最終章 ~未来へ向かって~
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翌日。
東都大学理学部——。
「さあさあ、今日こそ実験を終わらせよう。みんな気合い入れていくぞ!」
「はぁ~~い…」
連日実験が上手くいかず、今日は研究生たちが休日返上で研究室に集まっている。チームリーダーである大石の声に皆疲れた顔で返事をした。
「ははは……。みんな大丈夫かい? レポートの期日を遅らせても良いんだよ」
森教授が心配そうに声をかける。
「それも考えたんすけど、結局このレポートを遅らせると、次のレポートの期日が短くなるだけなんすよね……。だったら、今日頑張って、期日に間に合わせた方が後々楽かなって」
大石が苦笑いしながら森に説明した。
「まあ、そうだね。じゃあみんな頑張って! 僕は自分の論文書いてるから」
森も笑顔を見せ、自分のパソコンに電源を入れた。
「え? ご自分で書くんですか?」
大石が目を丸くする。いつもは手書きのメモやらボイスレコーダーに録音しては、さくらに文章をまとめてもらい、それを読んで自分でちょこちょこ手直しをする——という方法で論文を書いていた。
「あ~、うん。星川くん体調良くないし、いつまでも彼女に甘えてばかりじゃいけないな、と思ってね」
僕もやれば出来るんだよ、と教授は笑う。
「それより君……最近深田くんとケンカでもしたのかい?」
デスクの引き出しからメガネを取り出した教授が、大石に訊ねた。
「あぁ…いえ、ケンカってほどでも無いんすけど……」
大石はバツが悪そうに言葉を濁すと、チラリと深田を横目で見る。あの日、さくらの事で口論をしてから、深田と大石はまともに話をしていない。
実験で必要な事は話すが、いつも一緒につるんでいたランチも帰り道も、今は別々になっていた。
「ちょっとした言い争いはしました。でも、そんなの今まで何度もありましたよ。だいたい次の日にはお互いケロッとしてて。ヤツとケンカらしいケンカなんて、したこと無いんです。
だけど……この間、ちょっと強いこと言っちゃって……それ以来、深田のヤツ……様子がおかしくて」
大石が少し悲しい顔をして話すと、森も熱心に聞きながら時々相槌を打つ。一通り大石の話を聞いて、森は「そうか」とつぶやいた。
「僕もね、深田くんの様子が気になってたんだ。最近顔色も悪いし、実験中もちょっとしたミスが続いてるよね? 今日実験が上手くいったら、少し休むように僕からも声をかけるよ」
「はい。お願いします。確かにここのところ、実験実験で根を詰めてるから、疲れてイライラしているのかも」
黙々と実験の準備を進める深田をチラリと見やった大石は、小さくため息をついた。
そんなやり取りから約二時間後——。
理学部の受付に昴とさくらが姿を現す。
「あら、星川さんお久しぶりね! ケガの方はもう良いの?」
受付の女性がさくらに声をかけた。
「ええ。耳の方はほぼ元通りです。聞こえも良くなったんですよ。あとは体の方がもうちょっと回復すれば……」
さくらも笑顔で答える。
カフェのテロで負った鼓膜のケガはほぼ完治。スンホの自爆で負った体のケガも完全ではないがだいぶ回復している。
もっとも、スンホの時に負ったケガのことは森教授以外この大学で知っている者はいない。
「星川さんがお休み中に届いた郵便などはこちらでお預かりしています。お忙しいところ申し訳ないけど中に入って受け取りのサインを貰っても良いですか?」
「分かりました」
さくらは昴に「ちょっと待っててね」というと、受付のドアから事務室へと入る。
昴はそのあいだに一服でもしようかとジャケットの内ポケットに手を入れた。
「……もしかして工学部の沖矢昴さん?」
タバコを手に外へ出ようとしていた昴に、誰かが声をかけた。
昴が声の方へ視線を向けると、そこには白衣を着た学生らしき男が立っていた。
手にはペットボトルが握られている。受付前の自販機で購入したものだろう。
「ええ。私はここの大学院生、沖矢昴ですが……」
タバコをポケットに戻し、「あなたは?」と昴が訊き返すと学生はギロリと昴を睨んだ。
「アンタ、なんで彼女を守ってやらなかったんだ! カフェのテロで星川さんは大ケガをしたそうじゃないか!」
学生は突然昴の胸ぐらを掴むと、物凄い剣幕で昴を責める。昴は抵抗することなく、その責めを黙って聞いていた。
「しかもアンタとは別の男と会ってたそうじゃないか。もしかして……彼女に愛想を尽かされたんじゃないのか?」
学生は見下すように昴を睨みつけた。
「言いたいことはそれだけですか?」
ひとりで熱くなる学生に、昴は静かに問いかけると自身の胸ぐらを掴む学生の手首を掴んだ。
「!?」
一瞬ギョッとした表情をみせたものの、学生は必死に抵抗する。が、その努力も虚しくあっさりと昴の服から手を離した。
予想外に強かった昴の手を跳ねのけると、学生は再び昴を睨みつける。
「あの日、さくらは知人の男性と会う約束をしていた。そのことは私も了承していましたし、そこにノコノコついていくほど私はデリカシーの無い男ではありませんよ。なにより彼女を信じていますから」
昴は穏やかな笑顔を見せる。それがさらに学生の怒りを買った。
「だが、結果的に彼女はテロに巻き込まれてケガをした! 俺だったら! 俺がそばに居たなら、そんなケガなんてさせなかった‼︎」
学生の叫びに昴は思わず視線を落とした。脳裏に浮かぶのはカフェのテロではなく、りおがスンホと共に海へと落下していく姿——。
あんなにも近くに居たのに……自分はりおを守れなかった。
「確かに……私は彼女を守れなかった。
でも片時も離れず、そばに居てやる事なんて不可能だ。どんなに愛していても出来ないことはある。だから信じて待っていたんです。あの時私が出来ることは、彼女が生きて私の元に戻ってくると……それを信じて待つことだけ」
昴は思わず拳を握りしめた。りおの生死が分からなかった十日間。あの時の苦しさが蘇る。
不安と絶望で押しつぶされそうになりながら、それでもりおを信じ続けた。
愛するものを信じることだけが、あの時唯一自分に出来ることだったから——。
「ッ!」
昴の気迫に学生が一瞬怯む。が、すぐに顔を上げた。
「信じることしか出来ないアンタは、彼氏失格だ! 俺だったら彼女を幸せにできる! いずれ、彼女を俺のものするからな!」
学生は吐き捨てるように言うと、クルリと踵を返しその場から走り去っていった。
「彼氏失格……か」
昴は学生の後ろ姿を見送りながら、彼が言い放った言葉を小さくつぶやいた。
ガチャ
ふいに、受付のドアが開く。
「お待たせ〜! たくさんあったからちょっと手間取っちゃった……って、昴さん、どうしたの? なんか表情が硬いけど……。廊下も少し騒がしかったし……何かあった?」
さくらはキョロキョロと周りを見回す。しかしそこには昴以外誰もいない。
「いえ、何も……。ただ、待っている間に一服しようと思ったのですが、タバコを忘れてきてしまって。少し控えろということですかね。
さくらの用も済んだようですし、お目当ての方に会いに行きましょう」
昴は何事もなかったように、さくらに微笑みかけた。
東都大学理学部——。
「さあさあ、今日こそ実験を終わらせよう。みんな気合い入れていくぞ!」
「はぁ~~い…」
連日実験が上手くいかず、今日は研究生たちが休日返上で研究室に集まっている。チームリーダーである大石の声に皆疲れた顔で返事をした。
「ははは……。みんな大丈夫かい? レポートの期日を遅らせても良いんだよ」
森教授が心配そうに声をかける。
「それも考えたんすけど、結局このレポートを遅らせると、次のレポートの期日が短くなるだけなんすよね……。だったら、今日頑張って、期日に間に合わせた方が後々楽かなって」
大石が苦笑いしながら森に説明した。
「まあ、そうだね。じゃあみんな頑張って! 僕は自分の論文書いてるから」
森も笑顔を見せ、自分のパソコンに電源を入れた。
「え? ご自分で書くんですか?」
大石が目を丸くする。いつもは手書きのメモやらボイスレコーダーに録音しては、さくらに文章をまとめてもらい、それを読んで自分でちょこちょこ手直しをする——という方法で論文を書いていた。
「あ~、うん。星川くん体調良くないし、いつまでも彼女に甘えてばかりじゃいけないな、と思ってね」
僕もやれば出来るんだよ、と教授は笑う。
「それより君……最近深田くんとケンカでもしたのかい?」
デスクの引き出しからメガネを取り出した教授が、大石に訊ねた。
「あぁ…いえ、ケンカってほどでも無いんすけど……」
大石はバツが悪そうに言葉を濁すと、チラリと深田を横目で見る。あの日、さくらの事で口論をしてから、深田と大石はまともに話をしていない。
実験で必要な事は話すが、いつも一緒につるんでいたランチも帰り道も、今は別々になっていた。
「ちょっとした言い争いはしました。でも、そんなの今まで何度もありましたよ。だいたい次の日にはお互いケロッとしてて。ヤツとケンカらしいケンカなんて、したこと無いんです。
だけど……この間、ちょっと強いこと言っちゃって……それ以来、深田のヤツ……様子がおかしくて」
大石が少し悲しい顔をして話すと、森も熱心に聞きながら時々相槌を打つ。一通り大石の話を聞いて、森は「そうか」とつぶやいた。
「僕もね、深田くんの様子が気になってたんだ。最近顔色も悪いし、実験中もちょっとしたミスが続いてるよね? 今日実験が上手くいったら、少し休むように僕からも声をかけるよ」
「はい。お願いします。確かにここのところ、実験実験で根を詰めてるから、疲れてイライラしているのかも」
黙々と実験の準備を進める深田をチラリと見やった大石は、小さくため息をついた。
そんなやり取りから約二時間後——。
理学部の受付に昴とさくらが姿を現す。
「あら、星川さんお久しぶりね! ケガの方はもう良いの?」
受付の女性がさくらに声をかけた。
「ええ。耳の方はほぼ元通りです。聞こえも良くなったんですよ。あとは体の方がもうちょっと回復すれば……」
さくらも笑顔で答える。
カフェのテロで負った鼓膜のケガはほぼ完治。スンホの自爆で負った体のケガも完全ではないがだいぶ回復している。
もっとも、スンホの時に負ったケガのことは森教授以外この大学で知っている者はいない。
「星川さんがお休み中に届いた郵便などはこちらでお預かりしています。お忙しいところ申し訳ないけど中に入って受け取りのサインを貰っても良いですか?」
「分かりました」
さくらは昴に「ちょっと待っててね」というと、受付のドアから事務室へと入る。
昴はそのあいだに一服でもしようかとジャケットの内ポケットに手を入れた。
「……もしかして工学部の沖矢昴さん?」
タバコを手に外へ出ようとしていた昴に、誰かが声をかけた。
昴が声の方へ視線を向けると、そこには白衣を着た学生らしき男が立っていた。
手にはペットボトルが握られている。受付前の自販機で購入したものだろう。
「ええ。私はここの大学院生、沖矢昴ですが……」
タバコをポケットに戻し、「あなたは?」と昴が訊き返すと学生はギロリと昴を睨んだ。
「アンタ、なんで彼女を守ってやらなかったんだ! カフェのテロで星川さんは大ケガをしたそうじゃないか!」
学生は突然昴の胸ぐらを掴むと、物凄い剣幕で昴を責める。昴は抵抗することなく、その責めを黙って聞いていた。
「しかもアンタとは別の男と会ってたそうじゃないか。もしかして……彼女に愛想を尽かされたんじゃないのか?」
学生は見下すように昴を睨みつけた。
「言いたいことはそれだけですか?」
ひとりで熱くなる学生に、昴は静かに問いかけると自身の胸ぐらを掴む学生の手首を掴んだ。
「!?」
一瞬ギョッとした表情をみせたものの、学生は必死に抵抗する。が、その努力も虚しくあっさりと昴の服から手を離した。
予想外に強かった昴の手を跳ねのけると、学生は再び昴を睨みつける。
「あの日、さくらは知人の男性と会う約束をしていた。そのことは私も了承していましたし、そこにノコノコついていくほど私はデリカシーの無い男ではありませんよ。なにより彼女を信じていますから」
昴は穏やかな笑顔を見せる。それがさらに学生の怒りを買った。
「だが、結果的に彼女はテロに巻き込まれてケガをした! 俺だったら! 俺がそばに居たなら、そんなケガなんてさせなかった‼︎」
学生の叫びに昴は思わず視線を落とした。脳裏に浮かぶのはカフェのテロではなく、りおがスンホと共に海へと落下していく姿——。
あんなにも近くに居たのに……自分はりおを守れなかった。
「確かに……私は彼女を守れなかった。
でも片時も離れず、そばに居てやる事なんて不可能だ。どんなに愛していても出来ないことはある。だから信じて待っていたんです。あの時私が出来ることは、彼女が生きて私の元に戻ってくると……それを信じて待つことだけ」
昴は思わず拳を握りしめた。りおの生死が分からなかった十日間。あの時の苦しさが蘇る。
不安と絶望で押しつぶされそうになりながら、それでもりおを信じ続けた。
愛するものを信じることだけが、あの時唯一自分に出来ることだったから——。
「ッ!」
昴の気迫に学生が一瞬怯む。が、すぐに顔を上げた。
「信じることしか出来ないアンタは、彼氏失格だ! 俺だったら彼女を幸せにできる! いずれ、彼女を俺のものするからな!」
学生は吐き捨てるように言うと、クルリと踵を返しその場から走り去っていった。
「彼氏失格……か」
昴は学生の後ろ姿を見送りながら、彼が言い放った言葉を小さくつぶやいた。
ガチャ
ふいに、受付のドアが開く。
「お待たせ〜! たくさんあったからちょっと手間取っちゃった……って、昴さん、どうしたの? なんか表情が硬いけど……。廊下も少し騒がしかったし……何かあった?」
さくらはキョロキョロと周りを見回す。しかしそこには昴以外誰もいない。
「いえ、何も……。ただ、待っている間に一服しようと思ったのですが、タバコを忘れてきてしまって。少し控えろということですかね。
さくらの用も済んだようですし、お目当ての方に会いに行きましょう」
昴は何事もなかったように、さくらに微笑みかけた。