第1章 ~運命の再会そして…~
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「冲矢さん。あなたは絶対に死んでは行けませんよ。あなたの死は恐らく、さくらさんの死を意味します」
「ッ!!」
思いがけない言葉に驚く。
「あなたの死は、さくらさんの心を完全に壊してしまう可能性があるのですよ。大切な人を2度3度と失って、あなたまで失ったら…迷わず彼女は死を選びます。
心が壊れるというのはそういうことです。その事を良く肝に銘じておいてくださいね。どうやらあなたも、危険に身を置く方のようですので…」
新出は静かに立ち上がる。
「あとはお願いします。何かあれば連絡を」
昴にそれだけ告げると帰っていった。
『あなたの死はさくらさんの死を意味します』
新出の言葉が心に突き刺さる。昴は自分の心に問いかけた。
自分が死んだら、愛する者が後を追う。そんなこと自分は絶対望まない。自分の分まで生きて欲しい。幸せになって欲しい。そう願う。
しかし…残される者の心の痛み…。それは自分も良く知る痛みだ。それをもう一度味わえと言われたら…。新出の言う通り、今の彼女には耐えられないだろう。
その時はまだ『恋愛感情』など皆無だったとしても、すでに限界間近だった彼女が見た『赤井秀一の動画』は、どれほどの衝撃を与えたのだろうか…。
昴は視線を落とす。腕の中でりおは静かに眠っていた。
次の日も認知行動療法を行う。
「パソコンにCD-Rをセットするところから始めましょう」
新出の言葉にさくらがうなずいた。
「CD-Rをパソコンにセットします。プレーヤーが立ち上がって……」
少し間があって、さくらは深呼吸を繰り返す。
「トラックをクリックして…再…生……はぁ、はぁ、はぁ……うぅ…」
ここからどうしても先に進まない。何度やっても過呼吸直前まで呼吸数が上がり、胸を押さえてうずくまってしまう。今回も床に膝をついたまま、リビングのテーブルに突っ伏した状態で、荒い呼吸を繰り返していた。
「心がこの男性の、死の場面を拒否しているのかもしれません。これ以上はかえって負担を強いてしまうでしょう」
新出の判断だった。いわゆるドクターストップだ。だが、既に事態は思わぬ方向に進んでいた。
さくらの体が小刻みに震えだしていた。意識がふわふわと浮いたり沈んだりを繰り返す。CD―Rの映像が本人の意識と関係なく脳裏に浮かぶ。
「声が…」
さくらが小さくつぶやく。
「「え?」」
新出と昴の声が重なった。
「女の人の声が…その直後に銃声が……」
明らかに様子がおかしい。声に抑揚はなく夢か現実か、境界が分からない状態で話をしているようだ。
「はっ! まずい!!」
新出が叫ぶ。
……こんなにうまくいくなんて……
……頭を…銃で……
「ッ!!!」
一瞬さくらが息を飲んだ。
次の瞬間。
さくらはテーブルの上にあった新出のボールペンを掴むと自身の首元に突き刺そうとした。
「ッ!! さくらッ!!」
それを見た昴が間一髪、さくらの腕を掴んで止めた。尚も暴れるので後ろから抱きしめ、動きを封じる。
「いやぁぁぁぁッ!!」
昴に腕を掴まれ羽交い絞めにされたまま、さくらは泣き叫ぶ。
「離して! 死なせて!」
何度も繰り返し叫ぶさくらを、昴は必死に抱きしめる。手に持つボールペンを何とか奪おうとするが上手く行かない。
力の限りを尽くしてさくらは抵抗したが、やがて動きが緩やかになると力を失った手からボールペンが滑り落ちる。昴の腕の中でガクリと意識を失った。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
すんでの所で自殺を止めた昴は、肩で大きく息をしていた。
「いったい……これは?」
目の前で起こった出来事に昴は言葉を失う。新出も呆然としていたが、ハッと我に返り額の汗を拭うと状況を整理した。
「おそらく…私の想像ですが…今起こったことと同じことが、CD-Rを初めて見たときに起こったんだと思います。データを渡した男は直後に部屋を出て行きましたから、多分もうひとり部屋に居たのでしょう。その人物が今沖矢さんがされたように、自殺を止めたんだと思います」
思い浮かぶ人物は一人しかいない。たぶんベルモットだ。彼女が居なかったら…その時にさくらは死んでいたかもしれない。
「この男性の死は、さくらさんにとってかなりショックだったのですね…。本当に心が壊れてしまうギリギリだった。CD-Rを見た後も、彼女の心をつなぎとめたのは、彼女の警察官としての…正義……だったのかもしれません…」
新出の言葉に昴はショックを受けた。
彼女の中の『正義』……確かに聞こえは良い。だがもうすでに、そんな実像のない不確かなものしか、彼女を支えるものが無かったと言われている気がした。
『大切な人たちを守る』
それがりおの『正義』だったはずだ。それがひとり、またひとりと『大切な人』が彼女の前から消えていく。
赤井秀一の殺害動画を見た時点で、りおの『正義』が揺らぐのも、時間の問題だったのかもしれない。
6月のあの日…再会できたのは奇跡だった。
もしあの時出会えていなければ…そう考えると背筋が凍る。自分の動画が、ここまでりおを追い詰めていたとは……昴は自責の念にかられた。
***
さくらはそのまま眠り続けた。
「心も体も限界を越えてしまったのでしょう。もっと早く治療を切り上げていれば…」
新出が悔しさをにじませる。
昴はさくらの手を握った。自分の体温よりだいぶ低い、冷たい指先に触れると、彼女が目覚めないことへの寂しさが募る。
(りお…。りお? 早く目覚めてくれ。一緒にご飯作って、一緒に食べて、花壇に水をやって…。そんな普通で何でもないことを、俺はお前と……もっと、もっとやりたいんだ…)
さくらの手を自身の額に付ける。
ひとすじ、ふたすじ涙が流れ、シーツの色を変えた。その様子をお見舞いに来ていたコナンと哀が、切なそうに見つめていた。