み、着替えをすると病室で休んでいた。
そこへキャンティが部屋に入ってきた。
「ラスティー、大丈夫かい? 全然連絡が取れなかったから心配したよ」
いつも元気な彼女がしおらしく言うのを見て、さくらはくすりと笑う。
「まるであなたが風邪引いたみたいな顔しているわ、キャンティ。元気なあなたはどこへ行ったの?」
ベッドから体を起こし、心配そうにこちらを見るキャンティの顔を覗き込んだ。
「だ、だって。あたいアンタのことは気に入っているんだ。アンタといると、こう…落ち着くっていうか…。ま、そんなことはどうでもよくって!!」
キャンティがほんの少し顔を赤らめる。自由奔放でやや下品な発言が多いが、こうしてみると優しい一面もあるようだ。
「心配してくれてありがとう。あなたたちのおかげで私は大丈夫よ」
笑顔を向けるとキャンティも嬉しそうに笑った。
キャンティが部屋を出て行って、さくらは赤井に連絡しなければと思い立つ。夜には帰るとメールしたのに、すでに次の日の昼だ。流石に心配しているだろう。
だが、ラボ内で赤井に電話するのもメールをするのも危険だ。どこでどう探られているか分からない。
(あ~あ…後でもの凄~く怒られるんだろうなぁ…)
そう思いながら、病室の天井を見つめていた。
***
一夜明けてもりおからは連絡がない。
安室のスマホにも何度かかけたが、やはり繋がらなかった。
長野県東部の別荘地や温泉街は、夜が明けるにつれ被害状況が分かり、崖崩れや地すべりで大変な災害になっていた。
りおのメールだけでは長野のどこの別荘地かは分からない。だが任務をこなし、都内へ日帰りの予定となれば東部の可能性が極めて高い。
どうにかして連絡をとるか、安否を確認できないか昴は考える。
ふと、安室と行動を共にしているなら、彼に連絡が行っているかもしれない。そう思いついて、昴はスマホを手にとった。
『風見です』
電話はすぐに繋がった。
『冲矢さん、広瀬のことですね』
要件を言う前に彼から切り出された。
『良い知らせと悪い知らせ、どちらから聞きますか?』
悪い方もあるのか…昴の眉間にしわが寄る。
「悪い方から聞かせてください」
『私たちも降谷・広瀬両名と連絡が取れていません。昨夜二人は長野県東部のとある別荘に潜入しています。その別荘を先ほど確認したところ、建物の西側からの土石流でほぼ埋まっている状態が確認されています』
思っていた以上にショッキングな内容に、言葉が一瞬出なかった。
意を決して「では良い知らせは?」と訊ねた。声は緊張で掠れている。
『昨晩、広瀬から中国に住む彼女の友人にネット電話がありました。電波状況が悪くすぐ切れてしまい、その後は不通です。連絡があった時刻は日本時間の21:30頃です』
そこまでは無事だったということか。
それ以降は安否に関わる情報が無いという。
わかり次第冲矢さんにもご連絡しますと言われ、電話が切れた。