第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「さくらさん、こんな状況でなんか余裕ですね」
「そうですか?これでもけっこう焦っているんですけどね。でもおそらくこの裏の崖は崩れませんよ」
どうしてそんなことが言い切れるのか、安室は不思議顔だ。
「さっきの地すべりまでは、ここもいつ崩れるかと思っていました。ですが別のところが崩れて、やっとわかったんです」
安室はさくらの真意がわからず、首をかしげる。
「この建物と建物の裏の崖は、崩落防止のための措置が施されていますよ」
さくらの言葉に安室は驚いた。
「1回目の土石流で、私は1階部分がほぼ持っていかれると思っていました。でも実際は…西側半分で済んだ。しかも土砂こそ流れ込みましたが、建物自体は流されていません。これは建物がこういった災害に備えて、なにか対策がされている証拠です。
また、建物の構造を見れば、崖崩れを起こす可能性の高い西側は、ほぼ客室のみ。生きるために必要なキッチンやトイレなどは東側にまとまっています」
さくらは階段上部から見える1階の建物を指さしながら説明を続ける。
「それに別荘としてはしっかりした作りですし、2階スペースにも簡易のキッチンやトイレがあります。万が一の時のセーフハウスとして作られた家。災害で潰れてしまっては意味がないですからね。
また、さっきの地すべりがこちら側ではなく、山道側に流れたということは、裏の崖にも何かしら災害防止用の措置がされているはず。建物にこれだけの手を掛けておいて、裏の崖を野放しにしておくとは考えにくいですからね」
(まさか土砂崩れの規模と建物の被害を見て瞬時に判断し、地すべりの方向からそこまで考えるとは…)
「すごいなキミは…」
安室は感嘆の声を上げた。
「そんな事はないですよ。あとは台風が無事に過ぎてくれれば…」
さくらはフリースペースの窓から真っ暗な空を見上げる。これ以上風が強くなればここも危険だ。二人は肩を寄せ合った。
ふとさくらは藤枝のことを思った。
彼はどうなっただろう。無事にメールが届いていれば、暗殺命令が出たはずだ。もしかしたら今頃もう…。
メール送信のクリック音がやけに耳に残っていた。
「先ほどのメール、後悔していますか?」
さくらの様子を見て、安室が訊ねた。
「後悔しないといえばウソですね。私が送ったメールで人一人死ぬわけですから」
「彼一人の命で多くの人が助かるなら?」
「どちらも助かる道を探したかった」
「甘いと言われませんか?」
「どう言われても。これが私です」
さくらはそう言うとニコリと微笑んだ。その笑顔に安室の心臓がドキリと跳ねる。
「そして今も、彼を助ける方法を考えているんです」
「?!」
「ネットにさえ、つながってくれれば…」
先ほどからスマホを確認しているが、全く繋がらない。こうなったらダメもとで…と思い、PCに電源を入れる。毛布を上手く使って雨だけは当たらないようにした。しかし場所的にも状況的にもつながる可能性は低かった。
「ッ! つながったッ!」
何度目かのチャレンジで奇跡的にさくらのPCがネットにつながる。さくらはすぐに中国に住む自分の協力者に連絡した。
『武器商人の藤枝俊政という男が今北京にいるはず。大至急探し出し、身柄を安全なところへ。組織に命を狙われている』
中国語で一気に指示を出す。相手の困惑した声が聞こえたが、お構いなしに話し続けた。
相手の返事を聞く前に再びネット環境は不安定になり、ついには切れてしまった。
その後はどうやってもネットにつながることは無かった。
「やれるだけのことはやった。あとは協力者の手腕と藤枝の運だけね」
さくらはふぅ~とため息を付いた。
「なんて人だ」
安室は心の声が外に出てしまった。
その時——!
バリバリバリッ!!
強風で煽られた大きな木が根元から倒れた。
ガシャーーンッ!!
それは運悪く安室とさくらがいる2階スペースへと傾く。風雨を避けて建物の奥にいた二人に逃げ場はない。なぎ倒された木は二人に直撃した。
「きゃあ!!」
「うわぁ!!」
二人の悲鳴が聞こえた。
***
時計は22時を回った。りおからは何の連絡もない。
しびれを切らして昴はりおのスマホに電話をかけるが、電源が入っていないという冷たい音声案内が響くだけだ。
それならばと公安のあの男にもかけてみるが、状況は同じだった。
これは何かあったと考えるべきか…。
テレビではレインコートを着た記者たちの実況中継が続いていた。遺体発見の速報がさらに不安を掻き立てた。
長野の温泉街や別荘地周辺は危険区域となり、あちらこちらで避難指示が出ている。
(りお……お前は一体今どこで何をしているんだ…)
***
2階スペースへと大木がなぎ倒され、とっさに安室はさくらをかばうように身を伏せた。
大木は直撃する形で倒れ込んできたが、幸運にも風雨を防ぐためにバリケードとして囲ったソファーや家具のおかげで床近くに僅かなスペースが出来、二人は無事だった。
「安室さん!! 大丈夫ですか?」
さくらは体を起こし叫んだ。安室に触れるとヌルリとした感触。
「ッ!」
出血をしていた。慌ててケガの状態を確認する。見ると、折れて鋭くなった枝で左腕に裂傷を負っていた。
二人がいた所は倒木のせいで、屋根部分が壊れ、容赦なく雨が打ち付ける。ケガをした安室を半ば引きずるように、屋根が残っている部分に移動した。
最初に集めておいた毛布やシーツの中から、さくらはケガの処置に使えそうなものを探し出す。
幸い薄いシーツがあったので、それを細く裂いた。出血が続いていたため、心臓に近い方をキツく縛る。大きめに裂いたシーツをたたんで、傷口を圧迫止血した。
幸い大きな血管は傷つけていないようだ。
出血はまもなく止まった。キツく縛っていたシーツを緩め、包帯替わりに巻きつける。
安室は脂汗を浮かべているものの、だいぶ落ち着きを取り戻し、さくらの応急処置を見ていた。
「医療機関で教わったのかと思うほど手際が良いですね」
処置が終わり片付けをしているさくらに、安室は声をかけた。
「前いた組織で教わったの」
さくらはそう言うと寂しげに笑った。
風雨をしのげるスペースはさらに狭くなった。1畳程のスペースに二人で肩を寄せ合う。
時刻は深夜0時を回ったところ。台風が最接近している時刻だった。
再び崖から不気味な音が聞こえてくる。
裏側正面が崩れなくても、東側または西側が大規模に崩れればここも無事では済まされない。
昨日からすでに300mmを軽く超える大雨が降っている。早く台風が過ぎてくれる事を願った。
雨がいくらか落ち着いてきたのは深夜2時近かった。
「ふぅ~。台風の峠も越えたみたいですね…。後はこのまま何事もなく朝になってくれれば良いのだけど…」
何となくさくらは安室に話しかけた。しかし返事は無い。眠ってしまったか…と思ったが、よく見ると安室の呼吸が少し速い。
「安室さん…? ッ! 熱?!」
安室の首筋に触れるとかなり熱かった。どうやらケガが原因で熱を出したようだ。
さくらは安室の体を引き寄せ、彼の頭を自分の膝の上に乗せる。ガタガタと小刻みに震えていたので、自分がかけていた毛布を安室の体にかけてやった。
「私をかばったせいで…ごめんなさい」
さくらは小さく呟いた。