第1章 ~運命の再会そして…~
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りおは夢を見ていた。
広い草原の中にいた。色とりどりの花がたくさん咲き、清々しい風が吹いてくる。青空はどこまでも青く、光は輝いていた。
「天国に来ちゃったかな?」
そう独り言をいうと後ろから、「半分アタリ。半分ハズレ」と声がした。
驚いて振り返ると、そこにいたのはスコッチ…諸伏景光だった。
「ヒロ先輩ッ!! ど、どうして!?」
「お前を導きに来たんだよ。進むべき道がわからなくなって、迷子になっていたから」
その原因を作ったのは俺だけどな…
景光はそう言いながら困ったような顔で笑う。
「広瀬…お前ね、優しすぎるんだよ! そんで溜め込みすぎだ! この前もライ…いや赤井に言われてただろう?」
「だって、私はみんなのお荷物になりたくな…」
「誰のお荷物にもなってないよ。むしろ逆だ。お前がみんなを元気にしたり、励ましたりしているんだよ。
警察学校の時だってそうだ。俺はお前の優しさや笑顔に元気をもらってた。組織で任務についている時だって、辛い仕事もお前がそばにいるってだけで耐えることができたんだ。例え言葉を交わすことができなくても」
景光の言葉に、りおの目から涙がこぼれ落ちる。
「特に赤井は…お前が今そうであるように、彼自身もお前が大きな心の支えになってるんだよ。アイツも大切な人を亡くしているから…」
切れ長の優しい瞳がりおの顔を覗き込む。
「良いか、広瀬。生きている以上いつか別れはやってくる。10年後か、50年後か、もしかしたら今日かもしれない。でも忘れるなよ。いつだって俺たちはお前のそばにいる。今は見えない存在となってしまっても、お前が幸せにした人たちが、みんなお前の幸せを願っているんだ」
少し悲しげに景光は微笑む。
「それと……お前はもう独りじゃない。お前を全身全霊で愛して守ろうとする人がそばに居るじゃないか。
さあ、早くそいつのところに戻れ。お前にはまだ守らなきゃならない『大切な人たち』がたくさんいる。そうだろう?」
優しい笑顔だった。この笑顔が大好きだった。りおの目からとめどなく涙があふれる。そんな姿をみて、景光は力いっぱい抱きしめた。耳元でささやく。
「広瀬……いや、りお…。お前を愛しているよ。お前を、お前の心を守ってやれなくてごめんな」
「ごめんなんて…言わないで……」
りおも景光をギュッと抱きしめ返す。しばらく抱き合ったあと、ふたりはそっと体を離した。
りおは顔を上げる。景光は笑顔だった。
「さあ、行け。赤井が、みんなが、お前が目覚めるのを待っているぞ」
そう声が聞こえた時には、周りの景色も景光の姿も消えてあたりは闇になっていた。
***
目を開けると、ベッドサイドの小さなライトだけがついていた。
(夜? しかも病院?)
左手が誰かに握られているようだった。ふと見ると、赤井がりおの手を握ったまま眠っている。目の下のクマがいつもより濃い。きっと無理をしてずっと付いていてくれていたのだろう。
空いている右手で赤井の髪に触れる。クセはあるが艶があり、サラサラしていた。そっと頭を撫でる。
「ぅ…ん…」
小さな声が聞こえ、ゆっくり開いたまぶたは突然ガバッと見開かれ、りおと目があった。
「りお……?」
夢でも見ているような顔でりおを見た。
「お、俺がわかるか?」
赤井は不安そうに訊ねた。
「もちろんわかるわ。秀一さん」
ニッコリ微笑んでりおは答える。
「りお! りお!!」
名を呼ばれた時には、赤井に強く抱きしめられていた。来ている病院着がくしゃくしゃになるほど、背中側の服を掴んでいる。
「?!」
りおの頬に水滴がつき、一瞬ヒヤッとした。
(しゅ、秀一さん……泣いてるの?)
赤井の涙が、りおの肩を濡らしていた。もうこのまま目覚めないのではと思っていたらしい。
やがて忙しない足音が聞こえてくると、部屋のドアがバン! と開いた。りおの名を呼ぶ赤井の声が聞こえ、何事かと新出が血相を変えて飛んできたのだ。
目を覚ましたりおを見て、焦っていた顔がみるみる情けない顔になった。
「さくらさん……よかった…」
どうやらあれから2日半眠っていたらしい。新出医院に運び込まれ、24時間点滴に繋がれていた。
先生に診察をしてもらい,とりあえず異常がないことが分かると赤井は「博士たちに連絡してくる」といって部屋を出ていった。
「今日はもう遅いからあす精密検査をしよう。でもこれだけ意識もしっかりしているなら大丈夫だよ。本当に目覚めてくれてよかった…」
新出はさくらの肩に手を乗せ微笑んだ。
「じゃあ、私はこれで休ませてもらうよ。何かあれば内線で知らせてください」
お大事にと言って新出は部屋を出ていった。
新出と入れ替わるように赤井が戻ってくる。
「博士たち喜んでいたよ。あす見舞いに来ると言っていた。ボウヤも連れてくるそうだ」
「一気に賑やかになるね」
お見舞の様子を想像してりおは笑った。
ベッドを起こし、穏やかな表情を見せるりおに、赤井は静かに問いかけた。
「りお…」
「ん?」
「あ、いや…その…意識を失う前の事は覚えているのか?」
「……うっすら覚えているよ」
「ッ! 覚えて…いるのか?」
赤井は酷く動揺した様子だった。
「ええ。夢か現実か曖昧で、心では嫌だと拒絶しているのにまるで映画を見ているようにCD-Rの映像が見えたの。見たくない、聞きたくないって気持ちとは裏腹に、映像はドンドン進んで…」
りおの右手が胸元に来てギュッと服を掴む。それを見て、赤井は慌てて止めた。
「わ、分かった。そこまでだ。また発作を起こしてもいけないし、もう…」
しかしりおは話を続ける。
「一番見たくない場面で、何かがスパークして…。全て闇に飲まれてしまう感じがしたの。足元からスーッと冷えて、そのまま落ちていくような……。そのあとは何も覚えていないわ」
りおが話を続けたので、一瞬焦ったが、意外に落ち着いている様子なので、赤井は静かに話を聞いていた。
「ただね……」
「ただ?」
「ただ……初めて死にたいと思った…」
「?!」
「組織のアジトであの動画を見たとき、絶対死なないと約束してくれたあなたが死んだと知って、私も死のうと思ったの。デスクにあったペーパーナイフで喉を貫けば、あなたに会えると思った」
赤井は息を飲む。衝動的であるといえば衝動的だが、やはりそこには《死のう》という明確な意思があったことにショックを受けた。
「ベルモットに阻止されてしまったけど。あなたは人の死に敏感すぎだと後で散々怒られたわ。
その時ね、思い出したの。ああ、私にはまだやらなきゃいけない事があったんだ…って」
(やはりベルモットが助けたのか…)
赤井は小さくため息をついた。
「りお、その……今は大丈夫なのか? 動画の…かなり確信的なところを話しているが…」
昏睡状態になる前は、胸を打たれる場面で既に過呼吸発作を起こしていた。さすがに心配になる。
「ドキドキしているし、苦しくないって言ったら嘘だけど…。でも私、ここで目が覚める前に夢を見たの。スコッチが会いに来てくれた」
りおは一瞬だけ目を閉じた。
「スコッチが言ったの。お前の優しさや笑顔がみんなを幸せにするんだって。人はいつか死ぬ。10年後か50年後か、もしかしたら今日かも知れない。でも目の前から居なくなったとしても、お前が幸せにした人たちが、みんなお前の幸せを願っているんだって」
そっと目を開ける。ひとすじ、りおの目から涙がこぼれた。
「だから行けと。お前にはまだ守らなきゃいけない人たちがいるだろうって」
「そうか」
赤井はベッドに腰掛け、りおを抱きしめた。
「スコッチも最後、こうやって抱きしめてくれた。愛してるって。お前を守れなくてごめんって」
「……彼もお前を本当に愛しているんだな」
彼はもうこの世にいない。だが「愛していた」と過去形には出来なかった。彼の愛情は今尚、りおの心を癒し続けているのだから。
「少々妬けるな」
「え?」
「いや」
(俺は生きてりおを守る。お前ができなかったことを…。俺にやらせてくれ。…スコッチ)
今は亡き男の顔を思い出し、そう心の中で伝えた。
夜が明け一通りの検査が済んだ頃阿笠博士たちがお見舞いに来た。
博士たちが到着する前に変装を済ませた昴が博士、哀、コナンを出迎える。ベッドを起こし、笑顔を見せるさくらの様子に3人は心の底から安堵した。
「元気そうで良かった!」
哀はベッドサイドに近づくと涙を浮かべる。
「みんな心配かけてごめんね」
さくらは哀を抱きしめた。
検査に異常はなく、午後には退院となった。
「美味しいものでも沖矢さんに作ってもらって、体力をつけるんですよ」
見送りに出て来てくれた新出に言われ、さくらは「はい!」と返事をした。
「責任重大ですね…」
ふたりのやり取りを見て昴は困り顔だ。
「大丈夫よ。私も博士も協力するから」
哀が昴を見上げてニッと笑う。
それを見て昴は「心強いです」と笑顔を見せた。