第1章 ~運命の再会そして…~
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お昼を少し過ぎた頃、りおが帰ってきた。
「ちょっと根を詰めすぎました」
なだれ込む様にソファーに座ると、そのまま眠ってしまったようだ。昴は眠るりおの顔を見つめる。少し青い顔をしていた。
「?」
唇がかすかに動いている事に気付いた。起きているわけでは無いらしい。近づいて様子を見る。
「うなされてる…?」
額に汗が浮かび、少し苦しそうな顔をしていた。
「りお…りお?」
静かに声をかける。その声にりおはハッと目を覚ました。
「あ、私寝てました?ごめんなさい」
「いいえ、お疲れのようですね。朝食遅かったので今からお昼の準備しますよ。何か食べたいものがありますか?」何事もなかったように声をかけた。
「私も一緒に作りますよ」
りおはソファーから立ち上がる。二人でキッチンに入った。
野菜スープとサンドイッチを作る事にした。
昴は人参などの固い野菜から切るように指示され、切ったそばからどんどん鍋に入れる。なるほど効率が良い。
鍋の隣では、りおが薄焼き卵を作ったと思ったら、レタスとチーズ、トマト、マヨネーズを使ってあっと言う間にサンドイッチを完成させた。
とても美味しそうだ。
昴が盛りつけ用の皿を準備している時、キッチンの片隅でりおが何か薬を服用した。
(頭痛薬か…? それとも安定剤?)
気付かれぬようにするためか、りおは薬のシートをゴミ箱には入れず、自分のポケットにしまう。昴はそれを見て見ぬふりをした。
食卓につき一緒に食べ始める。スープもサンドイッチも上々だ。だが、りおは食が進まないようだった。
スープを半分ほど飲んだところで、スプーンを置いた。青白い顔をしていた。
昼食を早々に切り上げ、少し部屋で休みますと言ってダイングを出て行ってしまった。
その後は夕食もほとんど手をつけなかった。さすがに黙っているのもおかしいので、昴はりおに問いただす。本当のことを言ってくれるだろうか?
「具合でも悪いのですか?昼も夜もほとんど食べていませんよ?」
昴の問いかけにりおは何も言わず、表情も変わらない。
ただダイニングの椅子に座ったまま黙っていた。
昴は椅子から立ち上がり、りおに近づく。すぐ横で膝をつき、目線を合わせるとりおを体ごと昴の方へ向かせた。
「りお?」
昴は優しく声をかける。
「ツラい時はツラいと言って良いんだ。悲しい時は悲しいと言ってくれ。泣きたい時は泣いて良い。すべてをしまい込むな。俺に遠慮するな。お前のやりたいことは全て受け止める。だから……隠さないでくれ」
昴の目は開かれ、優しいペリドットの瞳がりおを見つめる。昴の瞳を見たりおの目からは、後から後から涙がこぼれた。
「昴さんッ!」
りおはそう叫ぶと彼にしがみついて泣いた。
りおが泣いている間、昴は優しく抱きしめる。
華奢な背中が嗚咽で震えているのを感じながら、昴は涙が落ち着くまでその背中をさすり続けた。
気持ちが落ち着いた頃、りおは少しずつ話し始めた。
「ここ最近頭痛が酷いんです」
やや下を向き、弱々しい声でそう切り出した。
「あ、でも薬を飲めば良くなるし、生活に支障はないですよ。それより…その頭痛に加えて、時々動悸も感じるんです。怖い夢を見た後とか…特に酷くて」
「怖い夢?」
昴は心配げにりおの顔を覗き込む。
「ギムレットに麻薬を注射された時の事とか、工場で麻薬を作っている人たちが次々とエンジェルダストの中毒者になっていく夢…。それで、博士を通して新出先生に相談して…ごく少量の安定剤を服用することにしたんです」
(なるほど。それで博士は知っていたんだな)
昼間の話と繋がり、昴は小さくうなずいた。
「レポートの事を考えると、やらなきゃならないことがたくさんあるのに、思うように体が動かなくて…。それがすごく悔しくて…。昴さん…私どうすれば良い? みんなを守りたいのに…これじゃあ……」
体が思い通りにならない苛立ちを押さえきれず、涙を流すりおに昴はキスをした。
数秒間、触れるだけのやさしいキスをして、そっと離れる。
「落ち着け。俺の話を聞けるか?」
少しだけ冷静になったりおがコクリとうなずいた。
「まず、新出先生のところで、ちゃんと治療を続けよう。今のままでは本当に心が壊れてしまう。何のために安室くんがベルモットに手を回して、ここに居れるようにしてくれたか分かるな?」
昴はゆっくりとした口調で、りおの表情を見ながら話しかける。
「あとサカモト製薬のことだが…。情報が集まり、その時が来たら俺が全面的にサポートするから、お前のやりたいようにやれ。その代わり、それまでに体調をしっかり整える事。そして俺に隠し事や嘘を付かないこと。出来るか?」
りおは昴の提案を聞き、驚いた顔をした。
「え……良いの?」
「お前、ちゃんと人の話聞いていたか? お前のやりたいようにやって良いのは、俺との条件を飲んだらってことだぞ?」
りおの頭に手を乗せ、子どもに言い聞かせるように言う。
「うん。出来る」
りおは先ほどより明るい顔で昴をまっすぐに見た。そしてフフッと笑い出す。
「顔と声は昴さんなのに、瞳と話し方が秀一さんだね」
「あ…」
どうも彼女のこととなると、自分は冷静ではいられないようだ…。昴は目を伏せ、ひとつ深呼吸をした。
「では明日、一緒に新出先生のところへ行きましょう」すぐに昴仕様に切り替えて声をかける。
くすくすと笑いながら、りおは「はい」と応えた。
翌朝
昴はさくらを車に乗せ、新出医院を訪れた。
頭痛と動悸の症状が強いので、認知行動療法を続行するか先生は迷っていた。
「ちょっと診察をしましょうか。動悸もあるから胸の音も聞くね」
昴には待合室で待ってもらう事にした。
聴診器で胸の音を聞く。規則正しい鼓動が聞こえる。トクトクトクトクトクトク…目を閉じてさくらの鼓動に耳を澄ました。
トクトクトクトクトーーック…ト…クトク…一瞬脈が跳ねる。その時「うっ」というさくらのうめき声も聞こえた。期外収縮のようだ。不整脈などの持病がある人にも見られるが、ストレスが原因で起こることが多い。
他にもリンパ腺や甲状腺など首周りも触診し、異常がないか確認する。一時だいぶ良くなったように感じていたが、また少し痩せた気がした。
「ご飯食べているかい?」
「食欲がないんです。喉を通らないっていうか…」
「そうか…。薬の影響もあるかな…。点滴してから帰ろうね。できればPTSDの治療はお休みしたほうがいいと思うけど…」
新出はカルテに点滴のオーダーを書きながらさくらに話しかけた。
「先生、私には時間がないんです。組織が恐ろしい薬を売りさばこうとしている。あんな物が出回ったら、どこでテロが起こるかわからない。今以上に死者が多数出るような大規模なテロが起こる可能性が高くなるんです。
私の大切な人達を、そんなことに絶対巻き込ませない。今が正念場なんです。私はなんとしても組織の計画を阻止しなければ!」
さくらの強い決意に、新出はそれ以上何も言えずにいた。
「……分かった。治療を続けよう。午後往診に伺うね。それまでに点滴をして、よく休んでおくんだ」
医師としては本当に苦しい選択だった。
処置室で看護師に点滴をしてもらっている間、診察室には昴が呼ばれた。
期外収縮があること。ストレスによるものだろうからしばらく様子を見ること。食欲不振の症状があるが精神安定剤を服用していることが原因かもしれないと伝えた。
そしてさくらの決意を伝え、PTSDの治療を継続することを話した。
「……そうですか。言い出したら聞かないでしょ、彼女」
やや呆れ顔で言う。一つため息をついて顔を上げた。
「私が全力で彼女を守りますよ」
昴もまた、強い決意を新出に伝えた。