第2章 ~オドゥム編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
サカモト製薬の麻薬事件が明るみに出てから1か月以上が過ぎた9月の金曜日。
安室とさくらは長野のとある山奥にいた。コルンたちに途中まで車で送ってもらったが、台風が近づいているせいで連日雨が降り続き、目的地へ続く山道は途中落石に塞がれていたため、歩きを余儀なくされていた。
レインコートを来て二人は黙々と歩く。
今目指している場所は、組織と取引がある
《藤枝俊政/ふじえだ としまさ》という男の隠れ家…いわゆる(セーフハウス)だ。
彼は密かに組織のことを探り、その情報を別組織に高く売っている疑惑が浮上した。
スパイというよりは『情報屋』と言った方が分かりやすいかもしれない。
ヤバイ情報ほど高く売れる…。藤枝は金に目がくらみ、どうやら踏み入れてはならない所まで足を踏み入れてしまったようだ。
藤枝の本業は武器商人だ。
今、彼はその本業の仕入れの為に中国に居る。その間に彼の隠れ家で情報屋としての証拠を探し出せ、というのが今回二人の任務だった。
コルン達と別れてからかれこれ1時間以上歩いたが、隠れ家らしい建物は見えてこない。
「あそこで休憩しましょうか?」
安室がさくらに声をかけた。
大きな木の下は雨が当たらず、雨宿りができそうだった。木の根が大きく横に張り出していたので、そこに二人は並んで座った。
雨は止むどころか益々強くなる。
今夜遅くには台風が近くを通過する予報だ。風もだいぶ出てきた。
「まだかかりそうですか?」
さくらが問いかける。さすがに息を切らし、疲れた様子だ。
まだ9月ではあるが、標高が高いせいもあってここは気温が低い。さらにこの大雨で体は濡れ、急速に体温を奪われる。
普通に山道を歩くより体力の消耗が激しい。男の安室であっても体力的に少々キツいと感じる。女性にとっては尚更だろう。
「あと500mほど行けば見えてくるはずです」
500mと簡単に言うが、道が大雨で川のようになり、時折体ごと持っていかれそうな突風が吹く山道は、500mが果てしなく長く感じる。
「こうしていても体力を持っていかれるだけだわ。先を急ぎましょう」
さくらは膝に手をつき、なんとか立ち上がった。
息を切らしながら二人は山道を登る。やがて左前方に鉄製の門が見えた。どうやらこの奥に建物があるらしい。
事前に手に入れた偽のIDカードでセキュリティーを解除し、二人は中へ入っていった。
舗装された道を歩いていくと、手入れが行き届いた大きな庭、そして別荘というにはやや大きな建物が見えてきた。
「こんな大きな建物が隠れ家なの?」
さくらが呆れた声で問いかけた。
「まあ、表向きは会社社長の別荘です。会社といってもペーパーカンパニー…事業実績のない名前だけのものですが。会社社長の持ち物ってだけで、多少大がかりなセキュリティーを入れても、近隣には怪しまれませんしね」
「なるほどね~」
広い庭を眺めながらさくらは納得した。
建物の玄関に立ち、IDカードでロックを解除し中に入る。
いつもは庭の管理者や、建物の管理を任された者がいるのだが、台風が近づきこの地域に避難指示が出た為、今は誰もいない。
それを知っていた二人は堂々と玄関から侵入した。
「潜入でこんな明るい時間に、玄関から正々堂々と入ったのは今回が初めてよ」
さくらが笑いながら言うと、「僕もですよ」と安室も笑った。
とにかく体を温めないと…。安室はリビングにある暖炉に近づく。幸い薪などが大量にあったため、いくつか組み上げると暖炉に火を付けた。
さくらは玄関ポーチに二人分のレインコートをかけ、リビングに向かう。
暖炉に火がつく頃には、外は風が唸りを上げガタガタと窓を鳴らした。風雨はさらに強くなっていた。
服が少し乾き体が温まると、二人は早速家の中を物色する。 まずは書斎と思われる部屋に入った。PCが1台デスクにあったので、電源を入れた。書棚の中も丁寧に調べていった。
カチッ…カチカチッ……
マウスをクリックする音が響く。さくらの瞳には、画面に開かれたコマンドがいくつも写り込む。
PC内をくまなく調べ上げた。
やがてパスワードがかかっている所までたどり着く。
自分のPCをバッグから取り出し、ケーブルで繋ぐとパスワードの解析を行う。あっと言う間に藤枝のPCのパスが割れる。
(『Emily1208』…か)
そのパスワードを打ち込むとロックが掛かっていたアイコンが開く。
そこには情報屋としての記録がびっしりと並んでいた。
もちろんジン達に報告するには十分な内容だ。この情報を報告すれば、間違いなく藤枝は消される。分かりきったことだった。
「ありましたね」
気が付くと安室がPCの画面を覗き込んでいた。
「……ええ」
そう短く答え、USBメモリにデータをコピーする。自分のPCでメールを立ち上げてジンのアドレスを入力し、データを添付した。
送信ボタンを押せば…。
そのままさくらは動かない。その理由は、安室も分かっていた。
だが、彼の情報屋としてのリークで組織内外問わず、人命に関わる被害が出ているのも確かだった。
安室はマウスを握ったままのさくらの手に自分の手を重ねると、そのまま送信ボタンをクリックした。画面に送信完了のメッセージが出る。
「これで良いんです。新たな犠牲者を生まないためにも」
安室の言葉に納得しつつ、さくらは(藤枝自身が新たな犠牲者になるんだ…)と心の中で呟いた。
ジンへの報告後も書斎の物色を続ける。
組織の核心に繋がる情報が無いか調べるためだ。
だが二人でどんなに探しても、欲しいものは見つからなかった。諦めて別の部屋へ移動しようとした、その時——
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………
地震のような音と揺れを感じた。
「な、何?!」
何が起きたのか分からず、二人は動けない。
すると…——
ドドドドドドド――ッ!!
土砂が建物に向かって流れてくるのが窓から見えた。
とっさに「早く2階へ!!」と安室が叫び、二人は階段を駆け上がった。
ガシャーン!!!
ドドドドド~ッ!!!
長雨のせいで起きた土石流は建物を半分飲み込んでしまった。