最終章 ~未来へ向かって~
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「冴島さん、コーヒーのおかわりいかがですか?」
話がひと段落したところで、昴が冴島に声をかけた。
「ん? ああ。じゃあ、お言葉に甘えてもう一杯貰おうかな」
冴島が昴に向かって微笑んだ。
「ッ!」
その瞬間、りおの手がピクリと揺れる。
(今の会話、どこかで……似たようなやり取りを聞いたような……)
コーヒーをつぐ昴の姿をぼんやりと眺めながら、りおは闇の中に浮かぶ小さな記憶をたぐりよせる。
やがてりおの脳裏に、とある郊外の風景が浮かんだ。新緑の頃の、穏やかな風が吹く日だった。
『……』
『……悪いな、冴島。こんな所まで呼び出して。お詫びにそこのカフェでおごるよ』
『な〜に、これくらいどうってことは無い。今日は子連れだろ? たまには良いじゃないか。
でもまあ。一真のおごりなら、お言葉に甘えてコーヒーでも一杯貰おうかな』
『おう、そうこなくっちゃ。もちろん、りおにも何か美味しいもの頼んでやるぞ』
『やった〜! パパ~! りおね、チョコのビスケットが食べたい!』
『チョコのビスケット? スコーンのことかな? ママはスコーンのことをビスケットっていうだろ?』
『ううん。薄くてサクサクしてるの。ジェームズおじちゃんが【イギリスではビスケットって言うんだよ】って教えてくれたんだよ。
あ、でも…ママはプクッてふくらんだ、パンみたいなのをビスケットって言ってたね……あれれ? 分かんなくなっちゃった……』
『ああ、それは……ジェームズおじちゃんはイギリス英語、ママはアメリカ英語だからだな』
『いぎりす? あめりか?』
『あぁ~…りおにはまだ難しいか~』
『ん? 一真、どういうことだ? ……ああ、なるほど。やっと分かった。ジェームズはイギリス出身。ルナさんはアメリカ人。だからか』
『で、結局りおが食べたいのは……』
『……』
『…』
「ッ……!」
遠い昔、父親と冴島が交わした会話——
その時のことが、鮮やかな色彩を帯びて脳裏に映し出される。
父の優しい笑顔
つないだ大きな手
チョコがたくさん入った大きなクッキー
まるで映画のワンシーンのように、その情景が目の前に広がる。心に蘇る温かな記憶で胸がいっぱいになった。
「は……はぁ…、は……」
「ッ! りお⁉」
異変に気付いた昴が席を立つ。
「どうした? 苦しいのか?」
胸に手を当てて不規則な呼吸をする姿に、昴はてっきり発作を起こしたと思った。
「ううん……ちが…ちがう、嬉しい、の……」
呼吸を整えようと深呼吸するりおは、その合間に小さくつぶやいた。
「嬉しい?」
りおの言葉が理解できず、昴は冴島と顔を見合わせる。
「思い出したの。笑ってる父の顔……。亡くなる前の悲しそうな顔じゃなくて…楽しそうに笑ってる顔……父の友人と外で会って……その時にチョコの入ったクッキーをおねだりして……」
「ッ! そ、それは……定期連絡で一真と会った際、ビスケットだのスコーンだのってお前が混乱した時の——」
りおの話を聞いていた冴島はカッと目を見開き、驚きの声を上げた。
両親の死の直後、りおは両親の顔はおろか存在すら忘れてしまっていた。二人の葬儀にも涙一つ見せず、まるで他人事のよう。声も出せず表情も乏しかった幼子の姿に、祖父母も冴島もどれだけ心を痛めたか。
そのりおが今、父と出かけたささやかな出来事を思い出したのだ。
(あの時は確か——)
冴島の脳裏に当時の記憶がよみがえる。
あの日、ルナは別の任務で一人東都を離れていた。しかも、その日に限って頼りの祖父母も通院のため外出中。報告する情報が多い日に限って、一真は子連れでの外出を余儀なくされたのだ。
『そういうことなら、楽しまなくちゃだろ? 今日は娘とのデートも兼ねているんだ』
カフェでコーヒーを飲みながら、愛おしそうに娘を見る一真の顔が忘れられない。
数少ない親子の思い出。
冴島の目から再び涙が流れた。
「りお、思い出したのか……一真を、お前の父親を…ようやく……」
冴島は席を立ち、りおに近づく。床に座り込むと、りおの顔を見上げた。
「やっと……お前に父親の話が出来るんだな…。一真がどれほどお前を、自分の家族を愛していたか、ようやく話してやれる…」
冴島は手を伸ばし、りおの髪に触れた。小さな子の頭を撫でるように何度も撫でた。
「聞かせてください……父の、そして母のことも…」
りおも一筋涙を流し、そして微笑んだ。
「それから一真は……」
「……冴島さん…」
たくさんの思い出話をしているうちに、昴が小さな声で冴島を呼んだ。
「ん?」
「お話の途中にスミマセン。ですが、りおが……」
冴島はブランケットを肩にかけ、昴の横で話を聞いていたりおを見る。
「ふふふ…眠ってしまったか…」
「ええ」
昴の肩に体を預け、りおは気持ち良さそうに眠っていた。
話がひと段落したところで、昴が冴島に声をかけた。
「ん? ああ。じゃあ、お言葉に甘えてもう一杯貰おうかな」
冴島が昴に向かって微笑んだ。
「ッ!」
その瞬間、りおの手がピクリと揺れる。
(今の会話、どこかで……似たようなやり取りを聞いたような……)
コーヒーをつぐ昴の姿をぼんやりと眺めながら、りおは闇の中に浮かぶ小さな記憶をたぐりよせる。
やがてりおの脳裏に、とある郊外の風景が浮かんだ。新緑の頃の、穏やかな風が吹く日だった。
『……』
『……悪いな、冴島。こんな所まで呼び出して。お詫びにそこのカフェでおごるよ』
『な〜に、これくらいどうってことは無い。今日は子連れだろ? たまには良いじゃないか。
でもまあ。一真のおごりなら、お言葉に甘えてコーヒーでも一杯貰おうかな』
『おう、そうこなくっちゃ。もちろん、りおにも何か美味しいもの頼んでやるぞ』
『やった〜! パパ~! りおね、チョコのビスケットが食べたい!』
『チョコのビスケット? スコーンのことかな? ママはスコーンのことをビスケットっていうだろ?』
『ううん。薄くてサクサクしてるの。ジェームズおじちゃんが【イギリスではビスケットって言うんだよ】って教えてくれたんだよ。
あ、でも…ママはプクッてふくらんだ、パンみたいなのをビスケットって言ってたね……あれれ? 分かんなくなっちゃった……』
『ああ、それは……ジェームズおじちゃんはイギリス英語、ママはアメリカ英語だからだな』
『いぎりす? あめりか?』
『あぁ~…りおにはまだ難しいか~』
『ん? 一真、どういうことだ? ……ああ、なるほど。やっと分かった。ジェームズはイギリス出身。ルナさんはアメリカ人。だからか』
『で、結局りおが食べたいのは……』
『……』
『…』
「ッ……!」
遠い昔、父親と冴島が交わした会話——
その時のことが、鮮やかな色彩を帯びて脳裏に映し出される。
父の優しい笑顔
つないだ大きな手
チョコがたくさん入った大きなクッキー
まるで映画のワンシーンのように、その情景が目の前に広がる。心に蘇る温かな記憶で胸がいっぱいになった。
「は……はぁ…、は……」
「ッ! りお⁉」
異変に気付いた昴が席を立つ。
「どうした? 苦しいのか?」
胸に手を当てて不規則な呼吸をする姿に、昴はてっきり発作を起こしたと思った。
「ううん……ちが…ちがう、嬉しい、の……」
呼吸を整えようと深呼吸するりおは、その合間に小さくつぶやいた。
「嬉しい?」
りおの言葉が理解できず、昴は冴島と顔を見合わせる。
「思い出したの。笑ってる父の顔……。亡くなる前の悲しそうな顔じゃなくて…楽しそうに笑ってる顔……父の友人と外で会って……その時にチョコの入ったクッキーをおねだりして……」
「ッ! そ、それは……定期連絡で一真と会った際、ビスケットだのスコーンだのってお前が混乱した時の——」
りおの話を聞いていた冴島はカッと目を見開き、驚きの声を上げた。
両親の死の直後、りおは両親の顔はおろか存在すら忘れてしまっていた。二人の葬儀にも涙一つ見せず、まるで他人事のよう。声も出せず表情も乏しかった幼子の姿に、祖父母も冴島もどれだけ心を痛めたか。
そのりおが今、父と出かけたささやかな出来事を思い出したのだ。
(あの時は確か——)
冴島の脳裏に当時の記憶がよみがえる。
あの日、ルナは別の任務で一人東都を離れていた。しかも、その日に限って頼りの祖父母も通院のため外出中。報告する情報が多い日に限って、一真は子連れでの外出を余儀なくされたのだ。
『そういうことなら、楽しまなくちゃだろ? 今日は娘とのデートも兼ねているんだ』
カフェでコーヒーを飲みながら、愛おしそうに娘を見る一真の顔が忘れられない。
数少ない親子の思い出。
冴島の目から再び涙が流れた。
「りお、思い出したのか……一真を、お前の父親を…ようやく……」
冴島は席を立ち、りおに近づく。床に座り込むと、りおの顔を見上げた。
「やっと……お前に父親の話が出来るんだな…。一真がどれほどお前を、自分の家族を愛していたか、ようやく話してやれる…」
冴島は手を伸ばし、りおの髪に触れた。小さな子の頭を撫でるように何度も撫でた。
「聞かせてください……父の、そして母のことも…」
りおも一筋涙を流し、そして微笑んだ。
「それから一真は……」
「……冴島さん…」
たくさんの思い出話をしているうちに、昴が小さな声で冴島を呼んだ。
「ん?」
「お話の途中にスミマセン。ですが、りおが……」
冴島はブランケットを肩にかけ、昴の横で話を聞いていたりおを見る。
「ふふふ…眠ってしまったか…」
「ええ」
昴の肩に体を預け、りおは気持ち良さそうに眠っていた。